文化祭二日前「双子の星」④

 作業も一段落して、私はちょっとした休憩に入ることにした。周りを見渡してシロがいないことに気がついて、その場にいたクラスメイトの男子に聞いてみると、図書室に本を返しに行くと言っていた、とのことだった。

 私は借りている本がないけど、胸ポケットのことが気になって図書室へ足を運ぶことにした。

「失礼しまーす」

 一階の図書室の重いドアを開けて、中に入る。

「あれ、杏ちゃんじゃにゃいの」

 案の定カウンターにいたリンゴさんが私に声をかける。本当に、いつ行ってもいるんだなあ、この人は。

「奇遇ですね、リンゴさん」

「んもう杏ちゃんたらよそよそしい、シロ君でも探しに来たの?」

 ニコニコを通り越してにやにやに近い笑顔で私に優しく語りかける。

「べ、別にそういうわけじゃありません」

「ふーん、そうなの」

 にやにやリンゴさんに釘を刺す。

「違いますからね」

「ほら」

 笑顔のまま、リンゴさんは組んでいた手をほどき右手で奥のテーブルを指す。

 その先には、当然のようにシロと、水樹君がいた。

「あれ、どうしたの杏さん」

「いや、どうしたってわけでもないけど……」

 私よりも速く、リンゴさんが口を挟む。

「シロ君を探しに迷い惑ってやってきたんだって」

「そうなの? 何か用?」

「だから違いますってばリンゴさん。そういうのじゃありません」

「じゃあ、どうしたの?」

 ぽかんとした顔でシロが聞いてくる。

「きゅ、休憩しに来ただけだけど、シロこそ何しているの?」

 水樹君と一緒になって、とは言わなかった。

「本を返しに来ただけだけど」

「そう」

「あとは、まあ、杏さんと同じく休憩かな、それとレクチャー? かな?」

「レクチャー? 何の?」

 それに答えたのは水樹君だ。

「最初から?」

 シロが返す。

「うん、まあ、続きからでいい、と思うよ」

 軽くうなずき、水樹君が口を開く。

「そう、で、さわりを言うと、星座の起源は紀元前三千年以前にはメソポタミア、シュメール人にあるとされていたわけだ。星座、というとロマンチストなイメージが先行するけれど、農作物の種蒔きや刈入れの時期を知るための初期の天文学としての活用が多かったとされる。それを英雄や怪物とし、たぶん俺としては、そう『図形化』や『物語化』されることで記憶や記録を容易にする、という役割もあったのだと思うんだけど、星座というものが作られた。学習用の星空地図だ。星座がなければ、夜空はただの散らばった点に過ぎないからね」

 手元に何ももたず星座についての解説をする。本当に星が好きなようだ。

「それから星座は占星術としてバビロニアに取り込まれる。これが最終的にギリシャ神話と結びつき、今良く知られる星座が形作られていく。ホメロスの叙事詩でもオリオン座やシリウスが出てくる」

「紀元前九世紀頃?」

「だいたいそう」

 シロが世界史の一部として憶えているのか、本当にホメロスの叙事詩を読んでいるのかはわからない。後者であってもさほど驚きはない。

「紀元前三世紀の段階ですでに星座の数は四十四、ないしは四十六星座とされていたんだけど、紀元前二世紀に四十八星座にまとめられた。これがいわゆるトレミーの四十八星座と呼ばれる」

「でも、星座ってもっとなかったかな」

「その通り、この四十八星座はギリシャ神話と関係付けられた言ってみればメジャーなものだ。その後、いくつかの追加が行われたけど、大きくは変化しなかった。それが十五世紀から一気に増えることになった。原因は何だと思う?」

 水樹君は私に質問を振った。

「……わからない」

 私はシロを見る。

「うーん、なんだろう、十五世紀、星座、星座といえば天文学、天文学といえば季節、座標、航海術、あ、そうか、大航海時代か」

「そう、ヨーロッパ、つまり北半球に縛られていた星座は、大航海時代の幕開けによって、南半球まで足を伸ばすことになった。天文学者は地球上から見える夜空を埋めるように星座を創り出し、今は八十八星座が標準になっている。もっとも、国や地域ごとに昔からある星座もあるわけだけど」

 まくし立てるわけでもない、淡々と、それでいて熱がこもった説明に感心するばかりだった。まるで、饒舌になったシロを見ているかのようでもあった。

「なるほど、ありがとう」

「これがレクチャー?」

「うん、プラネタリウムは好きで、星座もギリシャ神話も多少は知っているけど、その成り立ちは知らなかったからね。いずれ何かの役に立つかもしれないと思って」

「ああ、そう」

 シロはいったいどこまで知識をため込めれば満足するのだろう。彼に聞いたところで、それはどこまでも、と言いそうだけど。

「それで、横恋慕しているゼウスは誰?」

 シロが無邪気そうな顔で水樹君に聞く。水樹君は明らかに不愉快そうに顔を歪めていた。

「何を言っているの?」

「はくちょう座だよ」

 それは、手紙に書かれていた星座だ。自分もはくちょう座のように飛んでいきたいとあった。

「はくちょう座の白鳥は、ゼウスの化身だよ。チュンダレオス王と恋に落ちて結婚したレダに一目惚れをしたゼウスは、白鳥に姿を変えて彼女のもとへ飛んでいき、レダは二つの卵を産む」

「それって」

「そうさ、決して純愛を指すようなエピソードじゃない」

 シロが話しているあいだ、水樹君は苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。


 残り二問

 問2.シロは何故彼だと断定して、何故シロは怒っているのか?

 答 一部解決済み。シロは水樹君だと断定したわけではなく、すでに知っている情報を元に推論し、リンゴさんを誘導しただけ。

 問3.水樹君は、誰宛に何の意図を持って手紙のやりとりをしているのか?

 答 不明

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