第21話 護衛依頼開始
翌日の放課後。
火花は授業の終礼と同時にすぐに教室を出る。そして向かうのは鹿島蘭がいる教室だ。階段を下って一つ下のフロアへと行く。
北愛宕高校は一年生が三階、二年生が二階、三年生が一階という区分けになっている。昔は逆だったらしいが、「最上級生が一番階段を登らないといけないのは変じゃね?」という声が出て現在の形になったらしい。
火花は目的の教室へと入る。そちらも授業は終わっているようで何人かは帰り支度をしていた。そのクラスの生徒たちから視線を集めるが、火花はそれを気にせず鹿島蘭を探す。
彼女は窓際の後ろから三番目の席に座っていた。他の生徒たちと同じように丁度帰り支度をしていた。
火花は真っ直ぐに鹿島蘭へと近付く。すると途中で彼女の方も火花の存在に気付く。そして目を丸くして驚いた表情になる。彼がここにいる事が予想外だったのだろう。
「えっと、この前はアドバイスありがとうございました。鹿島先輩ですよね?」
「そうだけど……君、どうしてここに……?」
戸惑っている蘭に火花はスマホを取り出して、その画面を見せる。そこには「カシマアームズからの護衛依頼」と書かれたpdfファイルが表示されていた。これは火花が必要最低限の情報を職員から貰ったからだ。
「うそ……まさか、君が……?」
蘭は少し悲しそうな顔をした。それからすぐに席を立ち上がり、一気に荷物をまとめる。そして鞄を持って移動しようとする。
「ちょっと来て」
火花の制服を引っ張って教室の外へと向かう。彼はそれに大人しく着いて行く。クラスがちょっと騒つくが、それに構っている余裕は無かった。
そのまま校舎の人気の無い場所にまで連れて行かれる。ようやく立ち止まった蘭は火花の方を向く。
「今すぐ護衛依頼を破棄して」
「え? 今さらそれは難しいですよ。俺の探索者としての評価にも関わってきますし……」
依頼を破棄しろと迫ってくる蘭。火花はそれを適当な理由でかわそうとする。本当はランクの事などどうでも良かった。ただ彼女の反応を見て、何か厄介な出来事に巻き込まれていると火花は確信した。彼にここで蘭を見捨てるという選択肢は無かった。
「本当に危険だから。君を巻き込みたく無い」
「俺は巻き込まれたんじゃないですよ。依頼を受けた側なんでどっちかと言うと巻き込まれに来たって感じです」
「そういう事を言ってるんじゃないの。とにかく依頼は今すぐ辞退して。そうじゃないと君の命も危ないし」
火花の軽口に蘭は乗ってくる様子は無かった。そこからも切羽詰まった様子が窺える。
「何がどう危ないんですか? 俺、戦いには自信がありますよ」
「なら木刀で何が出来るわけ?」
どうやら蘭は昨日の火花の配信を見ていた様だ。彼の武器が量産型の刀から日光の木刀にグレードダウンした事を知っていた。それがあるから余計に心配しているのかもしれない。
「敵を倒せます」
「ふざけてる? 命がかかってるんだよ」
「真面目です。それに先輩を放っておく事なんて出来ませんよ。嫌がっても勝手に着いていきます」
「……なら勝手にすれば」
蘭は聞き分けの無い火花に呆れた表情をする。そして彼に背を向けて歩き出す。帰ろうとしているのだろう。無理に火花を突き放そうとするのは諦めたみたいだった。
火花は宣言通りその後を勝手に着いて行く。蘭の方は話し掛けるなオーラを出しながら進んでいく。そしてすぐに校門を出る。
沈黙が続く中、二人は全く別のことを考えていた。
「(パパは他にも護衛がいるって言ってた……それなら最悪、その人たちに彼も守ってもらうしかない)」
「(うーん、学校を出てすぐに追跡者の気配あり、か。ただ嫌な感じはしないから大丈夫そうだな)」
蘭は父親から探索者協会が護衛依頼を受けた事は聞いていた。それだけでなく警視庁からも護衛が派遣されている事も。そのため最悪の場合は自分だけでなく火花も守ってもらうしか無いと思っていた。
一方で火花の方は学校を出た後から何者かが自分たちを尾けてきている事に気付いていた。ただ視線に悪意の様なものは感じられなかったので放置している。蘭は大企業のご令嬢なので、隠れて護衛している人たちがいるんだろうと考えていた。
「ちょっと待って下さい」
「な、何……?」
火花が急に蘭へと声を掛ける。それに彼女は驚いて反応してしまう。無視していたのに、普通にリアクションをしてしまう辺り、彼女も悪い人間では無いのだろう。
「喉乾いた」
火花はそう言って横の自販機に小銭を入れる。そしてコーラを買う。ガコンと音がしてコーラが落ちてくる。
「何か飲みます?」
「ハァ……いらないし」
何か起きたのかと思って身構えていた蘭は肩透かしを喰らう。それと同時に毒気が抜けた。何だか張り合っているのが馬鹿らしくなってしまったのだ。
火花はマイペースな人間だ。そして自分のペースで動いているという事は、周りのペースに合わせるつもりが無いという事でもある。つまり彼は他人に何かを左右される人間では無い。
戦闘時になると彼は強気になり、攻めたスタイルになる。ただそれはその性格が前面に出ているだけで、本質は普段も変わらない。何を言っても自分の意思を曲げないタイプだ。それを蘭は何となく理解したのだろう。
「さっきから着いてきてる人たちは先輩の護衛なんですか?」
「分かるの?」
「はい、何となくですけど」
「凄いね……私にはさっぱり分からないや。パパが言うには君以外にも護衛がいるって」
「へぇー、そりゃあ心強い」
コーラを飲みながら歩き出す火花。本当に心強いと思っているか怪しかったが、蘭はそれを流す事にした。
「でもあっちから来るのは別っぽいですよね」
「え……?」
火花が指差した方向から何かが飛んでくる。風切り音が蘭の耳にも届いた。それと同時に彼女の目の前で何かが弾ける。
「きゃあ……⁉︎」
「普通こういう襲撃って初日に来なくない? 三日目くらいを狙うでしょ」
飛んできたのは弾丸であった。それを火花が木刀で弾いたのだ。もちろん彼の木刀は魔力で強化した状態だ。そうでなければ木刀などすぐに折れてしまうだろう。
火花は口にコーラの缶を咥えながら愚痴を言う。襲撃が想定していたよりも早かったからだ。それでもきちんと対応しているのは流石と言える。
「スナイパーライフル的なアレなんで、無視して帰りましょうか」
「えぇ……⁉︎ だ、大丈夫なの⁉︎」
「撃ってきたら迎撃すれば良いですよ。もう少し人通りが多いところに行ったら攻撃も止むと思いますし」
そう言いながら火花が普通に歩き出す。それに蘭は慌てて着いて行く。先ほどまでとは立場が逆になっている。
火花としては攻撃が狙撃のため、敵が近くにいない事は分かっていた。伏兵の類いも感じられなかった。つまりこの場ではどう足掻いても犯人を捕まえられないという事だ。そのため普通に無視する事にした。
「先輩を隠れて護衛している人たちは複数いるんで、その人たちに対処して貰いましょう」
火花の任務は護衛だ。犯人を捕まえる事では無い。もちろんここで襲撃者を捕まえられれば、依頼への大きな加点となる。しかし彼としては探索者協会からの評価にあまり興味は無かった。それよりも蘭の安全の方が優先である。
「あ……」
「こ、今度は何……⁉︎」
再び急に立ち止まった火花に蘭が怯える。しかしそんな様子の彼女を気にせずに火花は鞄の中に手を突っ込み銃を取り出す。
「こっちの練習もしないとな」
そう言って狙撃者がいるであろう辺りに狙いを絞る。そして魔力を限りなく小さく圧縮していく。それを回転させて放つ。
放たれた魔力弾は超スピードで狙撃手のいたビルへと直撃する。それと同時にドカァァンという爆発音がする。
「ちょ、ちょっと……何今の⁉︎」
「やべ……」
思っていたよりもしっかりとした威力だった事に火花は驚く。彼としては牽制程度になれば良いと思っていたのだ。しかし結果は狙撃手のいた部屋を爆発させる程の威力だった。それに彼は冷や汗をかく。
「(こ、今度こそ影の護衛の人たちに任せるしかないッ……!)」
そう思って火花は現場からそそくさと離れる。戸惑いながらも蘭もそれに着いて行くのだった。
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