第15話 ナナカはゴロゴロする!
「とーおっ!」
ナナカはベッドへとダイブする。そしてベッドの上でうつ伏せの状態のままリラックスする。寝ている訳では無い。ただ寝そべっているだけだ。
探索者協会の事情聴取から帰ってきてシャワーを浴びた。そして髪を乾かして力尽きた彼女は一刻も早く楽な体勢になりたかったのだ。アイドルでも疲れればダラけるという事だ。
「あぁ〜、今日は疲れたぁ……」
ナナカにとって今日は激動の一日であった。
いつも通り学校が終わった後に彼女はダンジョンへと向かった。そこは現在、中層まで攻略している神田ダンジョンである。そこでいつもの様に配信を行っていた。
その途中でアウトブレイクが発生した。彼女もアウトブレイクについては知識としては知っていた。しかし巻き込まれるのは初めてだった。そのため初めはいまいち状況が理解出来ていなかった。
しかしそうしている内にコメント欄に「逃げて」「危険」などの言葉が増えていった。そこでようやく恐怖を覚えた彼女はダンジョンからの脱出を決めた。
ナナカはダンジョン探索者としても、ダンジョン配信者としても恥ずかしく無い様に行動しようとした。各階の探索者たちと合流しながらダンジョンの脱出を目指したのだ。それ自体は上手くいったと言えるだろう。失敗があったのはその後だ。
帰還の魔法陣に乗れば地上へと帰れる。そのタイミングで彼女はどうしても探索していない場所が気になってしまった。結果、彼女は他の探索者たちの静止を振り切って一人で行動した。
その結果がジャイアントミノタウロスとの遭遇だ。もし助けがあと一瞬でも遅ければ彼女は死んでいただろう。それは彼女自身がよく分かっていた。
「あおもり、ひばなくんかぁ……」
ナナカは今日自分を助けてくれた内の一人である少年の名前を口に出す。
「凄かったなぁ……」
彼女にとって大きく印象に残っているのは火花の度胸であった。ジャイアントミノタウロスに対してわざと自身の武器をダメージにならないと分かって放り投げていた。そして斧の一撃をかわして顔面へ飛び膝蹴りだ。最後に空中でキャッチしてジャイアントミノタウロスを斬っている。
それは並大抵の度胸で出来る事では無い。一歩間違えれば武器が無い状態で一方的にやられる事になる。
そんな事をしなくても彼なら斧をかわして普通に斬れたはずだ。それをしなかったのは恐らく配信をしていたからだろう。
配信で映える戦いをする。
それは簡単な様で難しい。その事はナナカ自身が誰よりも分かっていた。彼女にとっても配信者として活動していく上で常に付き纏う問題であるからだ。
でも火花はジャイアントミノタウロス相手にそれを行った。それだけ彼が配信について真剣に取り組んでいる証だろう。それにナナカは同業者として感心してしまった。
「あ、まだZで生存報告上げてなかった!」
ナナカはベッドから手を伸ばしてテーブルに置いてあるスマホを取る。そこからZにて自らの生存報告と今後の活動についての報告をする。死にそうな目に合ったが、彼女としてはダンジョン配信を止めるつもりは無かった。
正直、今のナナカは自分の生き方について迷っていた。アイドルグループを脱退したのも、いつまでもアイドルとして最前線にいられる訳が無いという想いがあったからだ。
この先の長い人生を考えれば、アイドル以外にも何か自分の武器を手に入れた方が良い。そう考えて彼女は探索者になった。配信を行っているのはアイドルとしての影響力を翳らせるのが勿体無いと思ったからだ。結果として彼女は現在、ダンジョン配信者として成功を収めている。
「フォローしちゃおっかなぁ……」
Zにて生存報告をしたついでに、火花のアカウントを見つけ出したナナカ。それをフォローしようか迷っている。動画チャンネルの方は既にチャンネル登録済みである。
「まぁ良いよね……助けて貰ったお礼もあるし……」
ナナカは勇気を持って火花のアカウントをフォローする。彼女が個人的な意思で同年代の男性アカウントをフォローするのは初めてである。
今まではアイドルとして活動してきたため、ファンから誤解されかねないアカウントのフォローは避けてきたのだ。付き合いとして必要なものだけに絞っていた。
それは配信活動する様になってからも変わらなかった。ナナカは自身のファンの一部がガチ恋勢、いわゆるユニコーンだというのを認識していた。そのため今までの彼女だったら彼らが騒ぐ様な事はしなかった。
「私も変わらなきゃね。これからはダンジョン探索者として」
しかし今回は違った。火花と泡猫の戦いを見て、本当の強者というものをそこに見た。彼女はそれに憧れたのだ。幼い頃、キラキラのステージに憧れてアイドルになった様に。
そのため火花と交流を持っておくことは必要だと考えていた。それで多少のファンが減ったとしても、自身の生きる術を見つけられるならリターンの方が多いからだ。
花宮ナナカは同年代に比べて成熟している。それは幼い頃から芸能界にいたからだろう。アイドルとして活動していく上で、多くの大人たちと彼女は関わってきた。その影響で同年代よりも大人びた考えになっていた。
そんな彼女だからこそ出せた結論なのかもしれない。アイドルという過去にしがみついてダンジョン配信者として生きて行くよりも、一人の探索者として成功を収めたい。そんな想いが今日より強くなったのだ。
「あ、そうだ。火花くんにチャット送っちゃお」
ベッドの上でゴロゴロしながらスマホを操作する。チャット画面から火花にメッセージを送ろうとする。文章を考えながら長くなりすぎないように気をつける。
『こんばんは! 花宮ナナカです。今日は助けてくれてありがとう!』
「う〜ん、これだけだとちょっと素っ気ないかなぁ」
それから少しスマホと睨めっこ状態になるナナカ。結果、そのまま送る事にした。
すると30分くらいで返信がやって来る。スマホの上部に通知が来たのを見て、彼女の身体が僅かに震える。そして少し緊張しながらチャット画面を開く。
『こんばんは。蒼森火花です。花宮さんにお怪我が無くて良かったです。お互いこれからも探索者として頑張っていきましょう』
「むぅぅぅー……」
彼女は送られて来た文面を見てしかめっ面になる。それは火花の文章が固かったのと、いきなり会話を終わらせようとしている雰囲気があったからだ。
「一応、私っては元トップアイドルなんだけどなぁ……あんまりガッつかれるのも嫌だけど、無反応なのも……むむむ……」
グループを脱退したとは言え、彼女は元トップアイドルだ。そして今や華の女子高生である。そんな自分からのメッセージに同年代男子が大したリアクションをしてくれない。それは彼女の沽券に関わる問題だった。
『火花くんのチャンネル、お気に入り登録しちゃった!』
今度はそう書いてメッセージを送る。すると今度は30分も経たずに返信がやって来る。
『ありがとうございます。俺は去年から花宮さんのチャンネル見させて貰ってます。喋り方とか凄い勉強になります』
「へ〜、そうなんだ。私のチャンネル見てるんだ。むふふ〜」
火花が自身のチャンネルを以前から見ていたと聞いてナナカは嬉しくなる。だらしない表情で笑っている。そして次のメッセージを送る。
『私の事はナナカで良いよ! 火花くんって探索者になったばっかりなんだよね?』
「どんな返信が来るかな〜?」
火花からどんな返信が来るか楽しみになっている。そして彼からの返信が来るまでスマホを手放さい様にする。
『じゃあナナカさんで。探索者になったのは三日くらい前です。ただその前に自己流で鍛錬とかはしてましたけど』
「ふむふむ。まぁ何の訓練もせずにあの実力は流石に無いよね。いや、訓練してもおかしい事はおかしいんだけどさ」
火花の実力を思い出して、ナナカは頭に疑問符を浮かべる。どうすればあんなに強くなれるのか見当も付かなかった。
それからしばらく火花とやり取りしながら、彼の動画チャンネルやSNSを見て行く。
「うそ……あのカッコよく光ってたのってただの演出なの⁉︎ あれが特別な魔法じゃないなら火花くんってば本当に謎だよ……」
火花について調べて行くうちにナナカはエフェクト魔法に行き着いた。その情報を読んで彼女は驚きの声を上げる。
火花は強力な希少魔法を使っているからあれだけ強いのだと思っていた。しかし実際は違った。あの派手な光は演出で、実際は身体強化や武器強化、魔法障壁だけで戦っていたのだ。極論を言えばナナカでも出来る戦い方だ。
「す、凄すぎるよ……」
ナナカは思っていた以上に火花の実力が高い事に気付き、再び感心する。そして更に蒼森火花という人物が気になるのだった。
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