第11話 花宮ナナカの配信


「こんナナ〜! ダンジョンを彩る一輪の花、みんなのアイドル、花宮ナナカだよ〜! という訳で今日も引き続き神田ダンジョンをガンガン進んじゃうよ〜!」


 フロートカメラに向かって満面の笑みで話し掛けるのは高校生くらいの少女であった。髪の長さは肩くらいまでで、明るめのオレンジブラウンである。目がぱっちりとしており、人柄の良さそうな感じが顔に出ている。耳には星型のイヤリングをしている。


 オレンジとベージュのスカートを履いている。その上にベージュのシャツを着ており、サスペンダーをしている。マントの様なものを羽織っており、胸元にある大きな水色のリボンによってそれが固定されている。そして手には向日葵を模した杖を持っている。


 彼女こそダンジョン配信者の中でもトップクラスの人気を誇る、花宮ナナカである。中学時代には「花鳥風月」というアイドルグループの一員であったが、今はソロのダンジョン探索者である。


“こんナナ〜!”


“こんナナー!”


“待ってました! こんなな!”


“一時間前から待機してました! こんナナー!!”


“やっぱりナナカちゃん可愛すぎる! こんナナ!”


“こんナナ〜! 今日も楽しみ”


 するとすぐに大量の書き込みが発生して、コメント欄が凄いスピードで流れて行く。火花とは大違いである。彼女のチャンネル登録者は400万人を超えており、現在の同接人数は18万人となっている。開始したばかりでこの同接人数はかなりのものである。


「ちなみに今は31階層にいるよ! 思ったよりも中層の攻略がサクサク進んでるよね〜!」


“さすがナナカちゃん!”


“あんまり無茶しないでね”


“すでに中層ダンジョンを一つ攻略済みだし、妥当なスピードだろ”


“でも高校生でソロで中級は凄い”


“あと可愛い”


“それな”


“むしろそっちメイン”


“花鳥風月の頃からずっと可愛い”


“それはただのロリコン”


 最近、神田ダンジョンの中層に入ったばかりのナナカではあるが既に31階層に到着している。何故ここまで攻略スピードが早いのかと言われれば答えは簡単だ。既に一つ中級ダンジョンを攻略した事があるからだである。


 彼女が以前に攻略したのは、日比谷ダンジョンである。こちらは中級ではあるものの、容量は少なく10階層までとなっている中級小型のダンジョンである。そこをクリアした経験があるため、階層が増えていてもある程度はサクサク進めるのだ。


「それじゃあレッツゴー!」


 ナナカは大きく手を振り上げて探索に出発する。向日葵の杖を抱えながらダンジョンの中を歩いて行く。レンガ造りになっているのはこの辺りの階層でも変わらない。


 するとすぐきモンスターと遭遇する。出て来たのは全身が包帯で巻かれた人型のモンスターであった。それが二体出現する。


「これは恐らくマミーですね! 初見の敵です!」


 ナナカは杖を構えて戦闘態勢に入る。するとマミーが両手を前へと突き出す。その指先から包帯がシュルシュルと伸びてくる。


「サンフラワーマシンガン!」


 ナナカが杖を前へと突き出す。そして魔法を発動する。向日葵の杖の前に大きな半透明の向日葵が出現する。それが回転すると、そこから向日葵の種が飛び出してくる。


 威力こそそれ程強く無いものの、連射力はかなりのものだ。それがマミーへとぶつかる。


「「ムー⁉︎」」


 包帯を伸ばしていたマミーたちは足止めをくらう。その隙にナナカは次の魔法を準備する。魔力を溜めてから魔法へと形を変える。


「サンフラワーカッター!」


 すると先ほどまで種を飛ばし続けていた魔力で出来た向日葵が向きを変える。種を飛ばすのをやめて回転のスピードはそのままにマミーへ向かって飛んでいく。


 外側にある花びら部分が刃になっている様でマミーを切断する。すると力を失った様にマミーの体が崩れ落ちる。そしてダンジョンへと還元される。


「倒しました! この敵は相性が良かったですね。ドロップアイテムは……やっぱり包帯ですね……」


“向日葵最強!”


“いつ見ても映える魔法だな”


“やっぱり生粋のアイドルってことか”


“マミーのドロップアイテムが包帯てそのままやん”


“魔法使いタイプなのにソロ攻略は草”


“ナナカちゃんにはやっぱりヒマワリだよね!”


“その包帯はわりと良いドロップアイテム”


 ナナカは近接戦闘も多少出来るが、基本は後衛タイプである。中級ダンジョンに潜り続けているのも、そういった弱点を克服するためだ。


 本来であればパーティーを組んだ方が安全なのだが、彼女の場合は下手な人物と組むと相手側が炎上する可能性がある。彼女にはユニコーンといういわゆるガチ恋勢が多いからだ。


 同性ならば問題無いかと思いきや、ナナカという元トップアイドルと比べられるのを嫌がる女性が多かった。そういった理由もあってソロで配信を行っている。


 ドロップアイテムをきちっと回収をする。そして時折、コメントを拾いながらダンジョン攻略を行っていく。


 そうしている内に彼女は35階層へとやって来ていた。まだ魔力、体力共に余裕があった彼女はこのまま40階層を目指そうと考えていた。


「今日は40階層まで行きたいね! そうすれば神田ダンジョンの踏破も見えてくるし」


“さんせー!”


“ダンジョンは危ないから気をつけてね”


“目指せ40階層!”


“ナナカがんばれ〜”


“応援してます”


“いっそ踏破を目指すとか”


「みんな、ありがとう! でも流石に踏破は難しいかなぁ。そこは次回へ続く! って感じだよ!」


 そんな軽快なやり取りをしながらダンジョンを探索していると、彼女のコメント欄に特定のコメントが増え始める。


“アウトブレイク!”


“ナナカちゃん、脱出して!”


“ストブルの配信でアウトブレイクが確定した!”


“神田ダンジョンやばい!”


“早く脱出して!”


「え……? ア、アウトブレイク……⁉︎」


 アウトブレイクという言葉にナナカも驚きの表情を浮かべる。彼女もダンジョン探索者としてアウトブレイクという言葉は知っている。しかしそれに自分が巻き込まれているという事に理解が追い付かない。


“嘘乙”


“ナナカちゃんが混乱する様な事を言うな!”


“ブルストとか誰だし笑”


“ここで他の配信者の名前を出すな!”


“ナナカちゃん、荒らしは気にしないで良いよー”


 初めにアウトブレイクの情報が書き込まれた際にはこう言った否定のコメントも同じくらいか、それ以上に書き込まれていた。しかし時間が経つにつれてアウトブレイクについての情報が増えてくる。それを見てナナカはとある決心する。


「みんな、教えてくれてありがとう! 私もダンジョンから脱出します! 30階層に戻る事になるけど、なるべく他の探索者さんたちにも声を掛けながら行きます!」


 そこからの彼女の行動は素早かった。今来た道をなるべく急ぎで戻って行く。その際に他の探索者たちがいないか探しながら進む。


 道中ではマミーよりもワンランク上のブラッドマミーなどが出現した。しかし他の探索者たちと合流している事もあり、何とか倒して行く。


 そして何とか30階層へと辿り着く。全員で帰還の魔法陣に乗る。魔法陣が光り始めて魔法が発動する。その瞬間に彼女は魔法陣から降りてしまう。


「私、ちょっとあっちにも人がいないか確認してきますね!」


「お、おい! 一人だと危ないぞ!」


「だいじょぶです! ちょっと見て私もすぐに戻りますから!」


 そう言って彼女は飛び出す。自分たちが来た方向と反対方向に取り残された探索者がいないか気になったのだ。探索者たちはそれを止めようと思ったものの、帰還の魔法陣が動き出したせいで転送されてしまう。


 ナナカは走りながら他の探索者がいないか確認していく。そして30階層に自分以外の探索者をいない事を確認して帰還の魔法陣のある場所へと戻ろうとする。


「グルゥラァァー!!」


 その時だった。すぐ近くから雄叫びが聞こえてきた。それに思わず彼女の動きが止まってしまう。少し先の曲がり角から巨大なモンスターが現れる。


 二足歩行した牛である。手には巨大な斧を持っている。大きさは五メートルほどある。


「あ……ジャ、ジャイアントミノタウロス……?」


 そこにいたのはミノタウロスを更に巨大にしたジャイアントミノタウロスであった。本来、ミノタウロスですらこのダンジョンの下層に出てくるモンスターだ。そのためジャイアントミノタウロスともなれば上級ダンジョンクラスのモンスターである。


“ナナカちゃん逃げて!”


“危ない!”


“誰か助けてくれー!”


“早く早く早く逃げろ!”


“マジでやばいって!”


 コメント欄が彼女を心配する声で溢れかえる。しかしそこに気を向けている余裕は今の彼女には無かった。


「サ、サンフラワーカッター!」


「ブルゥゥゥ!」


 彼女はマミーを仕留めた回転する向日葵の刃を飛ばすものの、ジャイアントミノタウロスの斧に粉砕される。そのままゆっくりと敵が近づいて来る。そしてナナカの前で斧を振り上げる。


「(あ……終わった……)」


 彼女は自らの死を悟って眼を瞑る。そして大人しく斧が振り下ろされるのを待つ。彼女の頭には既に逃げるという選択肢は無かった。


 しかしいつまで経っても死の瞬間が訪れない。その事を不思議に思った彼女が目を開けると、そこには何故か壁があった。


「大丈夫かい? お嬢さん」


 壁だと思っていたそれは人の身体であった。圧倒的な筋肉が彼女の視界を埋め尽くす。「白馬の王子様が助けに……?」と思った彼女の淡い幻想は一瞬で打ち砕かれた。


「ア、ハイ……」


 彼女は無表情でそう返事するしか無かった。

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