文化祭前日「グスコーブドリの伝記」②

「よう、また偶然だな」

「ひょっとしてつけているんですか?」

 柏木さんから頼まれた開会式のセッティングの準備を済ませたあと、執行部から教室に戻ろうとした四階の廊下で、一ノ瀬先輩に会った。先輩を前にしてしまうと自然と気を張ってしまう。周りの騒音が一段階小さくなった気さえもした。

「おっと、随分と言うようになったじゃないか」

 一ノ瀬先輩がからかって笑う。今日はトレードマークとも言えるヘッドフォンはなかった。

「新聞局は取材ですか?」

「まあ、紙を出すのは始まる前と終わった後だからな、そういうのは一、二年がやってるよ。三年なんて実質引退しているみたいなものだ。それで進展はどうだ?」

「なんですか進展って」

「お前と正義の味方だよ」

 先輩はシロのことを『正義の味方』とあだ名をつけている。そして私のことは『正義の味方見習い』と呼ぶ。

「何もありません」

「そうか、そりゃなにより。で、こいつはなんだ?」

「あ、いつの間に!」

 胸ポケットにしまわれていたはずの手紙が抜き取られ、先輩の手の中にあった。

「返してください!」

私が受け取った手紙だと思われてはかなわない。

「いや、まて」

「それは私のじゃ……」

「わかってる」

 左手で私を制止して、便箋を廊下の天井に向け蛍光灯の明かりに透かしている。

「なんか見たことがあるなこの文字、文章。ああ、そうだ、嫌なことを思い出しちまった、もう二年にもなるのか」

 先輩は手紙をこちらに渡して、目を閉じて頭をかいた。感傷にひたっているようにも見える。

「文章そっくりだぜ、筆跡まで」

「先輩、彼のことを知っているんですか?」

「彼? なんでお前が知ってるんだ? あいつが話すとは思えないが」

「あいつ? シロですか?」

「聞いてないんだろ? 二年前のこと」

「聞かないでくれっていうから」

 シロが一ノ瀬先輩と関係があるのは春から知っている。けれど、シロはそのことについては触れられたくないようで、いつも私の質問にも避けている。だからいつの間にか私もそういうものだと思って聞かなくなっていたのだ。

 それが今回の手紙と繋がっている?

「そりゃそうだ、あいつの、いや俺もだが、俺らの汚点、失敗談みたいなものだからな言いたくないのもわかる」

 私は今、先輩から話を聞くべきだろうか。先輩から聞いたとシロに言うべきか。それとも、今まで通り気にしないふりを続けるべきだろうか。

 そんな考えを見透かされたのか、

「迷っているな。正直、俺も知らない方がいいんじゃないかと思うぞ」

 と先輩が言い、続ける。

「できれば、教えてください、お願いします」

 懇願する私に先輩は一拍置いて話し始める。

「まあ、概略だけ話せば簡単なことだ。三年前くらいからか、俺とあいつが二人とも中学だったときだな、互いに身近に起こる日常的なことを解決して回っていたんだ。それこそ市内中をな。あいつは『正義の味方』として、俺は『情報の回収』として。狭い街だからな、バッティングすることも何度かあったわけだ。『解決』の方法がお互いに違うこともあるわけだから、まあ色々とあった。見解の相違ってやつだな」

 だいたい先輩のいうようなことだとは思っていた。

 それはシロも言っていた。

「二年前に起こった事件、『神様事件』、内部まで関わった人間はそう呼んでいる。そういう出来事があったとだけ知っておけばそれでいい」

 それが、紫桐さんが話していたシロと二人で出会った事件のことだろう。紫桐さんとシロが別れるきっかけになった事件だ。

「それで、この先は聞くならあいつからの方がいいだろう」

「わかりました。この手紙のことだけ、教えてください」

「この手紙を書いたやつ、いいや今はいないから、そのとき、似たようなやつがいたんだよ」

 今は、いない?

 これは水樹君が書いたはずでは。

 それでは先輩が言っているのは水樹君ではない?

「俺の二つ上の先輩でな。飛び切り頭の切れる人だった、特に数学の才能なんか飛び抜けていた。この学校の生徒だった」

「その人は……今は?」

 いない、と先輩は言った。

 先輩はその彼のことを全て過去形で表している。

「……だから今はいない。死んでいるんだよ。自殺したんだ、二年前に。俺らの目の前で、な」

「えっ」

「理由は、わからん。あいつなら何か知っているかもしれんが。これ以上は聞かない方がいいだろう」

「……そうですね」

「それにしても本当に似ているなこの文章、ツキムラ先輩に。そういえばお前のクラスに妹がいたな」

「えっ」

 今、なんて?

 肩をすくめて、しまった、というポーズを先輩が取った。

「……ああ、言い過ぎたな。有料にすべきだったか」

「月村、先輩って」

 桂花にお兄さんが一人いるのは知っている。

 しかし、それは、一ノ瀬先輩が言う月村先輩なのだろうか。

「言い過ぎついでだが、確か……。あのとき一緒にいた人間が他にもいたな」

 まさか、その名前は。

 これ以上は、聞きたくない気持ちがあった。

 逃げたかった。

 想像通りであってほしくない。

 しかし先輩の言葉は無情にも続けられる。

「なんだっけな、そうだ、『ミズキ』とか言っていたな」


 問2.シロは何故彼だと断定して、何故シロは怒っているのか?

 答 一部修正。シロは手紙を読んだ段階で、水樹君の存在に気がついていた。だからすぐに断定できた。何故怒っているのか。一ノ瀬先輩の言葉に従うなら、これは彼らの「失敗」の続きだから。

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