文化祭二日前「双子の星」⑨
総合病院の奥にある病棟で私はソファに座っていた。
今日は月に一度の通院の日だからだ。最初は週に一度だったものが、二週に一度になり、少しずつ間隔を広げて、ようやく月に一度までになった。文化祭の準備があるとしても、さすがに通院を避けるわけにはいかず、ようやく諸々片付いていたら大分遅くなってしまった。
本来はやっていない夜間診療に近い時間帯だが、特別に対応をしてもらっている。
不自然なまでに白く清潔を装っている病室と、物音一つ立たない静かな空間。
とても、とても静かで、耳鳴りがしてしまいそうだ。
最初に勝手に想像していたものは、もっと騒々しくて、気の休まらないところだと思っていたけれど、他の人も私と同じように不気味なほど無言なものだから、誰かに『静かな空間』を演出されていて、そこに参加しているような気もしていた。
この時間のせいだろうか。
名前が呼ばれて、診察室に入る。
私の主治医の先生が座っている。
白衣を着た三十代くらいの男の先生で、安全安心を絵に描いたように笑顔を絶やさない。優しさを形にした先生は、左胸についたネームプレートに『白岩』と書かれている。
「最近の調子はどう?」
出だしはいつもこのフレーズで始まる。
「悪くない、と思います」
今日起こったことは、何もなかった、のカテゴリーに入れることにした。小さな振れ幅のなかに収まる。
「薬もだいぶ減らしてきたしね」
先生がカルテをちらりと見る。
「こっちに来て半年か、よく頑張ったね」
「そんなに頑張ったつもりはないです」
「うん、それが良かったんだよ。頑張る必要はないから、なるべく、なるべく、頑張らないようにしてきたおかげだね。他に不安なところはない? 何かあった?」
「大丈夫です。電車、夏休みに東京に戻ったときに電車にも乗りましたけれど、特に何もありませんでした」
「そう、それはよかった。じゃあ、もういいかな」
「え?」
「定期的な通院はもう終わりにしよう。今後は何かあったら、または頓服が切れるようなことがあったら別に診察することにしよう。おめでとう」
おめでとう、の言葉の意味が飲み込めなかった。
「完治、完治という言い方はあまりしないけどね、もう心配する必要はないでしょう。あとは、ゆっくりと時間をかけて、自分と向き合っていけばいいんです。これはきっともっと時間がかかるでしょうけど」
「そうですか、ありがとうございます」
診察を終えて、私は最後の薬を受け取った。気分が晴れやかになったわけでもなく、もやもやとしたものが残っただけだった。これですべてが終わったのだろうか、私が悩んで、辛い思いをしてきたものが、ここで解決したのだろうか。
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