第10話 アウトブレイク
「おっと、そうだった。恩人に対してまだ名乗りも上げていなかったね。これは失礼。私は『パワーフォース』というパーティーのリーダーで、
ポーズを決めてニカッと笑って自己紹介してくる男性に火花は一瞬戸惑う。しかしすぐに再起動して彼も自己紹介をする。
「俺はGランク探索者の蒼森火花です。金剛院さん、よろしくお願いします」
火花の自己紹介に今度は武憲の方が面食らう。想定していたよりも探索者としてのランクがかなり下だったからだ。
「若いとは思っていたが……なるほど、探索者に成り立てかな」
「はい。今日でまだ三日目です」
「ははは! よし決めた! 私はこれから下層へと降りて、他の探索者たちの避難誘導をしようと思っていた。どうだい? 良かったら一緒に行かないかい?」
武憲は火花の事情を察した。火花は才能も実力もあるが、探索者になったばかりのためランクが上がっていないのだろうという事を。
「俺としてはありがたいですけど、良いんですか?」
「なに、緊急事態だ。使えるものは何でも使うさ。それが探索者として生き残るコツだよ」
本来はGランクの、ましてや未成年の探索者と共にアウトブレイク中のダンジョンを降っていくなど自殺行為だ。それでも武憲は先ほど見せた火花の動きや考察力を信じる事にした。
またこれは口に出さないがアウトブレイク中に未成年と分かっている探索者を連れ回した場合、武憲側に探索者協会から何かしらのペナルティが与えられる可能性は大きい。しかしそうだとしても彼はこの緊急事態に、火花の実力は必要だと考えたのだ。
「分かりました。よろしくお願いします!」
「おうとも! それじゃあ早速、下の階層へと向かって行こう!」
武憲がそう言うのと同時に走り出す。それは普通の探索者では追いつく事が出来ないスピードだ。しかし火花はそれに難なく追い付く。
「(並みの探索者ならこのスピードについて来るのもやっとのはずなんだがな……やはり彼の力は今回の戦いに必要だ)」
「(凄いスピードだなぁ。流石は高ランク探索者。イレギュラーへの対応も上手いし、きちんと学ばせて貰おう)」
武憲は火花の実力に、火花は武憲の対応力に、改めて感心していた。特に火花としては初めての高ランク探索者との遭遇なので、そこから色々な事を学びたいと考えていた。
「そういえば、さっきから君の周りをウロチョロしてるのは配信者用のカメラかい?」
「はい。一応、ダンジョン配信者やってますので」
「なるほど。それなら私の筋肉もカメラを通して全国デビューという訳だね。ははは、筋肉冥利に尽きるよ」
「いや……まだ配信者に成り立てなので、そんなに多くの人は見てないですよ……」
自分の筋肉が全国デビューした事を武憲は喜ぶ。ただ現時点での火花の視聴者はそれ程多く無いので、全国の人が本当に見ているかは怪しい。
「待てよ……それなら君の視聴者を通してダンジョン内の探索者たちに避難を呼び掛ける事は出来るかい?」
「なるほど……皆さん、どうですか?」
武憲の提案を聞いて火花も視聴者へと問い掛ける。
“個別にとかは難しいよな”
“他に配信やってる人ならいるかも?”
“今日は35階層でナナカちゃんが配信やってる!”
“お前らそっちに凸するぞー!”
“いやもう既にアウトブレイクが分かった時点で凸ってる奴らがいるから!”
“とりあえず注意喚起はいくらあっても良いだろ!”
“神田ダンジョンから避難しろー!!”
“コメ欄まで混乱しておるw”
火花からの質問にコメント欄も慌ただしくなる。それぞれが神田ダンジョンで配信をやっている人たちを探していく。
「どうやら35階層で配信をやっている人がいるみたいです。そっちにもアウトブレイクの事を伝えてもらって上がって来てもらう様にしましょう」
「そうしよう。ならまず我々は20階層までの探索者たちを避難誘導かな」
「はい!」
話がまとまったので会話が途切れる。走りながら平然とこんな会話をしているのは人間離れしていると言っても良いかもしれない。
武憲は走りながら魔力回復用のポーションを取り出す。そしてそれを一気に飲み込む。
「これで少しはマシになるだろう。君の方は魔力は大丈夫かい?」
「今のところは問題無いです」
「それなら良し!」
火花たちはすぐさま下へと降りる階段を発見する。そして第11階層へと降りて行く。するとすぐ様モンスターと遭遇する。
「「「カカカカ!!」」」
それはスケルトンの上位種であるブラックスケルトンであった。本来このダンジョンの下層に出現するモンスターである。それが三体も現れた。
「ふんぬぅ!」
「邪魔」
そんなモンスターたち相手に二人は止まる事なく一瞬で倒してしまう。二人の強さにコメント欄が盛り上がる。火花は気付いていないが、いつの間にか視聴者が2000人近くになっていた。
それはアウトブレイクであったり、花宮ナナカの配信に突撃した視聴者たちの影響によるものだ。
そこから火花たちは一気に二十階層まで駆け降りた。道中のモンスターのほとんどは二人のコンビネーションにより苦戦する事なく倒す事が出来た。
探索者たちが帰るための帰還の魔法陣は十層ごとに存在しているため、一部の者たちは上へ行かせた。その際には探索者たちを数パーティーでまとめて動かす事できちんと安全性も確保していた。
「「「ありがとうございました!」」」
そして20階層に残っていた探索者たちが帰還の魔法陣で引き上げて行く。これで取り漏らしが無ければ20階層までの探索者は全て引き上げた事になる。
「見落としが無いと良いんですけどね……」
「そればっかりは祈るしかないね。我々は神様じゃない。大切なのは探索者として最善を尽くす事だよ」
取り残しがある事をしょうがないとは武憲も思っていない。ただ現実は優しくなく、どれだけ計画を立てても上手くいかない事だってある。そのため自分たちに出来るのはただ全力を尽くす事だけである。武憲は探索者としての経験からそう考えていた。
「とにかく次は30階層を目指そう! 上手くすれば35階層までの探索者たちも戻って来ている可能性もある」
そこからほとんど休む事なく、二人は更にダンジョンを下へと降りて行く。
「む。そう言えば君は探索者アプリをスマホにいれているかい?」
「え……探索者アプリってそんなのあるんですか?」
「うむ。一応、探索者協会から公式で探索者専用のアプリが出ているんだよ」
そう言って武憲はスマホを取り出して火花へと見せてくる。するとそこには「たんアプ!」というアプリがインストールされていた。
「まぁ正直、使い勝手は良く無いから探索者でも使ってる人は少ないんだけどね……こういった情報は掲載されるから入れておく事をオススメするよ」
武憲がアプリを操作して火花へと再び画面を見せてくる。そこには「神田ダンジョンでのアウトブレイク発生について」という記事が載っていた。
「確かに便利ですね……どうして普及してないんですか?」
「このアプリは探索者協会からのお知らせを読むくらいしか使い道が無いからね」
このアプリは探索者情報を登録する事も出来るが、受付でカードの代わりに提出する事が出来ない。受付ではカードに埋め込まれているICチップのデータが必要だからだ。その点がまず不便である。
それ以外にも探索者協会から時折、出される討伐依頼などもアプリには載っていない。アプリと現実の両方に依頼が出ていると、お互いのタイムラグにより同じ依頼を複数人が受けてしまう可能性があるからだ。
また今回の様にアウトブレイクなどの緊急事態が発生した際は便利に思うかもしれない。しかし実際にダンジョンへ潜っている探索者たちはスマホの通知をオフにしている事が多いため、こういった情報は結局読まれない。戦闘中や探索中に音が鳴ったりしたら危険だからだ。
「確かにそう言われると使い勝手は良く無いですね……」
「こういう細かい所が行き届いてないのも日本がダンジョン後進国と言われる所以だね」
武憲からの解説に納得する火花。するとそのタイミングで武憲のスマホに着信が入る。それを見た彼は火花にアイコンタクトを送ると電話を取る。
「私だ。————ああ、現地で優秀な協力者を得られてね。現在は30階層へ向けて避難誘導を開始している所だ」
「(パーティーメンバーの人かな……?)」
どうやら武憲はパーティーメンバーの一人と会話しているらしい。それからしばらく電話が続く。ちなみにこの間も二人はしっかりとダンジョン内を走っている。
それから電話が終わると武憲はスマホをポケットへと仕舞う。そして再び火花の方へと顔を向ける。
「朗報だ。ダンジョンを脱出したパーティメンバーから連絡があってね。すでにボス討伐に向けてAランクパーティーが動き出している様だ。同時にBランクパーティーが50階層から上に向かって取り残された探索者の救出活動を行っている」
「それは良かったです! それなら残りの俺たちの仕事は30階層までの探索者たちの避難誘導だけですね」
「うむ。最後まで全力で行こう!」
「はい!」
ゴールが見えて来た事で火花も気持ちが少し楽になる。こうして二人は30階層まで探索者たちを誘導していくのだった。
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