第30話 鋼鉄
「……っ⁉︎」
「先輩は少し下がって」
目の前の相手の出す迫力に蘭は思わず悲鳴が出そうになる。それだけの威圧感が男にはあった。火花は蘭をお姫様抱っこの状態から降ろすと、後ろへ下がるように言う。彼女は素直に少し離れた場所へと移動する。
また戦闘モードに入ったからか、火花の口調がどこか鋭いものとなる。視聴者たち風に言えばオサレスイッチが入ったという事だろう。
「一応確認しておく。お前が鋼鉄の殺人鬼だな」
「くはは、意味のねェ確認をすんじゃねェよ。まァ、確かに通り名は『鋼鉄』だけどよ」
火花からの問いに鋼鉄の殺人鬼は笑う。火花は背負っているバットケースから木刀を取り出す。そしてケースを近くへと放り投げる。
ついでに腰のホルスターにぶら下げた魔力銃もいつでも取り出せるように確認しておく。やはり木刀だけで元Sランクの探索者を相手にするのは難しいからだろう。
「おいおい、木刀だァ? 舐めてんのか、ガキ」
「あいにくこちとら探索者に成り立てでね。金が無いのさ」
木刀を取り出した火花を見て鋼鉄が眉を顰める。まさか元Sランクの探索者である自分を相手に木刀で挑もうとするなんて思っていなかったのだろう。
火花の方はおどけるように笑う。本音を言えば火花としてもきちんとした刀で戦いたかったが、現実はそう優しく無い。あるもので戦うしか無い。
「そうかい。ならさっさと死ぬんだな」
鋼鉄はそう言って姿勢を低くして走り出す。それは火花が今まで戦った中ではマミーライオンに匹敵するスピードだった。
しかもそれだけでは無い。鋼鉄は自分の周りに無数の鉄球を浮かべる。それを高速で回転させながら撃ち出して来る。その勢いは一目見ただけでも危険だと分かるレベルだ。
「よし」
それに対して火花も鋼鉄と同じように前へと走り出す。そして木刀に魔力を纏わせる。
まさか突っ込んでくる自分に対して火花側も前に出てくると思っていなかったのだろう。鋼鉄は僅かだが眉を顰める。
「ほいっと」
そして自分へと向かって来た鉄球を掬い上げるように木刀を叩き込む。すると鉄球はあらぬ方向へと飛んでいく。軌道が真っ直ぐなモノは側面からの衝撃に弱いと決まっている。
「それがどォした?」
「ぐっ……⁉︎」
しかしその隙に火花の前にまで近付いた鋼鉄が魔力を纏った強烈な蹴りを繰り出す。火花は魔力障壁を出して攻撃を防ごうとするものの、魔法障壁ごと破られて強烈な蹴りを腹部に叩き込まれる。その威力に火花ひ思わず声が漏れる。
「そらもう一発だ」
屈んだ態勢になった火花に対して、今度は踵落としを喰らわせようとする鋼鉄。上げた足を思いっきり振り下ろす。
それに火花は一度しゃがみ込む。それから頭に魔力を極限まで纏って飛び上がる。鋼鉄の繰り出した足と火花の頭がぶつかる。
「ぐぅっ……!」
火花はかなり強烈な痛みを感じるものの、足を上手く抑え込む。それにより鋼鉄の態勢が崩れる。まさか踵落としに頭突きで対応してくると思わなかったのだろう。
「まずは一発だ」
火花は頭から血を流しながらそう言って笑う。そして魔力を込めた木刀で突きを繰り出す。鋼鉄も魔法障壁を繰り出すが、突きは一点突破の攻撃だ。それを容易く貫き、鋼鉄へと突き刺さる。
「がァッ……⁉︎」
予想外の反撃に鋼鉄も思わず、苦痛の声を漏らす。火花はその隙に少し下がって呼吸を整える。そうしながら魔力銃を取り出して、鋼鉄へと撃ち込む。
「クソガキが……!」
鋼鉄は悪態をつきながら巨大な鉄板を目の前に広げる。それで魔力弾を完全に防ぎ切る。さらにその鉄板を鋼鉄はそのまま前へと飛ばして来る。
巨大な鉄板が火花へと向かって来る。威力はそれ程でも無いため対処するのは難しくない。ただ問題は鉄板のせいで視界のほとんどが遮られている事だ。鋼鉄の動きが火花の位置からは見えなかった。
火花は鉄板をハードルのように飛び越える。左右のどちらかから鋼鉄が攻めて来る可能性があったからだ。
「残念。外れだなァ」
しかし飛び上がったと同時に鋼鉄が目の前に現れる。火花の行動を読んでいたのだろう。鋼鉄は分厚い鉄筋を作り出して、火花へと叩き込む。
「ぐわぁっ……⁉︎」
「火花くん……!」
その衝撃により火花は吹き飛ばされる。そして地面の上をゴロゴロと転がる。その姿を見た蘭が驚きと不安の籠った声を上げる。
「まだまだァ! 鉄時雨ェ!」
鋼鉄は空中にいる状態のまま更に複数の鉄筋を生み出す。それを一斉に火花のいる所へと叩き込む。地震が起きたのかと思うような衝撃が響く。土煙が舞って視界が悪くなる。
「あ、あぁ……」
蘭は目の前の光景に何も言えなくなる。今の攻撃を喰らって火花が無事でいられると思えなかった。彼女は火花の無謀な作戦に乗った事を後悔し始める。
「よォ、嬢ちゃん。俺がどうして探索者を辞めて、殺し屋なんてやってるか知ってるか?」
ニヤニヤとしながら鋼鉄が蘭へと近づいて行く。彼女はそれに後退りをする。しかし走って逃げ出すほどの勇気は彼女には無かった。いや仮にあったとしても元Sランクの探索者相手に一般人が逃げ切るなど不可能だろう。
「お前らみたいなバカな連中を甚振って殺せる楽な仕事だからだ」
鋼鉄が蘭に向かって手を伸ばす。しかしそれと同時に鋼鉄へ向かって何かが飛んでくる。それを手から魔法障壁を出す事で受け切る。
「ちッ、まだ生きてやがったか」
鋼鉄は先ほどまで火花がいたであろう場所へと視線を向ける。飛んできたのたは魔力弾だった。それにより火花が生きていると確信したのだ。とは言ってもあれほどの攻撃である。精々、生きていたとしても満身創痍だと鋼鉄は思っていたのだが。
「あ……?」
しかしそれと同時に物凄いスピードで鋼鉄へ向かって突っ込んでくるものがあった。それは火花である。彼は足元に青い光を出しながら、高速で鋼鉄へと迫る。
それに鋼鉄は一瞬戸惑った声を上げるものの、すぐさま目の前に鉄板を出現させる。魔法障壁では火花による突撃を防ぎ切れないと思ったのだろう。
そして火花が鋼鉄の出した鉄板もぶつかるかという瞬間、彼の軌道が変わる。魔法障壁を足場にして空中へと躍り出たのだ。
「なっ……⁉︎」
その軌道変更に鋼鉄は驚きの声を上げる。高位の探索者の中には魔法障壁を足場にする者もいる。それは鋼鉄も知っていたし、実際に自らも使った事がある。しかしここまでスムーズな切り替えは初めて見たのだ。そのため一瞬、思考に空白が生まれる。
「らぁっ!」
そこを見逃す火花では無い。勢いはそのままに魔力を纏った蹴りを鋼鉄へと叩き込む。鋼鉄側も咄嗟に鉄板を火花の軌道上に移動させるものの、その鉄板ごと火花に吹き飛ばされる。
「ぐがぁっ……⁉︎」
「群体蜂!」
先ほどと対照的に、今度は鋼鉄が地面をゴロゴロと転がる。そこに火花が追撃を掛ける。針状にした魔力弾を大量に鋼鉄へと撃ち出す。これはマミーライオン戦で見せた機関銃的な攻撃をさらに改良したものである。
数に重きを置いており、その弾速も以前とは比べ物にならない。見た目はエフェクト魔法で加工しており、黄色い針のようなデザインとなっている。技名から分かるように、蜂の大群が敵を針で刺すというのをイメージした技である。
「ちッ……⁉︎」
鋼鉄は鉄板を出すのが間に合わず、普通の魔法障壁を展開する。鉄板の方が防御力には優れているものの、展開するのに時間がかかる。そのため咄嗟に展開する場合は魔法障壁がスタンダードとなる。それはほとんどの探索者が同じである。
針状の攻撃は全て魔法障壁に衝突する。そしてそれを数の多さにより突き破るものの、その間に鋼鉄は射程範囲から離脱している。
「……てめェ」
鋼鉄が火花を睨みつける。火花は蘭を庇うように背中に隠す。
「護衛依頼ってのは、あんたみたいな雑魚を倒せば金が稼げる
火花はそう言ってニヤリと笑った。
オサレ魔法を極めたいッ! 広瀬小鉄 @kotema0901
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