オサレ魔法を極めたいッ!

広瀬小鉄

第1話 配信スタート!

 蒼森火花は手元にあるデバイスを操作する。待機モードから配信モードへと切り替える。事前に動画配信用のチャンネルを作っていたので、簡単に起動する事が出来た。


 するとデバイスが彼の手元から離れてふわりと浮き上がる。中心に取り付けられたカメラが火花の顔を捉える。配信モードになれば火花の魔力を感知して自動で付いてきてくれる。


「よし、写ってるな」


 火花は右手に付けているスマートウォッチを見て、映像がきちんと配信されているのを確認する。ただし本日が初投稿のため視聴者は0である。それは彼としても分かっていた事なので落ち込んだりはしない。


「はじめまして。今日からダンジョン配信をしていくブルーストリークと言います。高校一年生です。よろしくお願いします」


 はじめに簡潔に挨拶をする。それから視線をカメラから外してダンジョンへと向ける。そこには薄暗い通路が続いていた。ここは下級ダンジョンである末広町ダンジョンである。


 世界に突如としてダンジョンが出現したのは凡そ100年ほど前だ。当然の如く世界は大きく混乱した。ダンジョンの中にはモンスターが存在しており、それらを倒すと未知の素材が手に入った。そしてダンジョンの出現だけに留まらず、変化は人間側にもあらわれた。


 ダンジョンでモンスターを倒すことで特殊な力を扱える様になったのだ。人々はそれを魔力、魔法などと名付けた。


 そこからはダンジョンにある資源を巡った争いや、ダンジョンからモンスターが溢れるスタンピード、ダンジョン探索者たちが引き起こす犯罪など様々な事が起こった。


 それらの混乱を経て各国は国連の専門機関の一つである世界ダンジョン機関(WDO)が定めたダンジョンガイドラインというものをベースにダンジョン法案というものを作成した。日本もその例に漏れず、ダンジョンに関する法律が制定されている。


「まずは下の階層に向かうための階段を探していきます」


 火花はカメラに向かってそう言ってから探索を始める。彼の格好は青色のレザーコートに黒いシャツ、黒いパンツ、黒いブーツを履いてる。髪の毛も黒のため、全体的に暗めのビジュアルである。


 右側の腰には日本刀を装備しており、その上には拳銃が収まっている。どちらも探索者の武器を売っているお店で買った初心者用の装備である。


 火花は本日がダンジョン探索者としてのデビューである。一ヶ月に渡る講習を終えてついに探索者としてダンジョンに足を踏み入れたのである。


 日本ではダンジョン探索者として活動できる条件が中学卒業以降に、探索者講習を受講した者と定められている。そのため火花はダンジョン探索者としては一番の若手となる。


 とは言ってもダンジョンに入ったのはこれが初めてではない。実は小学一年生の時にもダンジョンに入っているのだ。これは全国の小学一年生に義務とされている「覚醒の儀」と呼ばれるものである。


 ダンジョンに入ってモンスターを倒す事で、人間は魔力を扱える様になる。それは人の生命力を一段階上げるのと同義である。つまり子供のうちに魔力を覚醒させておく事で病気や怪我などから事前に身を守ろうという訳だ。もちろんダンジョンでモンスターを倒すのは探索者たちであり、子供たちはパーティー効果として経験値を得るだけである。


 そのため火花も小学一年生以来に、ダンジョンに足を踏み入れたのだった。彼は緊張した様子もなく、ダンジョンの中を淡々と歩いていく。呑気、といっても良いかもしれない。


「なかなかモンスターって出てこないんだな……」


 コートのポケットに手を突っ込んで完全に警戒を解いている状態である。普通ならこんな状態でモンスターに襲われたらひとたまりもない。それを分かっているのか、分かっていないのか。火花はカメラの様子を気にしながら歩き続ける。


 彼が使っているデバイスはダンジョン配信者たち御用達のフロートカメラである。モンスターたちから取れる魔石で動いており、指定した魔力を自動で追尾しながら撮影してくれる機能がある。


 いくつかのアプリも内蔵しており、動画配信なども可能となっている。スマホやスマートウォッチとリンクが可能であり、そちらで配信映像やコメントの確認が出来る仕様となっている。


「ん? この気配は……」


 すると何かを感じ取ったのか。火花はポケットから手を出して刀へと添える。そして周りへと意識を向ける。


「来ます……!」


 すると少し先にある曲がり角から小さな影が現れる。それはファンタジーアニメなどでよく見るゴブリンであった。緑色の小鬼が棍棒を持って二体でやって来る。


「どうやらゴブリンの様です。早速、戦ってみましょう!」


 その台詞と同時に火花は走り出す。そのスピードは通常の人間ではあり得ないものだった。一瞬でゴブリンのそばに近づいた火花は刀を抜く。その際に鍔と鞘の間から水色の電気の様なものが奔る。


 ダンジョン探索者になったばかりとは思えない速度で刀を振るって一瞬で二体のゴブリンの首を斬り落とす。火花はそのままゴブリンの間をすり抜けながら刀を鞘へと納める。


「ふぅ……」


 そして立ち止まってからゴブリンたちがいた後方へと振り返る。するそこにはダンジョンに吸収されるゴブリンの死骸があった。そして死骸が消えるとそこにはドロップアイテムが残される。


「無事に倒しました。初めての戦闘で緊張しましたけど、上手くいって良かったです。それではドロップアイテムを見てみましょう……!」


 カメラを見つめてそんな台詞を言う。それから彼はドロップアイテムへと近づいていく。そしてそれらを手に取りカメラへと見せる。


「えーと……魔石と、棍棒の欠片ですね。分かってましたが、ゴブリンのドロップアイテムは渋いですね……」


 二体のゴブリンがドロップしたのは魔石と棍棒の欠片であった。棍棒の欠片に使い道が無いのは言うまでも無いが、魔石の方も大した価値は無い。いわゆる屑魔石というやつである。下級ダンジョンの一階層目なので当然と言えば当然である。


「ドロップアイテムは残念ですが、この調子で探索を続けていきましょう!」


 火花は気持ちを切り替えて前向きな表情を見せる。人生初のドロップアイテムが棍棒の欠片というのは悲しかったが、戦闘の方に問題が無かったというのは嬉しい事である。


 自分の戦闘方法が敵に通じたのだ。また練習だけでなく実践でも魔法が上手く使えた事に火花は満足していた。この調子でいけば問題なく第一階層は攻略できると確信していた。


 火花はチラリとスマートウォッチに目を向ける。視聴者数やコメントを確認するためだ。しかし残念ながら誰も視聴していない様だった。初めての見せ場だったので、もしかしたら誰か一人くらいは見てくれているかもしれないと思ったのだが残念な結果である。


 そのまま火花はダンジョンを探索していく。その途中で何回かゴブリンと出会う。それを先ほどと同じ様に彼はあっさりと倒していく。


 また同時に他の探索者らしき人たちともすれ違う。マナーとしてお互いに右手を上げながら簡単に会釈する。これは敵意が無いというアピールでもある。


 ダンジョンに入る際に気をつけなければいけないのは何もモンスターだけでは無い。自分以外の探索者についても気を配らないといけないのだ。マナーの悪い探索者や罪を犯そうとする探索者も中には存在する。そういった者たちから自らの身を守る事も探索者として必要なスキルなのである。


「あ、階段ありました……」


 敵が弱すぎる事もあり、思っていたよりも簡単に下の階層へと進む階段を見つけてしまった。それを見て火花は少し考える。


「本当はこのまま下に行きたい所ですが、今日は初日なのでここまでにしておきます。ご視聴ありがとうございました。もし良かったらチャンネル登録、高評価をお願いします」


 階段を前に火花はカメラに向かって締めの挨拶をする。撮影時間は一時間ほどである。ダンジョン配信としては短めだが、彼も言っていた通り初配信、初ダンジョンのため妥当な判断だろう。


 今日は初めての事だらけで本人が思っている以上に消耗している可能性もある。そんな状態で下の階層に足を踏み入れれば、何かしらアクシデントが起きてしまってもおかしく無い。それを避けるためである。


「ふぅー……」


 火花は撮影を終えて大きく息を吐く。それからダンジョンの出口へと向かって歩き始める。


 こうして蒼森火花のダンジョン初配信は終了した。後に世界中から注目される事になる彼の初配信は意外にも渋いスタートとなったのであった。

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