第29話 誘い
「おー、東京タワーって小学生ぶりに来ましたよ」
「私もそうかも」
二人は東京タワーを見上げながらそんな会話をする。
土曜日のお昼頃。火花と蘭は計画通り東京タワーへとやって来ていた。その理由はもちろん敵を誘き寄せるためだ。
休日という事もあり東京タワー自体には人が多い。しかしその近くにある芝公園は場所によって人通りは少ない。芝公園はかなりの大きさの公園だが、道路によりいくつかに分かれているのだ。その中には人が少ない場所もあるという事だ。
とは言ってもまずは普通に遊ぶ必要がある。そこで二人は東京タワーへと登る事にした。受付で展望台行きのチケットを買う。
二人の服装は何故か制服である。蘭の方はスクールバッグまで持っている。ナイロンで出来た肩から掛けられるタイプのものだ。火花の方は背中に野球部が使うようなバットケースを背負っている。恐らくこちらには木刀が入っているのだろう。
「今日の外出は問題にならなかったんですか?」
「なった。でも我が儘なお嬢様を演じて乗り切ったから」
「うーん、先輩が我が儘なお嬢様ってイメージわかないですね」
蘭は殺し屋に狙われている。それなのに今日、遊びに外へ出ている。これは誰が見たって危険な行為だと分かるだろう。そのため今日の外出の件を、警護している警察側に伝えたところ、やはり反対の声が上がった。
そこで蘭は大企業の娘らしく、我が儘な演技をする事で何とか意見を通したのだ。ただ間違いなく警察側には呆れられただろうが。自分の命がかかっているのに、遊びを優先する娘、と思われたかもしれない。
二人はエレベーターに乗って展望台へと向かう。エレベーターが上がっていくと、途中から外の景色が見えるようになる。
「おぉ、どんどん上がって行きますね」
「もし映画だったらここで襲撃が起きそう」
「ちょっと、縁起でも無い事言わないで下さいよ。流石にここで襲撃されたら逃げるだけで精一杯です」
「負けるとは言わないんだ……」
不穏な発言をする蘭に火花がツッコミを入れる。確かに映画などではエレベーターに取り残されるみたいなパターンは多い。
しばらくするとエレベーターは展望台があるフロアへと到着する。二人は早速、窓際へと近付く。
「良い景色だな〜! 何だか街がオモチャみたいに見えますね」
「ふふ、君の方がオモチャだよ」
「いやそれは君の方が綺麗だよ、でしょ! しかも立場逆ですし」
何故か蘭が小ボケを入れて来た。もしかしたらそれで緊張を紛らわせているのかもしれない。何せこっからは自分の命を賭ける事になるのだ。内心では怖がっていてもおかしくない。
「学校見えますかね?」
「あれが愛宕神社ね」
「それならアレが学校ですね!」
火花たちの通っている北愛宕神社はここから徒歩で行ける距離である。そのため比較的簡単に東京タワーの上から学校を見つける事が出来た。
「君はどうして北愛宕高校を選んだの?」
「どういう意味ですか?」
火花は質問の意味がわからず聞き返す。
「最初からダンジョン配信者になるつもりだったのなら、普通はうちじゃなくて探索者育成高校に通うのになぁって思って」
「あぁ、なるほど。それは単純に家から通うのに北愛宕高校が一番無難だったからですかね。あと各ダンジョンへのアクセスとかも」
ダンジョン後進国と言われる日本ではあるが、探索者を育成しようという考え自体はある。それの最たる例が国立探索者育成高校である。
これはその名の通り国営の探索者たちを育てる学校である。分類で言えば専門学校という形になるだろう。この学校は全国にいくつも存在している。探索者になりたいと思う人たちの中にはこういった所できちんと学んでから探索者になる者も多い。
また探索者育成高校は探索者だけでなく、戦舞者や探索者をサポートする様な職業に就こうとしている人たちの育成も行っている。そのためこの学校に通っておけば幅広い人脈も得られる。
しかし火花は探索者育成高校ではなく、あえて北愛宕高校を選んだ。その大きな理由はサポートの手厚さを不要と考えたからである。
探索者育成高校では探索者になるためのカリキュラムをこなす必要がある。パーティーを組んで下級ダンジョンで実習したりなどだ。そういった事が火花は煩わしいと思ったため、普通の高校に入った。
大抵の人間はそんなショートカットをすれば痛い目を見る。しかし火花はそうでは無かった。才能と努力が彼に味方し、今のところは上手くいっている。
そして北愛宕高校は学力も特別高い訳でもなく、校則もそこまで厳しくない。そういった面からも通いやすいと考えた。また家からも通いやすかった。いわゆる丁度良い学校だったのだ。
「そういう先輩こそ、どうしてうちなんですか? 先輩の家ならもっとお嬢様学校みたいなところに行けたんじゃないですか?」
「それは……通いやすかったから……」
「なら同じですね」
蘭の回答に火花は笑う。何となく本当の理由は違うのだろうと感じたものの、火花はそれについて触れない様にする。無理に話させるような内容では無いからだ。これはただの時間潰しの雑談である。
「とりあえずグルっと回ったし下に降りましょうか」
「そうね」
一通り景色を満喫した後はエレベーターで再び下まで降りる。それから今度はお土産コーナーへ入ってみる。
「東京タワーのマスコットのぬいぐるみだ」
「……ノーコメントね」
「先輩はぬいぐるみあんまり好きじゃないんですか?ら」
「わざわざ集めたりはしてない」
どうやら蘭にぬいぐるみ収集癖は無いようだった。そこから今度はお菓子コーナーを覗いてみるが、わざわざ買うほどのものは無かった。
「東京タワーも満喫しましたし、外に出ましょうか」
火花の提案に蘭も頷く。そして二人は東京タワーを出る。もしこれが普通の遊びなら、ここからカフェでのんびりできただろう。しかしこれから起こるのはそんな平和な事では無い。それが分かっているからか、蘭は緊張した面持ちとなっている。
東京タワーから出た二人は道路を渡って芝公園へと入る。その中からなるべく人通りが少ない方へと向かっていく。
「大丈夫です。必ず俺が守ります」
「……ふふ。なんか映画みたいな台詞」
火花の言葉に少し緊張が和らぐ蘭。彼としてはそういうつもりで言った訳では無いのだが、結果オーライである。
徐々に人通りが少なっていく。聞こえるのは風によって木々が揺れる音と、車が走行する音だけだ。
「…………っ!」
火花は違和感を覚えた。その瞬間、彼は躊躇わずに蘭のそばへと駆け寄る。そして彼女の身体を抱き上げる。お姫様抱っこの形だ。
「きゃあ……⁉︎」
そしてすぐさまその場から離脱する。すると火花たちが立っていた場所が急に爆発する。土煙が舞って視界が悪くなる。
「な、なに……⁉︎」
「どうやらこちらの予想通りの展開ですね……」
土煙が晴れて火花たちがいた場所が見えるようになる。するとその地面は大きく凹んでいた。そしてその中心には大きな鉄球が存在していた。まるでクレーターのような状態だ。
先日の狙撃手の攻撃を火花は木刀で弾いた。しかし今回は避ける事を選択した。それは木刀では受けきれないと分かっていたからだ。あと木刀は背中に背負っている為、すぐに取り出せなかったというのも大きい。
「チッ。外したか。まァいい……」
そう言って奥から一人の男が現れる。
灰色の短髪に鋭い目付きの男。身体は175cmくらいだろうか。筋肉質な身体のため見た目よりは大きく見える。まるで飢えた獣のような雰囲気である。
「せっかくの殺しだ。もっとじっくり甚振らねェとつまらねェからなぁ!」
「日輪の残影」に所属する殺し屋、鋼鉄の殺人鬼はそう言って獣のような笑みを浮かべるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます