文化祭二日前「双子の星」③

「アンちゃーん、こっち手伝ってくれる?」

 教室の窓側から呼ばれる。

「うん、今行く」

 私は呼ばれた方向へ向かった。

「これ、飾り付けるの手伝って欲しいんだけど……」

 彼女はぴょんぴょんと跳ねて飾りを取り付けようとしているけど、身長が低すぎて届かない。

「わかった」

 彼女から飾りを受け取り、背伸びをして貼り付ける。

「ありがとう」

 柏木さんよりさらに低い、頑張れば小学生と言われても納得してしまいそうな低い身長と折れてしまいそうな細さとは少しアンバランスな大人びた表情で笑みをこぼす。左の目元にある小さなホクロが魅力的だ。その笑顔といったら、その辺の男子のみならず、リンゴさんまでも虜にしてしまいそうなくらいの威力がある。本人は天然なのか、それらについてはどうとも思っていないようだった。

 彼女も図書館常連組でシロと良く本の話をしているので、リンゴさんに何かしらあだなをつけられている可能性が高い。

 彼女の名前は月村桂花と言い、クラスでは一番仲が良い。弓道部に所属しているのは彼女だ。知名度がまだ低いQQLを好きなところも話が弾むきっかけになった。

「そういえば、今日バスで男の子と一緒にいたでしょ?」

 水樹君と一緒にいたのはその桂花だ。

「え、えーアンちゃん見てたの? 言ってくれたら良かったのに」

 口に手を当てて驚いてみせる。

「いやーでも仲良さそうにしていたから。もしかして彼氏?」

「えーそんなんじゃないよー」

 軽く探りを入れてみる。桂花は手を振って否定をした。桂花の彼氏が水樹君だとしたら、私の手元にある手紙の宛先は桂花だろう。しかし、桂花に彼氏がいたのなら私にそのことを言ってもいいだろうし、そうでなくてもそれなりにクラスで噂になりそうなものだ。

「小学校からの幼馴染み、お兄ちゃんと三人で良く遊んでいたの」

「あ、そっか、桂花、お兄ちゃんがいたんだったよね」

「そう、アンちゃんと一緒」

 私の『お兄ちゃん』について、何度も桂花には話している。

「どうだったの? 結婚式」

「うん、よかったよ、北条先生もすごくきれいだった」

 私はこの夏休み、そのお兄ちゃんの結婚式のため東京に戻っていた。

 久しぶりの東京は相変わらず慌ただしい感じがして、こことの時間の流れの差を思い知らされた。私が通っていた中学校の方向へは行かないようにしていた。知り合いにあまり会いたい気分でもなかった。

「そっかー、想像するだけで、うん、きれいだよねえ」

 私はその言葉で思い出す。

 お兄ちゃんの横で凜とした姿で立つ、私ではない人のことを。

 言葉の通り、その場の主役然として、小規模の式場に集まった招待客を惹き付けていた。

 お兄ちゃんの結婚相手は、夏休み前から臨時で代理教員として来ている北条先生だ。

 緩く流れる焦げ茶色とワンセットの焦げ茶色の瞳が物憂げで、不必要なことは一切言葉にせず無駄な動作もない、桂花とはまた違う方向で人々の目を惹く存在だ。二人は高校のときからの知り合いで、同じ生徒会執行部、北条先生が部長で、お兄ちゃんが副部長だったという。

 紹介されたエピソードでは、彼らは高校生のときからすでに恋人関係であったという。私は、そのことを全く知らなかった。お兄ちゃんが知らせなくても良いと思っていたからだろうし、私があえて聞こうとしなかっただろう。

 その結婚式で、私はQQLのナルと会い、会話をすることができた。そもそもナルもユーリもお兄ちゃんの高校時代のクラスメイトだったらしい。これには私も驚いた。だからお兄ちゃんはチケットを手に入れることができたのだろう。

 ユーリは仕事で海外に行っていたため不参加だったが、ナルはライブやラジオのときとは違い、子どもっぽく無邪気そうに笑い、表情筋を動かさない北条先生と楽しそうに話していた。私はといえば、式のムードもプラスされて緊張しすぎてナルと何を話しているのかさっぱり憶えていなかったていたらくである。ただ、ナルが私自身のことはあまり公にして欲しくない、というので、結婚式でナルと会ったことは桂花にも言っていない。

 北条先生が今年度いっぱいはこっちにいることになっているので、新婚早々離れて暮らすことになってしまったことについて、二人はどうとでも思っていなかったようだった。それだけの信頼が互いにあるということなのだろう。

「いいなあ、東京。アンちゃん、大学は東京にするんだよね?」

「え、うん、そのつもり。こっちは三年間だけのつもりで来ているから、桂花は?」

「私も東京かなあ。お兄ちゃんも東京にいるんだよね、だからってわけじゃないけど」

「桂花ならどこでも行けるよー。ちょっと分けてほしいくらい」

「そんなことないっしょー」

 事実、成績全般で私は桂花に負けている。勝っている教科が体育くらいなのが悲しい現実だ。特に数学の成績に関しては学年トップクラスを桂花は維持している。いつもほんわかしている彼女だけど、彼女曰く「予習復習をしているだけ」でこれなのだ、私では到底勝てそうにない。

「桂花は理系に行くんだよね?」

「うん、アンちゃんは? 理系じゃないの?」

「私は文系かなあ、まだ決めてないけど」

 理数科に所属している私だが、どちらかといえば文系科目の方が得意なのだ。夏前の模試でもそれははっきりとしていた。父親の跡を継ぐ、というのであれば経営学部か法学部か、というところになる。もっとも何か将来について言われたことはないので、自由に決めて良い、ということなのだろう。

「そうなんだ。私はお兄ちゃんと同じ理工系かなー」

 にこにこと微笑んで、桂花は幸せそうに語っていた。

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