第22話 狙われる理由


「今何したの……⁉︎」


「ちょっと本気で銃を使ってみたんですが、ビックリの結果でした」


「答えになってないんだけど⁉︎」


 火花と蘭は小走りで大通りまで進んだ。そして火花は先ほどのことを彼女から問われる。しかし本人も驚いている様で、上手く答えられていなかった。


 彼が扱っている銃は実弾を込めるタイプの拳銃では無い。魔力の操作をサポートして効率良く魔力弾を放つための装置だ。


 火花は今までそんな銃をサブウェポンとして扱ってきた。そのせいか単純な魔力弾を放つくらいにしか使っていなかったのだ。


 それが刀が封印された事で初めて彼は真剣に銃について考える様になった。魔力の扱いが得意な彼にとって銃も使いやすい武器だった。


 その結果が今の狙撃もどきである。ただ魔力を圧縮して放つのに少し時間が掛かるため、ダンジョン内でソロの時に使うには難しいだろう。


「狙撃手のいた方に魔力弾を放ちました。倒せてはいないですが、相手を混乱させる事はできたと思うので今のうちに逃げましょう」


「な、なるほど……」


 火花がようやく詳しい説明をした事で蘭も納得する。二人は急いで電車に乗って彼女の家へと向かう。


「流石に電車の中では襲って来ないよね?」


「多分、大丈夫だと思います」


 電車はそれほど混んでいなかった。そのため席は空いていたが、二人とものんびりと座るといった気分では無かった。少し沈黙があってから、蘭の方が先に口を開く。


「事情、知りたいでしょ?」


「まぁその方が護衛のプランは立てやすいですね。俺は最初、ストーカーとかかと思ってたんですよ。先輩って美人ですし」


「……び……⁉︎ ち、違うから。事情はもっと複雑。うちの家については知ってるでしょ?」


「はい、カシマアームズですよね」


「そう。家の事業絡み。パパが中心となって計画してる『ダンジョン関連製品開発に対する税控除申請』が原因」


 カシマアームズは国内のダンジョン関連企業の中でもトップクラスの知名度と実績を誇っている。そこの社長である蘭の父親は国内のダンジョン関連企業に「ダンジョン関連製品開発の際に税金の優遇措置をして貰おう」と声を掛けた。


 日本はダンジョン後進国である。それは大きなデメリットではあるが、あえてプラスに捉えるとすれば伸び代が残っていると言う事だ。


 ダンジョン後進国から脱却するのに一番良いのは探索者に対する支援を手厚くする事だ。そのためには探索者協会や国の制度を変えなければならない。しかしそれは難しい。というよりもそれが出来れていれば日本はとっくにダンジョン後進国から脱却している。


 そこで蘭の父親は探索者協会や国内の制度を大きく変える事よりも、ダンジョン関連企業を伸ばす事を考えた。探索者や戦舞者が扱う武器や道具が良いものになれば、それは結果として支援が手厚くなったと言えるだろう。


 そのための第一歩が製品開発時に発生する税金の控除であった。ダンジョン関連の製造業が新製品を開発しやすい環境を作る。それはカシマアームズの様な大企業だけではなく、下請けも含めた中小企業も救うこととなる。


 その草案はすでに纏まっており、近いうちに経団連を通して国会へと提言される事となっている。与党への根回しも済んでいる事から、このまま行けば「ダンジョン関連製品開発に対する税控除申請」は実現するだろう。


 しかし中にはそれに反対する人間もいる。それは経団連の中にもいるし、野党の一部議員などもそうである。


 税控除になれば、今まで入っていた税金がその分減る事になる。その皺寄せは他の場所に行く事になるだろう。それを嫌がっているのだ。


「つまりそういった連中の誰かがって事か……」


「そう。でもそれだけじゃない」


 実は既に被害は出ているのだ。


 この草案に賛成した企業の関係者が何人か殺されている。それによりこの取り組みから抜ける企業なども出てきている。


 嫌らしいのは各企業の社長を直接狙うのではなく、その関係者を狙っているところだ。社長を殺しても、その次に社長になった人物も賛成派だった場合は殺しに意味が無くなる。


 それよりも社長の関係者を狙う事で、脅威を見せつけて意見を変えさせた方が確実である。そしてその魔の手はとうとう本命であるカシマアームズにまで届きつつあるという事だ。


「敵は間違いなくプロ。だから私は君が護衛になるのを反対したの」


「なるほど、プロですか……」


 蘭はあえて火花の不安を煽る様な言い方をする。細かい事情を説明すれば、もしかしたら依頼を辞退してくれる可能性があるかもしれないと考えたからだ。いくら頑固な火花とて、相手が殺しのプロだと分かれば少しは怖がるだろうと。


「(対人戦スキルもいずれは磨きたいと思ってたし、相手がプロなら丁度良いな)」


 しかし火花は相手が殺しのプロだと聞いてむしろ目を輝かせている。ストーカーなどの素人相手に戦ったところで自らの実力向上は見込めない。そういう意味では対人戦スキルを上げるのにプロの殺し屋はうってつけの相手だった。


「やる気が出てきましたね!」


「…………」


 元気になった火花を見て蘭は引いた表情をする。プロの殺し屋が相手だと聞いて喜ぶ人間はほとんどいないだろう。


 ある程度の事情を話し終わったところで、蘭の家がある最寄駅へと到着する。二人は改札を出て彼女の家へと向かう。


「朝は先輩の家に行った方が良いですか?」


「最近、朝は車で送ってもらってるから大丈夫。帰りだけお願いするわ」


「それなら明日は? 土曜日ですよね。外出するなら俺も一緒に行きますよ」


「外出は止めておく。命を狙われてるんだし」


 命が狙われていると言うのに無用な外出をすれば狙って下さいと言っている様なもんだ。蘭としてはこの土日は家で大人しくしているつもりだった。


 経団連から政府への政策提言があるのが二週間後だ。そうなれば反対派はどうしようも無くなる。つまりそれまでの辛抱である。


「私の家はここ」


「でかっ⁉︎」


 彼女の家は予想通り豪邸であった。分かってはいたが、実際に見てみるとその衝撃は大きかった。火花の家も一軒家ではあるが、比べ物にならない大きさだ。まず門が付いている時点でレベルが違う。


「それじゃ、ありがと」


「はい。お疲れ様です」


 火花が驚いていると蘭はさっさと家の中へと入って行ってしまう。彼は素直にそれを見送る。あっさりとした別れだが家まで送り届ければ問題無いだろう。


 いつまでも他人の家の前に居てもしょうがないので火花も自分の家へ帰ろうとする。するとそのタイミングで前方にある曲がり角から二人の人物が現れる。


 一人は四十代くらいの男性だ。白髪混じりのボサボサの頭に、無精髭を生やしている。グレーのスーツを着ており、手には何故か紙パックのフルーツオレを持っていた。


 もう一人は二十代くらいの女性だ。ストロベリーピンクのショートカットにパーマをあてている。その目つきは鋭く、こちらも男性と同じ様にスーツを着ている。ピンクのネクタイに、ピンクがかったクロのスーツである。


 二人は火花の方へと一直線に近づいて来る。火花は二人が自分のところにやって来るまでその場で待機する。


「ちょっと良いかな。蒼森火花くん」


 まず話しかけて来たのは男性の方だ。女性の方は男性の一歩後ろにいて火花を睨んでいる。


「えーと、俺の名前は権田たぬ吉ですよ? 誰かと間違えてませんか?」


「あっはっはっ! いや〜、最近の子はユニークだねぇ」


「ふざけないで! 貴方が蒼森火花でしょう!」


 火花は相手の素性が分からないため、適当な名前を言って誤魔化す。すると男性の方はそれに大きな口を開けて笑う。一方で女性の方はそれが気に入らなかった様で怒鳴り声を上げる。


「まーまー、ハマちゃん。彼からしたら僕らの素性も分からないんだから、そういうリアクションになっても仕方ないって」


「……ハマちゃんという呼び方を許可した覚えはありません」


 ハマちゃん、と呼ばれた女性は男性の方に鋭い視線を向けてから一歩前に出る。そしてジャケットの内ポケットからとある物を取り出して火花へと見せて来る。


「警視庁の探索者犯罪対策課に所属する有浜美咲よ」


「同じく友村呉景くれかげさ」


 警察手帳を見せて二人はそう名乗ったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る