文化祭二日前「双子の星」②

 今日も授業はない。学校がどんどんと文化祭の空気で塗り固められている。

 私が受け持っていた部活の作業は昨日であらかた終わり、午前中はクラスの手伝いを集中してできる。一年生は模擬店をやることが決まっているので、そのために教室を改装しているのだ。とはいえ部活動で時間を取られている私はそれほど大きな仕事を与えられているわけでもなく、その場その場で指示された作業、板に塗料を刷毛で塗ったりなどをしている。

 その横には同じ理由でシロが赤い塗料を塗っていた。

「ねえ」

「なに?」

「昨日のこと、なんだけど」

「ああ、うん、なに」

「どうして、その、彼だってわかったの?」

「なんだ、そのことか。僕はこの件には関わらないと言ったつもりだけど」

 突き放しような言い方にむっとしながら、むきになっていると思われないように、軽く聞く。

「でも、気になるから」

「はあ」

 これみよがしにシロがため息をつく。

「単に知っていただけだよ、あとは推測」

「えっ?」

「うん、彼が天文学の本ばかりを読んでいたことは知っていたから、手紙の内容から類推しただけ」

 何てことはないように言う。

「それだけで?」

「そういうわけじゃない。リンゴさんはどうして自分で解決しなかったんだと思う? 図書室は彼女の庭だよ? 授業中以外は昼休みを含めて放課後も閉室までいるような人だ、手紙を拾った場所から、誰が借りているか、あるいは定期的に立ち止まっているかそれくらいわかりそうなものじゃないか」

「あの、その、彼、水樹君だっけ。彼が同じ図書局員で顔見知りだったから、自分が読まれたと知ったら彼がかわいそうだと思ったから?」

「確かにそれもある、大いにあると思う。でも一番大きな問題はね、解決しなかったんじゃない、できなかったんだ」

「できなかった……」

「彼女は曲がりなりにも、いいや正真正銘の図書局員だ。他人の貸出記録を口外することはない。絶対にない」

 そうか。

 考えてみれば当たり前のことだ。生粋の図書局員といってもいいほど職務をまっとうしようとする彼女が、そんな個人情報を漏らすことは考えにくい。

「あ、いや、ないんじゃないかな……」

 シロが声のトーンを落とす。昨日リンゴさんが柏木さんに対してとっていた態度から、若干可能性を低めたようだ。

「まあ、とにかく、総合的に見て確率が高いと思っただけ。だから僕はカマをかけて、リンゴさんの反応をうかがった。それがビンゴだったってことだよ。リンゴさんは天文学の棚から落ちていたことはわかっていて、図書局員で天文学好きの彼だと言うこともわかった。だけど、どの本に戻せばわからないし、それを直接彼に渡すことはできなかった」

 言われてみればその通りかもしれない。でも、彼の言葉を鵜呑みにして上手に咀嚼していないせいか、どこかのどをすんなり通ってくれていない気もしていた。矛盾、というか、どこかに欠落があって、パズルのピースが上手くはまらない感じだ。

 でも、まあ、リンゴさんが書いた人物を知りつつも明確に言い出せなかったのはそんなところだろう。


 問1.リンゴさんは、シロの発言を信じるならそれを知っているはずなのに、私たちに依頼したのは何故か?

 答 彼女は生粋の図書局員であり個人情報を話すことができなかった。だから、私たちに伝えられる限界の情報だけで動いてくれる私たちを頼った。


 とりあえずそれはそれとして棚上げにして、次の質問をする。

 これもいつものやりとりだ。

「じゃあ、宛先は?」

「さあ、そこまでは。リンゴさんは知っているだろうけど、やっぱり言わないし、行動もできないと思う。それを守ることが彼女の仕事で、ポリシーだろうからね。だからこそ僕らに何とかして欲しかったんだろうけど。ああ、そうだ、あと一つ根拠があって、逆に杏さんに質問なんだけど」

「え?」

「なんでメールじゃなくて手紙なんだろう?」

「あ」

「利用者が少ない本を利用したとしても、だからといって他の誰かに見つからないとは限らない、現に見つかっている。直接相手にメールをすれば良いのでは? 手紙ならではの持ち味があるっていうなら別だけど、だったらそれも直接渡せばいい」

 確実に相手に届けたければそうした方が手っ取り早い。匿名の手紙ではあったけれど、筆跡や便箋の種類で特定できるかもしれない。

「それは……お互い相手の顔を知らない?」

「さてね、僕が言えるのはここまでだ。あとのことは知らないし関心もない。文化祭の方に集中したいね」

「ちょっと」

「ああ、そうだ、最後に、どうしても考えたいっていうのなら、たぶんね、彼が言っていた『よだか』っていうのは、『よだかの星』のことだと思うよ」

「それって、宮沢賢治の?」

 宮沢賢治の作品でそういうタイトルのものがあったはずだ。いつか国語の教科書で読んだ記憶がある。

「そう」

 そう言って、彼は下を向いて作業を再開していた。

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