第18話 指名依頼
放課後。
火花は探索者協会の支部へとやって来ていた。本部は東京駅に設置されているが、支部は都内だけでもいくつかある。その中で彼が選んだのは上野支部である。
理由は単純で学校から電車で乗り換えせずに行けるのと、現在攻略中の神田ダンジョンに近いというのもある。
火花は入口を入ってどの窓口に行くべか考える。窓口はいくつかあって探索者登録窓口、依頼受付窓口、素材買取窓口など色々とある。その中で彼は探索者相談窓口を選ぶ。
まずは窓口近くにある機械で探索者相談窓口の項目を選んで整理券を発行する。それを受け取ってロビーにある椅子へと座る。
それぞれの窓口の上には電子案内板が設置されており、そこに順番待ちの番号が表示されている。火花の番号は二番目にあったため、すぐに順番が回って来るだろうと考える。
その間にスマホを開いて自分のチャンネルを表示する。するとそこには14万人という文字が書かれていた。一晩でかなりの登録者が増えた。
それにニヤニヤしているとすぐに火花の順番が回って来る。彼は椅子から立ち上がり、窓口へと向かう。
「いらっしゃいませ。本日はどういったご用件で?」
「ランクアップと指名依頼を受けに来ました」
カウンター越しに尋ねてくる女性職員に火花は探索者協会から来たメールを見せる。それを見て彼女は頷く。その間に火花は目の前の椅子へと座る。
「蒼森火花様ですね。探索者カードはお持ちですか?」
「はい」
火花は鞄から探索者カードを取り出して女性職員へと渡す。それを受け取った彼女は機械へとカードを通す。そしていくつか入力作業を行う。
「Eランクへの昇格おめでとうございます。特例の2ランクアップなんて凄いですね」
「あはは、たまたま上手く活躍できまして……」
火花は彼女から返された探索者カードを鞄へとしまう。どうやら彼女は神田ダンジョンでのアウトブレイクの件について知らないらしい。
正確に言えば神田ダンジョンでのアウトブレイクについては知っているだろう。ただそこで活躍した火花の事と、ランクアップについて知らないという事だ。
「それで指名依頼についてですが、少々お待ちくださいね……」
彼女は少し難しそうな顔をしながら一度席から立ち上がる。奥にある職員たちが集まっているデスクの方へと向かう。そしてその内の一人に話し掛ける。
すると話し掛けられた職員は立ち上がり、女性と一緒に火花のいる所までやって来る。少しふくよかな40代前半くらいの男性だ。
「君が蒼森火花くんか。複雑な依頼については情報が漏れたりしないように別部屋で対応しているんだ。申し訳ないが移動してもらっても良いかな?」
「はい、分かりました」
言われた通り火花は素直に席を立ち上がる。そしてカウンターから出て来て移動する男性職員の後をついて行く。どうやら別部屋に行くのは彼だけらしく、女性職員の方は窓口で仕事を続ける様だった。
探索者協会には多くの依頼が出ている。多いのはモンスターの素材採取依頼や特定モンスターの討伐依頼、ダンジョンの調査依頼などだ。
ただ中にはダンジョン外での依頼もあったりする。その場合は個人情報が絡むケースが多いので、情報が漏れたりしない様に別部屋での話し合いとなる。
「ここだよ」
火花は開けられた扉から中へと入る。そこにはソファとテーブルが置いてあった。窓口やロビーにあったものより豪華になっている。
「さ、座って」
「はい」
火花と男性職員は向かい合う形でソファに座る。すると男性はファイルから何やら書類を取り出して読み始める。
「さてと、今回の指名依頼についてなんだけど……まずこれがかなり特殊なパターンというのは理解しているかな?」
「はい。俺のランクじゃ普通は指名依頼って来ないですよね……?」
指名依頼は基本的に有名な探索者や高ランクの探索者が受ける事が多い。指名するのは探索者協会であったり、富豪、政治家、一般人など様々だ。
「そうだね。さらに言えば今回の依頼は達成できれば、君のランクアップへと繋がっている。そういう意味ではかなり大事な依頼とも言えるね」
「そうですよね。それで、依頼っていうのはどんなやつなんですか?」
「今回の依頼は護衛依頼だよ」
「護衛……」
火花は護衛依頼と聞いて苦い表情になる。その理由は護衛依頼は期間が長いものが多いからである。多いパターンでいくと、特定の対象を数週間守るといったものだ。中にはパーティー中の護衛など短時間のものもあるが。
そして依頼の期間が長引けば、ダンジョン配信も行いにくくなる。護衛依頼ともなれば護衛対象に張り付いていなければならないから尚更だ。そのため火花としては護衛依頼と聞いた時点で乗り気では無くなっていた。
「依頼内容としては、特定の対象を二週間護衛するというものだね」
「二週間……」
期間を聞いて火花は嫌そうな表情になる。間違いなく配信に影響が出ると思ったからだろう。そんな彼の表情を見て男性職員が笑う。
「確かにいきなり護衛依頼は大変だよね。でも今回は多少、君への配慮もあるんだよ」
「配慮……?」
職員の言う通り、護衛依頼とは本来かなり難易度の高い依頼である。純粋にモンスターを倒すだけとは違い、対象を守る必要がある。さらに言えば常に周囲への警戒を怠る事もできない。最後に護衛対象との人間関係も構築する必要がある。ただ勝手にくっついていれば良いというものでは無いのだ。
「護衛対象は君の学校の生徒だよ。学年は違うけどね」
「え? 北愛宕高校の……?」
火花は自分の学校の名前が出た事で心が揺れる。護衛依頼が出されるという事は、その人物に危険が迫っている可能性が高い。そんな状況の人物が身近にいると聞いたら誰だってそうなるだろう。
「そうだよ。今回は『カシマアームズ』っていう企業の社長からの依頼でね。知っているかい?」
「えっ、カシマアームズ……⁉︎ 知ってますよ、めちゃくちゃ有名じゃないですか!」
カシマアームズとは武器や防具などを製造、販売している大企業だ。知名度、実績共に日本トップクラスである。
ただ火花はカシマアームズ製の商品は何も持っていない。それはカシマアームズの作る製品の多くがスポーツ向けのものだからだ。
スポーツといってもただのスポーツでは無い。魔力を使って戦う競技「戦舞」である。海外では「ウィザルト」と呼ばれている。こちらは魔法使いという意味であるウィザードと、結果や成績といった意味のリザルトが組み合わさった造語である。そして戦舞の選手たちの事を戦舞者と呼んでいる。
火花の印象としては探索者はネット配信、戦舞はテレビ放送といったイメージが強い。探索活動では血を流したり、下手をすれば死ぬ可能性がある。それをテレビで映すのは難しいだろう。
一方で戦舞は安全性にかなり配慮されており、選手たちは魅せる戦いを意識しているためテレビ放送にはうってつけなのだ。
カシマアームズは探索者向け、戦舞者向け、どちらの武器も販売しているものの、比重としては戦舞者向けのものの方が多い。そういった理由で火花はカシマアームズの商品を持っていないのだ。
「護衛対象はそこのお嬢さんなんだ。鹿島蘭っていう子でね……」
「カシマ、ラン……」
男性職員はファイルから一枚の写真を取り出す。そしてそれを火花へと見せる。そこには彼の見知った人物が写っていた。
金髪のロングヘアで毛先の方はウェーブが掛かっており、ピンクっぽい色になっている。しっかり目の化粧をしており、ギャルっぽい雰囲気がある。
服こそ違うものの、間違いなく先日食堂で火花に忠告をしてくれた少女であった。その写真を見て彼の中には様々な疑問が生まれる。
「このお嬢さんを二週間護衛して欲しい。どうする?」
「…………受けます」
配信活動が滞るのは火花としても嫌だった。しかし顔見知りが命の危機に晒されているというのに、それを無視するほど彼は薄情では無い。
「そうか、それは良かったよ。それじゃあこれから細かい注意点なんかをレクチャーしていくね」
「分かりました」
こうして火花は同じ学校の先輩である鹿島蘭の護衛をする事になったのだった。
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