第23話 忠告
「警視庁の探索者犯罪対策課に所属する有浜美咲よ」
「同じく友村
警察手帳を見せて二人はそう名乗った。それを聞いて火花も納得する。学校を出た時から感じていた気配は彼らであった。蘭の影の護衛かと思っていたが、どうやら警察だった様だ。
「蒼森火花。Eランクの探索者です。今はここの家の方の護衛依頼を受けている最中ですね」
「そうかい。よろしく、火花くん」
火花が自己紹介した事に呉景がにこやかに対応する。しかし美咲の方は不機嫌そうな表情をしている。
「単刀直入に言うと、今の依頼を破棄して欲しいんだよね」
「どうしてですか?」
「危ないからさ。未成年の君を下手な事に巻き込みたく無いんだよ」
「……俺は探索者協会から正式に依頼を受理しています。抗議はそちらにお願いします」
火花としては警察が蘭の護衛をしている事は不思議では無かった。ただ問題はその部署である。殺人事件という事で普通に考えれば刑事部などが真っ先に思い浮かぶ。そこには探索者による殺人や傷害を捜査する課がある。
しかし今回蘭の護衛をしているのは組織犯罪対策部である。いわゆる組対という所で、その名の通り組織を取り締まる部署である。そこが動いているという事は蘭を狙っているのは単なる殺し屋ではなく、どこかの組織に属する殺し屋という事だ。その違いは大きい。
「命が惜しければ、今すぐ依頼を辞退しなさい。探索者協会には貴方の評価が下がらない様に手は回してあげるから」
「結構です。そもそも命が惜しいなら探索者なんてやってませんよ」
「あのねぇ、相手は貴方が思ってるよりも甘い相手では無いのよ。プロの組織に所属する殺し屋。とてもじゃないけど一介の探索者が勝てる様な相手じゃないわ」
「鹿島先輩は友人です。仮に依頼が無かったとしても見捨てる事は出来ません」
「……ッ! 分からず屋ね! 貴方は言われた通り依頼を辞退すれば良いのよっ!」
火花が頑固に依頼を続ける事を主張したため、美咲が怒る。ただ彼女に火花に対する敵意や悪意がある訳では無い。どちらかというと聞き分けの無い子供を叱っている形である。
「まーまー、ハマちゃん。彼がそこまで言うなら仕方ないんじゃない?」
「……ハマちゃんと呼ばないで下さい」
「火花くんもそれだけ言うって事は覚悟があるって事でしょ?」
「はい」
喧嘩になりそうだった美咲と火花の間に呉景が入る。そして火花に命を賭ける覚悟を問う。彼はそれに頷く。呉景の目をしっかりと見ながら。
「それならしょうがないね。依頼の続行を認めるしか」
「けど……!」
「探索者協会で探索者としての資格を取った時点で彼らもプロなんだよ。僕らは彼らに対して依頼の辞退を勧める事は出来るけど、強制は出来ない」
「……分かりました」
呉景の言い分に美咲は苦い表情をする。しかし正論ではあるので、彼女としても認めざるを得ない。もし強制的に依頼を辞退させられるなら最初から探索者協会にそうさせている。こうして直接の忠告に来ている時点で、それだけの強制力が無い事を示している。
「ありがとうございます」
「お礼を言われる事じゃないさ。ただ協会側の思惑については理解しているかい?」
「何となく……囮みたいな感じですよね?」
「それだと半分かな」
火花の回答に呉景は優しく微笑む。そしてフルーツオレを一口飲んでから続きを話し始める。
「表向きは囮で合ってるよ。ただ探索者協会の本音としては君に依頼を解決させたいみたいだね」
「今回の事件に関して私たちは探索者協会に圧力を掛けてたのよ。余計な事をするなと。そこで彼らは囮役の探索者を雇う事で依頼人と私たちの両方の顔を立てようとした。そこまでは良いかしら?」
「はい。そこで雇われたのが俺って事ですよね」
そこまでは先ほどまでのやり取りから火花も推測していた事だ。
「ただ雇った探索者は普通の探索者では無かった。Eランクに昇格したてではあるが、その実力は最低でもBランクはある。つまり君なら依頼を解決できる可能性があると彼らは踏んだ訳だ」
「思ったよりも俺って評価されてるんですね……」
探索者協会の上層部から自分の実力を認められていた事に驚く。そしてそれを前提とした作戦を立てられていた事にも。
「もし貴方が依頼を解決したら私たちの面目は丸潰れ。探索者協会としては万々歳でしょう。全く、会議しかしてない連中が考えそうな事だわ。依頼を受けた探索者の素性くらい調べるに決まってるじゃない」
探索者協会の思惑については彼らにバレていた様だ。どうやら依頼を受けた火花について調査したらしい。つまりダンジョン配信や神田ダンジョンでのアウトブレイクの件についても把握していると言う事だ。
「探索者協会としてはそういう考えの訳だが、君としてはどうだい? このまま単独で動くか、それとも我々と手を組むか」
「一緒にお願いします」
「おや、即答だね。単独で依頼を達成できれば君の評価は鰻登りだよ?」
「さっきも言いましたが鹿島先輩は友人です。彼女を守るのに探索者協会の思惑は関係ありません」
火花としては探索者協会の思惑などはどうでも良い。正直な話、依頼を達成してもランクが上がりませんでした、となっても問題は無い。ただ報酬が貰えないのは困るが。そうなると武器を新調出来なくなる。
「あっはっはっ! うんうん、それなら僕らも君のことを信用できる。なら情報交換といこうか」
「ちょ、ちょっと待ってください! こちらの情報を渡すんですか⁉︎ 守秘義務違反ですよ!」
情報交換をしようと持ちかけた呉景を美咲が慌てて止めに入る。彼らが持っている情報は機密情報も多い。そう簡単に話して良いものでは無い。
「ある程度の融通は効くさ。それに彼が強いのは事実だ。使えるモノは何でも使った方が良いだろう? それとも我々のプライドのために協力を止めるかい? 彼の方は探索者協会の思惑を捨てたというのに」
「それは……」
呉景としては事件を解決する事を最優先に考えていた。例え外部の協力者を使ったとしてもだ。ただその場合、警視庁の上層部は面白い顔をしないだろう。
「……分かりました。ゴケイさんの指示に従います」
美咲も呉景に諭されてそれに頷く。ちなみにゴケイというのは呉景のあだ名だ。単純に名前の呼び方を変えただけだが。
「さてと、それじゃあ何から話そうかな……」
「さっきの狙撃手はどうなりましたか?」
何から話すか迷っている呉景に火花が先に質問する。彼としてはまず先ほどの狙撃手がどうなったのか知りたかった。
「ああ、うちの班のメンバーが無事に捕まえたよ。ビルの中で気絶してたみたいでね」
「貴方やりすぎよ。ビルの部屋ごと爆破するなんて。もし一歩間違ってたら民間人にも被害が出てたわ」
「す、すいません……」
どうやら狙撃手に関しては無事に捕まえる事が出来たようだ。ただやり過ぎた事を美咲に怒られる。火花としても自覚はあったので素直に謝る。
「次からは気を付けなさい。下手したら貴方がお尋ね者になるわよ」
「はい……」
「それで敵の組織についてなんだけど……これが厄介な連中でね。まー、僕らが出張ってる理由がこれなんだけどさ」
狙撃手についての話は終わり、今度はその根本にある殺し屋の組織についての話になる。火花としても興味はあったので静かに話を聞く。
「『日輪の残影』っていう元探索者たちによって結成された犯罪組織さ。さっきみたいな下っ端は大した事無いんだけど、幹部クラスになると現役のSランク探索者くらいの力はあるんだよ」
「日輪の残影……」
火花は聞いた事が無い組織名だった。それも当然だろう。こういった組織についてはマスコミに規制が掛かり、あまり報道されない様になっている。
「その中で今回の殺人依頼を引き受けたとされるのが、この男よ」
美咲はそう言ってスマホの画面を見せて来る。そこには四十代くらいの男性が写っていた。灰色の短い髪に鋭い目付き。身体の体格は元探索者という事もあり、がっしりしている。どこか全体的に野獣の様な印象を受ける人物だった。
「『鋼鉄の殺人鬼』、そう呼ばれてるわ」
「こいつは『日輪の残影』の中でも古参でね、幹部では無いがかなり実力さ。使う魔法は鋼鉄魔法だね」
「鋼鉄魔法か……ありがとうございます!」
「言っておくが、くれぐれも無茶はしない様に。今のところ僕たちが渡せる情報はこのくらいかな。あぁ、それとコレが僕たちの連絡先だよ」
呉景から連絡先を教えてもらう。こうして火花は敵の情報を手に入れた。それから少し二人と会話して、その日は帰宅するのだった。
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