第2話 フィードバック


 初配信を行った翌日、火花はいつも通り学校へと登校する。学校は家から電車で約40分ほどの距離にある。平日の朝は電車内が混み合っているとは言え、それほど苦では無かった。


 最寄駅の虎ノ門駅の改札を出て真っ直ぐ学校へと向かう。10分ほどで歩くと校門が見えて来る。そこには私立北愛宕高校と書かれている。ここが火花の通っている高校であった。私立ではあるが特別有名な進学校という訳では無い。ただ歴史はあるためそれなりに有名人なども輩出している学校である。


 下駄箱で靴を履き替えて教室へと向かう。そして一年の教室へと入る。そのまま一直線に自分の机へと向かう。すると途中で声をかけられる。


「おーす、火花。動画見たぞ」


「おー、サンキュー。どうだった?」


「淡々としててつまんなかったな」


「だよなぁ……」


 話しかけてきたのはクラスメイトの折宮琢磨である。彼は火花の小学生の頃からの友達でいわゆる幼馴染という奴だ。


 そんな彼は火花が日頃からダンジョン配信に憧れているのを知っていた。そのため火花がSNSで初投稿について呟いたのを見て、動画を視聴したのだろう。彼からの感想を聞いて火花は思わずため息を吐く。


「どうしたら良いと思う?」


「うーん、お前に問題があるってより敵が弱すぎるんだよなぁ」


 琢磨は動画を見て感じた事を口にしていく。火花の配信は非常に淡々としたものだった。唯一の見せ場であるゴブリンも瞬殺である。ダンジョン探索者に成り立ての少年がそれを行ったのは凄い事だが、ダンジョン配信としては特筆すべき点が無いとも言えた。


 下級ダンジョンの最初に出現する雑魚中の雑魚であるゴブリンを相手に無双した所で、そんな映像に需要は無い。他のダンジョン配信者たちの映像の方がもっと刺激に満ちている。そのため視聴回数が稼げないのは当然だろう。


 ただこの場合、問題は火花側に無いと琢磨は考えていた。火花が悪いのでは無く、モンスター側が弱いのが問題なのである。つまり火花がさっさとダンジョン攻略を進めていけば、自ずと視聴者は増えていくという予想だ。


「まー、確かにゴブリンは思ったよりも弱かったな。ぶっちゃけ刀に何の手応えも無かったし」


 火花は昨日の戦いを思い出す。初めての戦闘であったが、簡単すぎて拍子抜けするレベルだった。


 それを聞いて琢磨が腕を組んで少し考える。そして何かを思いついたような表情をする。


「それならサクッと下級ダンジョンを攻略する動画を配信したら?」


「は? いやいや、流石にそれはあっさりし過ぎじゃないか? ある程度は丁寧にやっていかないと」


「逆だよ、逆。お前が昔からダンジョン配信者になるために努力してたのは知ってる。そのお陰で初心者とは思えないほど強いこともな。だからこそ速攻で下級ダンジョンを攻略するんだよ」


 琢磨は火花がダンジョン配信者になるために努力していたのを知っている。小学一年生で行う覚醒の儀を終えてから今に至るまで彼はずっと魔力を扱う訓練をしてきたのだ。魔力を扱う訓練というのは集中力がいる割りには地味で、成果が出にくいものである。そのため現役の探索者ですらサボる事が多い訓練である。


 そんな努力を続けたからこそ火花は他の新規探索者たちよりもかなり前へと進んでいるのだ。それを利用しない手は無い。


 敵が弱いなら圧倒的なスピードでダンジョンを攻略してしまえば良い。それなら下級ダンジョンであろうともゴブリン無双よりはインパクトは残せる。ましてやそれを行うのは探索者になったばかりの少年である。話題にならないはずが無い。琢磨はその考えを火花へと伝える。


「なるほどな……」


「それにそのやり方ならお前の配信したい動画の方向性とも噛み合うだろ?」


「確かに……」


 琢磨の作戦を聞いて火花は納得する。彼が配信したい動画の方向性というのは実にシンプルである。


 ダンジョンをカッコよく攻略する。


 これに尽きるのである。火花は幼い頃からダンジョン配信が好きであった。いつか自分も人々にワクワクを届けるダンジョン配信者になりたいと思っていた。それと同時に自分の方がカッコよく動画を配信できるという謎の自信があった。


 それを自信ではなく、真実へと変えるために彼はこれまで努力し続けて来たのだ。琢磨が立てた作戦はそんな彼の方向性ともピッタリと合うものだった。


「よし、それなら今日の配信で末広町ダンジョンを踏破するぞ……!」


「よしきた! そしたら今回は配信前にZで告知しとけよ? そうすれば俺も見れるし」


「おう」


 昨日の配信時には事前にSNSアプリのZで告知するのを忘れていたのだ。配信を終えてからその事に気付いた火花は慌ててZにチャンネル開設と動画投稿について呟いた。そのため今回は事前告知を忘れない様にしようと心に決める。


「ちなみに昨日のダンジョン配信一位はナナカちゃんだったな」


「あー、花宮ナナカね」


 花宮ナナカとは現役女子高生のダンジョン探索者である。中学時代には「花鳥風月」というアイドルグループに所属しており、現在はソロでダンジョン探索を配信している。アイドルグループ時代からの追っかけも多く、その人気はかなりのものである。


「神田ダンジョンだっけ?」


「そうそう。もうじき中層に入るって感じだな。可愛いアイドルのイメージが強いけどソロ攻略って事を考えると、実力もなかなかだよな。あと可愛いし」


「可愛いって二回言ってるぞ」


「そりゃあこちとらメン限に入ってますから」


 琢磨が自慢げにスマホを見せて来る。するとそこには花宮ナナカのチャンネルが表示されていた。そこから彼がメンバーシップに加入しているのが分かる。


 ちなみに神田ダンジョンとは中級ダンジョンの一つである。火花が現在攻略している末広町ダンジョンよりもワンランク上である。


「ちなみに二位は?」


「知らん。一位がナナカちゃんだったってZで呟いてる人を見かけただけだから」


「それは信憑性が低い様な気がするけど……」


「細かい事は良いんだよ! それよりお前もナナカちゃんのメン限に入れよ」


 SNSからの情報という事でランキング一位という情報を火花は怪しむ。しかし琢磨の方は花宮ナナカについて布教したいらしく、それに構わずぐいぐいと迫って来る。


「いや、俺は良いよ……とりあえずチャンネル登録はしてるし」


 元々、ダンジョン配信が好きな火花は多くのダンジョン配信チャンネルをお気に入り登録している。その中の一つに花宮ナナカのチャンネルもあった。


「これとかめっちゃ可愛いよな。表情見て!」


『こんナナ〜! ダンジョンを彩る一輪の花、みんなのアイドル、花宮ナナカだよ〜! という訳で今日もダンジョンを攻略していきたいと思いま〜す!』


 琢磨がスマホで花宮ナナカの映像を再生する。するとまるでコンサートの入りの様に手を振って挨拶する彼女の姿が映し出される。その表情はとても明るく天真爛漫といった雰囲気である。


「はいはい、可愛い可愛い」


 そう言って琢磨のスマホを押しのける。彼としてはここで花宮ナナカについて語るつもりは全く無い。そのため雑な対応になる。


「何だよ、つれねーなぁ。ならコレはどうだ?」


『ゴブリンのドロップアイテムは渋いですね……』


「ってそれ俺の動画じゃねーか!」


 琢磨は次に昨日の火花の動画を流した。それを彼は慌てて止める。


「わははは! というかお前、名字が蒼森だからってブルーのレザーコートって安直すぎじゃないか?」


「いーんだよ。それくらい分かりやすい方が視聴者にはウケるだろ、多分……」


「自信無くなってんじゃねーか。チャンネル名もブルーストリークだし。確かおしゃべりな奴とか、そんな感じの意味だろ?」


 ブルーのコートだけではなく、チャンネル名にも青が入っている事を琢磨はイジる。


「その意味もあるけど、他にも電光石火とかって意味もあんだよ。スタイリッシュな感じだろ?」


「まぁー、悪くは無いわな」


 火花の説明を聞いて琢磨は頷く。配信者としてコンセプトが統一されているのは大切な事である。それは彼も分かっているので反論はしない。


 するとそのタイミングで予鈴が鳴る。教室内でそれぞれ喋っていた生徒たちはそれを聞いて自分の席へと戻る。


「なら今日の配信は下級ダンジョン踏破って事で期待してるぞ」


「任せとけ」


 そういって二人も話を終わらせて、授業の準備へと入るのだった。

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