文化祭二日前「双子の星」⑧
文化祭へと向かう陽気な喧噪とは違う、冷たい空気がぶつかり合う教室へたどり着いたのは数分後だった。
見るからに険悪なムードで男女が二つが分かれていた。
男子側は背の高い山本君で、男子のリーダーと言ってもよい。
反対に女子側の先頭に立っていたのは、意外にもこの場には一番不釣り合いそうな彼女、桂花だった。
二人は睨み合っている。いつもの柔らかい笑みの桂花ではなく、眉間に険しくしわを寄せていた。
普段出さない声で桂花が叫ぶ。
「だから! こっちの言う通りにしてよ!」
「スケジュールが押しているのはそっちのせいだろ!」
負けじと山本君も威圧する。
向こうの山本君は百八十センチ近い身長に対して、桂花は百五十もなく、大人と子どもの差くらいには感じられる。それだけでも、桂花が劣勢になっているように見える。
教室に向かう途中でシロから話を聞いていた。今回の文化祭ではクラスのダンスを女子側が、喫茶を男子側がスケジュール管理していたのだ。それをクラス委員である紫桐さんが取りまとめをしていた。でもスケジュールはあくまで仮のもの、ここでずれが出てきてしまった。どちらが悪いという問題でもない。じわじわとずれが出てきてしまうものだ。
「そっちが協力的じゃないからでしょ!」
「何だって? こっちは協力しているよなあ?」
山本君は後ろを振り返り、他の男子に同意を求める。声は上がらなかったが、無言の圧力があった。
「全然! 話にならない!」
「全くだぜ」
両者一歩も引くつもりはないみたいだ。桂花も珍しく意固地になっているようにみえる。
本当は調整役を紫桐さんがしていた。私のことで彼女が教室を離れなければ、上手いこと進んで、こんなことにならなかったかもしれない。そう思うと罪悪感があった。
「芹菜、頼むよ」
シロが紫桐さんの肩に触れる。
パンっと手が叩かれた音がする。
教室が一瞬静寂に包まれた。
「はい、ここまで!」
横で声がした。
「今日のスケジュール見直して、男子の言うよう遅れ気味の喫茶側を優先しましょう」
紫桐さんが指示をする。
「で、でも本当は……」
桂花から意見が上がった。
紫桐さんが桂花の後ろから、手で隠して耳元で何かを呟く。
もう一度何かを言いかけた桂花が、開いた口をゆっくりと閉じる。
そのまま、一度頬を膨らませて息を吐き、小さくうつむいた。
それから両手を胸の前で組んで、小首を傾げてにっこりと微笑んだ。
「わかった。紫桐さんの言う通りにする。でもそれが早く終わったらこっちも手伝ってね」
「お、おう……」
山本君は後ずさりしつつも、何だか嬉しそうに返した。
「じゃあ、そういうことでやりましょう」
つかつかと紫桐さんがこちらに戻ってきた。
「芹菜、何を言ったの?」
気になったことは何でも聞いてしまうシロのおかげで私ができなかった質問の答えが知られそうだ。
紫桐さんは表情一つ変えず、
「ここは引いて、自分の武器を使え。その方が速い」
と小声で言った。
「ああ、なるほど」
感心したのか、シロは何度かうなずいていた。
「そうか、ということは」
シロはそれだけ言って口を止めた。
私にも続きがわかった。
桂花も、自分の笑顔が武器だと認識していたんだ。
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