第16話 探索者協会の会議



 探索者協会の本部は東京駅のとあるビルに置かれている。今日はその会議スペースに何人かの幹部が集まっていた。


 その内の一人である50代くらいの男性が他のメンバーに声を掛ける。彼は少し疲れた様な表情をしながら手元のタブレットを操作していく。


「それでは次の議題に移ります。とある探索者の昇格についてですね。その人物とは先日の神田ダンジョンで起きたアウトブレイクで目覚ましい活躍を見せた蒼森火花という探索者です」


 彼は背後にあるスクリーンに探索者協会に登録されている火花の情報を映し出す。会議室にいる何人かがお互いに顔を見合わせる。そしてその内の一人が発言する。


「 確かに彼の成果は目覚ましいものがありますが、経験不足は否めませんよ。昇進はさすがに時期尚早ではないでしょうか。ここは規定通りに二つ目のダンジョンを踏破したら上げれば良いんじゃないでしょうか」


 そう言うと別の席に座っている人間が反論する。


「しかし、彼のお陰でアウトブレイクで大きな被害が出なかったのは事実だ。こちらとしては彼の才能を早期に認め、ランクアップさせてやれば恩を売れるだろう」


「泡猫からの推薦もあるしなぁ。ダンジョン配信とやらの映像も見たが実力があるのは間違い無いだろう。むしろ問題はどこまで上げるかだ。実力的にはBランクくらいの力はありそうだが、そこまで上げてやる事はできんだろ」


 そこからは各々がそれぞれの考えを述べて行く。それをしばらく見守ってから司会をしていた男が話を纏める。


「皆さん、貴重なご意見をありがとうございます。彼の実力が卓越しているのは事実でしょう。ただ我々としてはプロセスも尊重しなければなりません。ランクアップは成果だけでなく、経験と総合的な判断に基づくべきです」


 そこで司会の男性は全員を見渡してから話を続ける。


「そこでまず彼のランクをEに上げます。これはイレギュラーモンスターの実力が中級ダンジョンのボスより強いため妥当な判断だと思います」


 Eランクは高一から探索者を始めていれば卒業までには辿り着けるレベルである。もちろん途中で挫折した者は除く。あくまでも三年間真面目に探索者として活動していた場合の話だ。


 つまりその程度なら特例でランクを上げても目立ち辛いという事だ。反対に同じ2ランクアップでもBランクからSランクになるのは難しい。


「まぁそうだな」


「確かにそう言われるとそうですね……」


「問題はそこからです。とある条件をクリアすればランクをもう一つ上げるというのはどうでしょう?」


 視界からの提案に会議室にいた者たちは真剣な表情になる。司会の男性のすぐ近くに座っていた女性が代表して言葉を返す。


「その条件とは何でしょうか?」


「我々が提示した指名依頼のクリアです」


 そうすると再び場が騒つく。司会の男性はそうなるだろうと予測していたため慌てたりはしない。


「Eランクの探索者に指名依頼など前例が無いぞ」


「あまり前例が無い事をすると探索者協会の信頼にも揺らぎが……」


 何人かが司会からの提案に反対を表明する。彼らはどちらかと言うと探索者協会の運営に関して保守的な考えを持つ者たちだ。


「体裁としてはこうです。蒼森火花氏の実力は探索者協会としても認めている。しかしだからと言って簡単にランクアップはさせられない。そこで彼に経験を積ませるために指名依頼を行う。その依頼を達成できればランクアップ。失敗、あるいは辞退をすれば現状のまま。どうでしょう?」


「まぁ確かにそうすれば泡猫の顔も立てられるな」


「彼が断ればランクアップは無しか。それなら良いかもしれんな」


 司会の説明にほとんどの人間が納得する。保守派の人間も複雑そうな表情をしているが、これ以上の異議を唱えるつもりは無さそうだ。反対しても多数決で負けるのが分かっているからだろう。


「それでどんな指名依頼を出すんでしょうか?」


「これです」


 司会の男性は火花に出すつもりの依頼のデータをスクリーンに映し出す。それを見た一同は驚愕の表情を浮かべる。


「ありえない! この依頼を成り立ての探索者にやらせるなど!」


「この依頼は絶対に失敗出来ないものなんだぞ! 下手したら我々の立場すら危うくなる!」


「これは流石に無茶が過ぎるんじゃないでしょうか……」


「この依頼は失敗する事が出来ないんだぞ」


 今度は先ほどまでと違って一斉に反対の声が出る。それだけ探索者協会にとっても重要な依頼という事だろう。


「ならこの依頼は誰にやらせますか?」


 司会の男性がそう言った途端に、ざわつきがピタリと治まる。会議室にいるメンバーは途端に渋い顔をする。


「ら、雷魔弓とかホワイトならどうだ?」


「確かにあのお二人ならAランクの中では安定した実力はあると思います。ただ今回は護衛依頼です。雷魔弓殿は遠距離特化、ホワイト殿は国外に遠征中。その事から難しいでしょう」


「うぅむ……」


 唯一、候補者の名前を上げた男性は司会からの言葉に閉口してしまう。


「それだけじゃありません。組対からの横槍もあります。あちらとしては我々に余計な事はして欲しく無い様ですしね」


「確かにな。連中は我々の事を嫌っている。それに今回の場合、下手すれば組対だけじゃなく、公安部や刑事部が出て来る可能性もある」


 司会の発言に一人の男性が苦々しい表情で頷く。組対というのは警視庁にある組織犯罪対策部の事である。そこには探索者犯罪対策課というものが存在している。この課は魔力を使って悪さをする犯罪集団を取り締まる組織である。今回はそこが探索者協会で受けた依頼に対して圧力を掛けてきているのだ。


 また元探索者による犯罪を取り締まっているのは探索者犯罪対策課だけでは無い。公安部や刑事部にも似たような課は存在しており、今後の状況次第ではそちらも出張って来る可能性があった。


「つまり我々としては、今回の依頼は依頼人と組対のどちらも顔を立てる必要があるのです。そこで彼を囮役として使うのです」


「なるほど。あまり熟練の探索者を入れれば自分たちで手柄を上げたい組対は嫌がる。しかし依頼を受けたのがEランク探索者だったらならば、彼らは我々が組対に配慮して囮役を選んだと考えるか」


「ええ。そして依頼人に対しては組対と協力して事に当たっている事をアピールします。これなら失敗しても組対のせいに出来ます」


「依頼が成功すれば組対の成果になる。しかしそれだけでは無い。第三の道が存在するという訳か……」


 司会の男性の言いたい事が分かってきた面々は先ほどまでの否定的な雰囲気が少し和らぐ。


「そう。囮役のFランク探索者は最低でもBランクの実力を持っている。彼がこの依頼を解決すれば我々にとって大きな利益となるでしょう」


「なかなか悪く無いかもしれんなぁ」


 火花の実力についてはここにいる面々も動画や報告から疑っていない。そのため依頼を達成する可能性もゼロでは無いと考えていた。そして失敗しても責任は他の所へ押し付けられる。探索者協会としてはほとんどデメリットが無いと言えた。


「それだけじゃありません。彼のプロフィールをよく見て下さい」


 司会はそう言って画面に再び火花のプロフィールを表示する。そしてそこに写っている「学校」という項目を指差す。


「む、これは……」


「えぇ、そうです。護衛対象のお嬢さんと彼は同じ学校なのですよ。学年は違いますが」


「それなら護衛としてはやりやすいかもしれんな」


「確かにそうですね……」


 ついに司会の意見に何人か賛同する者たちが現れる。そのタイミングで司会の男性は話を纏める。


「それでは蒼森火花氏についての処遇ですが、まずEランクへの昇格。同時に彼へ指名依頼を行います。その依頼を達成すればDランクへと昇格。それでよろしいですか?」


 司会の言葉にほとんどの人間が頷く。これで火花への処遇は決定した。司会の男性は手に持っていたファイルを置いて別のものを手に取る。


 置かれたファイルは「カシマアームズご令嬢の護衛依頼」と題されており、その横には「蒼森火花を指名」と書かれているのだった。


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