第28話 作戦会議
北愛宕高校の食堂。そこで火花と蘭はランチを食べていた。火花は日替わりの生姜焼き定食。蘭はカルボナーラである。
「平和ですね」
「良い事でしょ」
「うーん……」
本日は木曜日である。初日に襲撃こそあったものの、それ以降は特に何も起きていなかった。平日は放課後、蘭を家に送り届けるだけで護衛の仕事もすぐに終わる。そのため楽ではあったが、火花としてはいまいち釈然としていなかった。
「それとも襲撃が起きて欲しいわけ?」
「まさか。ただ相手はプロなんですよ? なんか不気味な沈黙だなぁって」
「……言ってる事は分かるけど」
「いや、すいません。先輩を不安がらせる事を言って」
火花としては未だ何の動きもない「日輪の残影」を不気味に思っていた。それが蘭にも伝わったのか、彼女が不安そうな顔をする。それを見て火花はすぐに謝った。
そこから二人はしばらくの間、無言で食事を食べる。そうしながら火花はこの先の展開について考える。
「(俺が護衛をしてられるのは校内と放課後の帰り道だけだ。それ以外に襲撃されちゃ、手の出し様が無いな……)」
一番危険なのは登下校の時なのは間違いない。蘭は学校に行く以外の時は基本的に家から出ない様にしている。そのため敵はそこを狙って来ると思っていた。
実際に初日の襲撃は下校中に起きた。ただ襲ってきたのが、下っ端的な存在だったため恐らくこちらの戦力を探るのが目的だったのだろう。
最低限、敵は火花たちの戦力を分析したはずである。基本的に呉景たちは常に蘭に張り付いている。家や学校の周囲の警備をしている。車での登校中にも彼らチームの内の誰かが同乗している。それを考えると下校中以外は一見隙が無いように見える。
「(とはいえ仕掛けて来る様子は無いしなぁ)」
火花として一番困るのはやはり自分がいない所で起きる襲撃である。そうなってしまえば手出しのしようがない。
「いや、いっそこっちから仕掛けるか……?」
「え……?」
火花が発した不穏なワードに蘭が反応する。彼はそれを気にせずに何やら考え込んでいる。そしてしばらくブツブツと呟いていた後、急に明るい表情になる。
「先輩!」
「な、なに……?」
「土曜日、俺とデートしませんか?」
「ぱぇ……⁉︎」
火花の爆弾発言に蘭の口から謎の音が出てしまう。それにより周囲からの注目を集めてしまう。蘭は慌てて自らの口を塞ぐ。
「きゅ、急に何を言ってるの⁉︎ で、デートって……」
「そうすれば連中を誘き出せるかもしれません」
「話が見えないんだけど……」
デートしようと言いつつ、殺し屋たちを誘い出すと言っている火花。それに蘭の頭の処理が追いつかない。いや本当は分かっているが、理解したくないだけかもしれない。
「俺らが土曜日に二人で街に遊びに行くんです。そしたら向こうが襲撃してくれると思うんですよね。だってチャンスでしょ?」
「言いたい事がいくつかあるんだけど……」
火花からの提案に蘭は頭を抱える。それは彼の考えが穴だらけのように感じたからだ。
「まず自らリスクを冒す必要はある? それに向こうが都合よく襲撃してくれるとは限らないし。仮に襲撃が来て、防げたとしても期間まで日数が残ってればまた襲われる可能性もある」
蘭が言いたい事は今の三つだった。まず彼女の安全は今のところ確保されている。それをわざわざ崩す必要は無いという事。
そして敢えて隙を晒したとして、そこに相手が便乗してくれるとは限らないという事。むしろ相手はプロだ。作り出された隙には乗ってこない可能性の方が高い。これが二つ目。
そして最後は襲撃が一回とは限らない事だ。相手を誘い出して、それを防いだとする。しかしその後にも再び襲撃されてしまえば、無駄に襲撃回数を増やしただけとなってしまう。
これらの理由から蘭は火花の提案を却下する。彼もその説明を聞いて頷く。
「言ってる事は分かります。まず一つ目についてですが、襲撃は絶対に起きますよね?」
「それは……」
「襲撃が必ず起こるなら『今のところ安全』という事に意味は無いです。それならいっそ相手が来るタイミングをこちらでコントロールしてしまえば良いんです。そしてこれは成功すると思っています」
「どうして?」
「俺がいるからです。相手は元Sランクの探索者です。探索者になって一週間程度の俺がわざと隙を作るような行動をすれば、相手のプライドが許さないはずです」
「鋼鉄の殺人鬼」は元Sランクの探索者だ。火花は彼によって引き起こされたいくつかの事件について、呉景たちから情報を教えて貰っていた。そこから考えると彼は自分のやり方を誇示している様に見受けられた。
敢えて自分の犯行である事が分かるような殺し方をしているのだ。そういった人間はプライドが高い事が多い。そこを火花は突こうと考えていた。
「でもプライドだなんてあやふやな……」
「いえ、乗ってきますよ。だって
「それは……」
蘭は襲撃される危険性があるのに学校へと通っている。経団連による政府への提言までのタイムリミットは二週間である。それを考えたら二週間学校に来ないのが一番安全だ。
それなのに彼女は普通に学校へ通っている。それだけでは無い。下校は車ではなく、わざと電車を使っている。
それには「カシマアームズ」という企業としてのプライドのためだ。「カシマアームズ」は探索者のための武器や防具などを作っている。つまり武器商人である。
もし武器商人が傷付く事に怯えて閉じこもっていたら、そんな商人が扱う武器を人々は買うだろうか。
古い考えではあるが、そういった側面は少なからずあるのだ。いわゆる「舐められたら終わり」というものである。
そういった理由もあり蘭としてはある程度普通に学校に通わざるを得ないのだ。それが彼女の家の決定だった。もちろん彼女の父親も娘が大事じゃない訳では無い。
むしろ大事だからこそ警察だけでなく、探索者まで雇っているのだ。それでも武器商人として必要以上に弱みを見せる訳にはいかないのだ。
そして舐められた終わりというのは殺し屋側も同じである。明らかに格下であるEランクの探索者に挑発されて、それを見逃したら彼らは裏社会で笑い者になるだろう。
プライドというものは曖昧に見えるが、プロの仕事には確実に存在するものだ。火花はそこを突こうとしているのだ。
「確かに君の言う事は一理ある。私たちも同じだから。でも最後の理由はどう片付けるの?」
「それは俺に名案があるんですよ」
火花はニヤリと笑ってそう言う。
「名案……?」
「そうです。相手が絶対に二度目の襲撃をしたく無くなる作戦があります。ただこれは当日まで秘密という事で」
「何よそれ」
火花の思わせぶりな発言に蘭が戸惑う。それから彼女は火花の事をジッと見つめる。彼はその視線から目を逸らさずに、蘭の目を見つめ返す。そうしてしばらくすると蘭の方が大きく溜め息を吐いた。
「分かったわ。君を信じる。私の命を預けるから」
「良いんですか?」
「リスクを背負うのは君も一緒でしょ。それに私だっていつまでも怯えてるのは嫌だし」
「なら土曜日に作戦決行という事で!」
蘭の協力が得られた事で火花も気合いを入れる。これは絶対に失敗できないミッションである。もし一歩でも間違えたら蘭の命が失われるのだ。
「でも警察の人たちは良いの? こんな作戦に頷いてくれるとは思えないけど」
「大丈夫です。お互い協力しましょうって話はしたので!」
「(警察の人たちは絶対にそういう意味で言ったんじゃないと思うけど……)」
心の中で蘭はツッコミを入れる。警察の言う協力とはお互いに蘭の警護を万全にしようという意味の協力だ。決して敵を誘き出そうという意味での協力では無い。
「後はどこに行くか、ですね」
「そうね。なるべく一般人たちの少ない場所を選ばないと……」
「それなら最初は人の多い所に行って、後半に人気の少ない場所に移動する感じが良いかもですね」
最初から人通りの少ない所をウロウロするというのはあまりに雑だ。ある程度は体裁を整える必要がある。そのため二人はどこに行くべきか悩む。そして火花が結論を出す。
「決めました。場所は東京タワーにしましょう!」
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