第9話 筋肉とスライム


「ふんぬぅーー!」


「ほ、放送事故だー!!」


 火花の目の前ではヌルヌルになった筋肉男がスライムと戦っていた。そんな予想外の光景に彼は思わず叫んでしまった。


“ヤベー!”


“放送事故じゃねーか!”


“腹痛いww”


“ヌルヌルおっさんは草”


“こういう時は美少女が定番だろ! 何でヌルヌルのおっさんなんだよ!”


“これはこれでおもろいから良し”


“かつてのローション相撲を思い出す懐かしさ”


 コメント欄も過去一の盛り上がりを見せる。大概は面白がっている。火花としては一応助けに来たつもりなので、とりあえず男性に声を掛けてみる事にした。


「大丈夫ですか⁉︎ 手伝いましょうか?」


「む? 君は……中々の筋肉だな。ありがとう! ぜひ一緒に戦って欲しい!」


 火花が声を掛けた事により男性がこちらを向く。そして一瞬、目を細めた後に火花の提案を受け入れる。男性からの承諾もあったため火花は武器を構える。


「こいつらはアシッドスライムだ! やつらの吐き出す粘液には注意したまえ!」


「分かりました!」


 スライム系のモンスターの正体はアシッドスライムだった様だ。その名の通り強力な酸を吐き出すスライムである。通常のスライムが水色なのに対してこちらは緑色である。それがこの場には十匹程いる。


 火花は足を踏み込んで加速する。そして一番近くにいたアシッドスライムに接近する。そのまま至近距離から魔力弾を撃ち込む。ゼロ距離で攻撃しなかったのはアシッドスライムの体に銃が触れてしまうと溶けてしまう可能性があったからだ。


 至近距離から放たれた魔力弾が直撃したアシッドスライムは後方へと吹き飛ぶ。しかし今までのモンスターとは違って一撃で消滅はしない。


「(この程度の攻撃じゃ倒せないみたいだな)」


 追撃を掛けようとしたタイミングで別の個体が火花に向かって酸を吐き出す。側面から来たその攻撃を火花は魔法障壁を展開して受け止める。


 ジュウウゥゥ、という音がして魔法障壁が溶かされる。しかし障壁を破るまではいかなかった様だ。火花はそちら側は気にせずに追撃を行う。


 二発目の魔力弾がアシッドスライムを貫く。それにより完全に倒す事に成功する。火花は次に倒すべきアシッドスライムを探す。


 すると先ほど彼に向かって酸を吐いた個体が、隣にいる個体と合体する。サイズが一回り大きくなる。そして先ほどよりも多くの酸を吐き出してくる。


 魔法障壁では破られるだろうと思った火花は前に出る。吐き出された酸の攻撃とすれ違う様に駆け抜ける。それにより大きくなったアシッドスライムへと接近する。


 火花は魔力弾を撃ち込む。すると攻撃が当たる直前にアシッドスライムは再び二体へと別れる。それにより火花の攻撃をかわす。


 彼はそれを見て高速で抜刀術を行う。刀身がアシッドスライムの酸に溶かされない様に魔力で強化するのも忘れない。


 カチン、と刀が鞘に収まる音がする。それと同時に二匹のアシッドスライムが消滅する。本来、スライムを刀で倒すのは難しい。スライムを物理攻撃で倒すには核を破壊する必要があるからだ。そこを破壊しない限りスライムは再生してしまう。


 しかもスライムは核の場所を自由に動かす事が出来る。そのため物理攻撃による戦闘はあまりオススメされていない。


 そんな敵を相手に火花は的確に核を斬ったのだ。しかも二体同時に。それだけの技量を彼は持っているという事だ。


“カッコ良すぎだろ!”


“漫画かよww”


“ハンマーとかならまだしも刀でスライム瞬殺はやばい”


“一瞬で二体の核を斬るとか人間離れしてる”


“みなさんーん、この人まだ探索者になって三日目でーす!”


 そんな事を言われているとはつゆ知らず、火花は次の標的を探す。そして男性の方へと飛び掛かろうしている敵に魔力弾を発射する。


 そこからすぐにアシッドスライムは全滅する。モンスターがきちんと消滅したのを確認して火花は一息つく。


「いやぁ、助かったよ。まだ若いのにかなりの実力だね。ありがとう!」


「いえ、ダンジョン内での助け合いは基本ですから。ただ俺が助っ人に入らなくても問題無かった様な気がしますけどね」


 全身がヌルヌルになった男性がにこやかに近づいて来る。そして助けられた事にお礼を言う。


「ははは! いやいや、本当に助かったよ。直前に強敵と戦っていたせいで魔力もすっからかんでね。アシッドスライムの奇襲で防具もすっかり溶かされてしまったし。まぁアシッドスライムをもってしても私のこの筋肉は貫け無かったみたいだけどね!」


 どうやら元々、上半身裸だった訳ではなくアシッドスライムに防具が溶かされてしまっていた様だ。ただ防具を溶かす程の酸を耐える筋肉というのは意味不明である。火花はあえてそこをスルーする。ツッコむと面倒臭そうな気がしたからだ。


「強敵ですか?」


「うむ。ロイヤルクイーンビーがいてね」


「えっ⁉︎ イレギュラーモンスターですか⁉︎」


 ロイヤルクイーンビーとはクイーンビーの上位個体である。火花が倒したビッグビーを率いて指示を出すのがクイーンビーというモンスターだ。本来ならそのクイーンビーすらもっと下層で出るモンスターである。


 その更に上位個体であるロイヤルクイーンビーがこの階層に出現するというのは本来あり得ない。ただダンジョン内では時折イレギュラーが発生する。それが通常よりも協力な個体が出現するイレギュラーモンスターである。


「……いや、イレギュラーモンスターでは無い。それだけではアシッドスライムが出た事に説明がつかない」


 男性は真剣な表情をして火花からの質問に答える。アシッドスライムも本来はこの層に出るモンスターでは無い。神田ダンジョンでは中層くらいになってようやく出現するモンスターだ。


 二連続でイレギュラーモンスターが出て来るとは考え難い。その話を聞いて火花の表情が固まる。とある可能性が頭に浮かんだからだろう。


「……君の想像通りだ。恐らくアウトブレイクだよ」


「それは……」


“おいおい!”


“激ヤバじゃねーか!”


“今すぐダンジョン内にいる奴らを避難させろ!”


“ちょ、これナナカちゃんやべーんじゃねーか⁉︎”


“誰かあっちの配信にも伝えて来い!”


“こりゃあ死人が出るぞ!”


“ブルストも急いで逃げろ!”


 火花は思い浮かんだ最悪の可能性が当たってしまった事で悩んだ様な表情をする。一方でコメント欄の方も一斉に騒ぎ出す。


 ダンジョンは時折、暴走する事がある。その原因は未だに掴めていない。ただダンジョン暴走が発生した時に起きる災害は二種類あるのが確認されている。


 一つはダンジョン内からモンスターが溢れ出すスタンピードというものだ。これの特徴はモンスターの数こそ多いものの、強さは暴走を起こしたダンジョンの等級と同じという事だ。そのためスタンピードが起きた際には、モンスターの討伐よりも民間人の避難をどうするかに焦点が当たる事が多い。


 そしてもう一つがアウトブレイクである。こちらはモンスターが外に出てこない代わりに、ダンジョン内のモンスターたちの強さが跳ね上がる。そのため外での被害は出ない。ただ普段攻略している人たちよりも上のランクの探索者を必要とするのが厄介なポイントだ。


 この二つがダンジョン暴走である。今回は後者のアウトブレイクが発生したという事だ。火花やコメント欄が慌てるのも当然だろう。


「今すぐダンジョン内の人たちに避難を呼びかけないと……」


「ここより上の層に関しては問題ないよ」


 そこから火花は男性の説明を受ける。


 数日前に探索者協会が神田ダンジョンの魔力に不審な動きが起きているのを観測した。その調査のために派遣されてきたのが、彼の率いるパーティーだったらしい。


 探索者協会は今回の調査結果によってダンジョン内の立ち入りを禁止、あるいは制限をしようと考えていた。しかし彼らがダンジョンで調査をしているとロイヤルクイーンビーとその取り巻きが現れた。その時点で彼らはアウトブレイクを確信した。


 そこで男性は自らがロイヤルクイーンビーを倒す役割を引き受けた。そして残りのパーティーメンバーに協会への連絡と上層階の探索者たちの避難誘導を任せたという形だ。


「なるほど……ならやっぱり貴方は高ランクの探索者という事ですね」


「おっと、そうだった。恩人に対してまだ名乗りも上げていなかったね。これは失礼。私は『パワーフォース』というパーティーのリーダーの金剛院こんごういん武憲たけのり。一応、Bランクの冒険者さ」


 マッスルポーズを取りながら、男性はそう言ってニカリと笑うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る