文化祭二日前「双子の星」⑦

「ああ、杏さん。それに芹菜も」

 保健室のドアを開けて入ってきたのはシロだった。シロは少し罰が悪そうな顔で私と紫桐さんを見比べている。当然のことながら、さっきまでの会話は彼には聞こえていないはずだ。

「どうしたの?」

「いや、どうしたもこうしたも……」

 私が聞いても曖昧に返事をするだけだ。

「そうだ、ユウト」

 紫桐さんが沈黙を破るようにシロに声をかける。

「え、何?」

「おじさんから連絡があったよ。メールの返信もしていないんだって? 心配していたわよ」

「あーいやーそれは……しようしようと思っていたんだけど」

 彼女のきつい言い方も、シロに対しては親しみが込められているようだった。シロは頭をかいて誤魔化そうとしている。

「おじさん?」

「……親父だよ」

「え?」

 面倒そうに彼が答える。

「ほら、アメリカにいる」

「そうだったね」

 それは本当に、物理的に距離が遠い、という意味だ。

「うちの親、二人揃って放任主義でほとんど家にいたことがないんだ。だから何だか親って感じがしないんだ」

「そうだったんだ」

「ユウトのお父さん、アメリカの大学で研究者をしているのよ。それにお母さんもついていっているから、ユウトは一人で暮らしているの、連絡手段がメールなのに全然返信していないから、うちのお父さんに確認の連絡が来てたのよ」

 紫桐さんの家はシロの家と付き合いがあって、彼女自身も彼の家へ行き部屋の掃除などを頼まれてやっているそうだから、そういった連絡があるというのは理解できる。そこに深い意味なんてない、と彼は言っていたけれど、それをそのまま信じられるほど、私も純粋ではない。純粋ではない、ということは、素直ではない、ということだ。

 心なしか、どこか疎外感を持ってしまう。

 当然に、私には入れない共有空間が存在しているのだ。

「ああ、うん、悪かったよ。おじさんにも謝っておいて」

「それは別にいいんだけど。そうだ、あの話って、本当? 本気?」

「親父は本気だけど……」

「そんなの……」

 あからさまに紫桐さんの顔がいつも以上に険しくなる。

「ねえ、あの話って何?」

「杏さんには……いや、ごめん」

「……ううん」

 おそらく、『関係ない』という言葉を飲み込んだだろうシロが、それも私が察してしまったということを後悔するかのように小さく首を振った。

「そのうち話すよ」

「うん」

 そのうち、と言っているのだから、それ以上もう何も言えない。たとえそれが、永遠の先のそのうちであっても、私にはどうすることもできない。

 シロが頭を抑えて、軽く叩いている。心なしか顔色が悪いような気さえしてきた。

「シロ、風邪でも引いたの?」

「ああ、いや、ほんと、何でもないんだ。少しめまいがするだけ」

 手を振って返す。

「ユウト」

 紫桐さんが心配そうに言う。

「ほんと、何でもないったら。二人ともそんな顔で見ないでよ」

「それで、何の用だったの?」

「ああ、うん、みんなが杏さんのこと心配していたから、様子を見に行ってこいって」

「みんな……」

 一瞬、昔のことがよぎる。さっきの気分がぶり返してきそうだったのをこらえる。

「そうだよ、みんなが心配していた」

 シロが私を安心させるかのように繰り返す。彼には、私の中学校時代のことを何も話していない。だから、それがどんな意味を持っているかは知らないはずだ。なのに、彼の言葉は私の心の柔らかいところを触れていた。

「一番心配していたのは月村さんだけど。ってそうだ、今はそっちの方が大変だった」

「ユウトどういうこと?」

「ちょっとだけピンチ。それも二人を呼びに来た理由だったんだった。芹菜か、杏さんでもいれば、とにかく大丈夫なら教室に来てほしい」

「わかった」

「私も大丈夫だから」

「ありがとう、助かる」

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