第12話 ジャイアントミノタウロス


 時間は僅かに遡る。


「む、敵が出て来たね」


 武憲の視線の先にはブラックアーマースケルトンとその取り巻きがいた。火花が一歩前に出ようとすると、武憲がそれを止める。


「いや、ここは私に任せてくれたまえ」


 武憲が前に出る。それを火花は素直に受け入れる。彼らの背後には他の探索者たちもいる。20階層から降りて来て避難に集まった探索者たちだ。彼らに万が一が無い様に火花は待機する。


 現在はすでに29階層まで来ている。あと一フロア降りれば帰還の魔法陣がある。そのタイミングで、モンスターの群れが出現した事で後ろの探索者たちの顔が強張る。


 彼らからしたらこのダンジョンで今出現しているモンスターたちは自分たちの適性レベルを超えたものだ。それが群れで出現したとなれば顔が強張るのも当然だろう。


「こういう群れを相手にする時には私の魔法が役に立つんだ」


 そう言って武憲は指を丸めて輪っかの形を作る。OKサインのマークだ。その輪っかを口元へと持って行く。


「シャボンキャット」


 そう言って輪っかへと息を吹き掛ける。するとそこから魔力で出来たシャボン玉の様なものがポコポコと出てくる。


 よく見るとそれはただの丸では無く、猫の頭の様な形をしている。シャボン玉の表面にはうっすら顔の様な模様も見える。そんな猫型のシャボン玉たちはフワフワとモンスターたちへと接近する。


「「クカカカッ!」」


 シャボン玉を邪魔に思ったブラックアーマースケルトンたちがそれに斬りかかる。するとシャボン玉は爆発を起こす。その衝撃によりブラックアーマースケルトンたちは吹き飛ぶ。


「ふんぬ!」


 その隙を利用して接近した武憲は素早く敵を仕留めて行く。そしてあっという間に群れの殲滅を完了させる。


「ふぅ、これでオッケーかな」


 武憲が一息吐きながら火花たちの元へと戻って来る。避難している探索者たちは一様に安心した表情となり、彼へとお礼を言っていく。


「今のは泡魔法と言うんだよ。一応、分類としては希少魔法になるのかな」


「希少魔法持ちだったんですね。俺も持ってますけど、戦闘には使えないので」


 泡魔法はその名の通り、魔法で泡を作るものである。武憲は自らの筋肉と身体強化が戦闘の中心だ。その戦い方だと一対一の戦いや、近接戦闘には強い。ただその分モンスターの群れなど対多数はあまり得意では無い。そこをカバーするのが泡魔法である。


「君の希少魔法というのはもしかして戦う度にピカピカと光っているアレかい? おっと、もし答えたく無かったら答えなくても大丈夫だよ。自らの手札を隠しておきたいという探索者も多いからね」


「いえ、大丈夫ですよ。俺の希少魔法はエフェクト魔法というものです。今、武憲さんが言っていた様にピカピカ光らせる魔法です」


 探索者にとって自らの手持ち魔法や戦い方を知られることはイコールで弱点を晒す事に繋がる。もし悪意を持った人間にそれを知られてしまえば、大きな危険に晒される事になる。そのため自身の戦闘方法を公言していない探索者も多い。


 武憲は長年探索者としてやって来ただけあり、その辺りは弁えていた。とは言え、強者になればなる程そういった情報を隠し難くなるというのもまた分かっていた。


「エフェクト魔法……数十年前にアメリカの舞台監督がその魔法の使い手だったって聞いた事あるよ。演劇の世界なんかじゃ、最高級の待遇を受けられる魔法じゃないか」


 エフェクト魔法は本来、編集作業で付けるようなものを生で行えるというのが特徴である。そのため舞台やミュージカルなどといった業界との相性が良い魔法である。


「ダンジョン配信でも映えるんで面白いですよ」


「ははは! 確かに視聴者からしたら見応えのある映像になりそうだね!」


 火花の説明に武憲は納得する。


 そんな話をしていると30階層へ入るための階段が見つかる。火花たちはようやく30階層へ辿り着いた事に安堵しながら階段を降っていく。


「グルゥラァァー!!」


 その時だった。明らかに普通では無いモンスターの雄叫びが一行の耳に入った。それに武憲と火花は表情を変える。


「君たちはここで待機しているんだ。行こう、火花くん!」


「はい!」


 二人はそう言って動き出す。後ろにいた探索者たちも自分たちの手に負えないモンスターなのは分かっているので、その指示に大人しく従う。


 全速力で駆けていくと、すぐに巨大な牛の姿をしたモンスターと、その近くに少女がいるのが見えた。


「マズい……!」


「待ちたまえ! ヤツの攻撃は私が防ぐ。火花くんはその隙に一撃を入れてくれ!」


「分かりました!」


 加速しようとした火花を武憲が制する。そして走りながら泡魔法で猫型のシャボン玉を一つ生み出す。それを右手に握る。


「猫魔球!」


 握ったシャボン玉を武憲は高速で投げる。それはジャイアントミノタウロスが少女に向けて振り下ろそうしていた斧へとぶつかる。爆発音がする。それにより攻撃の手が緩む。その隙に武憲は少女の前へと滑り込む。


「ぬううぅぅぅん!!」


 そして振り下ろされた斧を魔法障壁と身体強化によって何とか受けきる。するとそのタイミングで、少女が目を開ける。


「大丈夫かい? お嬢さん」


「ア、ハイ……」


 なるべく優しい声で少女に語りかける武憲。しかし何故か彼女の方は無表情で返事をした。


「ふぅ、何とか間に合って良かったよ。君だけかい?」


「は、はい……って、それよりも前……⁉︎」


 少女、ナナカは自らが助かった事に安心するものの、再びジャイアントミノタウロスが攻撃態勢に入ったのを見て慌てる。


「ふ、大丈夫さ」


「え、どうして大丈夫って————きゃあ……⁉︎」


 敵の攻撃に動じていない武憲に、その真意を問おうとするナナカ。しかしその瞬間、彼女の横に青い稲妻の様なものが走った。それに驚いて声を彼女は出してしまう。


 ナナカの横を通り抜けたのは超加速した火花だった。その速度に合わせてオサレ魔法で稲妻の様なエフェクトを追加するのも忘れない。


 今は武憲にジャイアントミノタウロスのヘイトが向いている。その隙を利用して一撃を入れるのだ。超スピードで敵の懐にまで接近して刀で斬り掛かる。


「ブモォォォ⁉︎」


 火花は敵を斬ってからそのまま奥へと抜ける。途中で身体を反転させて再びジャイアントミノタウロスへと向き直る。それと同時に刀を回転させて相手に向けて放り投げる。


 それは火花の存在に気付いて振り向いたジャイアントミノタウロスの顔面へと直撃する。しかし全くダメージにならず、ただヘイトを稼いだだけだった。弾かれた刀は上へと弾かれる。


 火花は再びジャイアントミノタウロスへと向かって走り出す。向こうは火花を叩き潰すために斧を振り上げる。


「危ない……!」


 そんな女の子の声が聞こえたものの、今の火花は戦いに集中しているためスルーする。彼は振り下ろされた斧をスレスレにかわしながら、上へと飛び上がる。そしてジャイアントミノタウロスに飛び膝蹴りをかます。


 その流れで火花は上から落ちて来る刀を空中でキャッチする。そしてそのままジャイアントミノタウロスに斬り掛かる。


「十字斬り」


「ブルゥ⁉︎」


 魔力を込めた刀で十字に相手を斬る。緑色のエフェクトを出して十字の形にしてアピールするのも忘れない。


 火花は地面へと着地する。数十秒の間にかなりのダメージを負ったジャイアントミノタウロスはその場で暴れ出す。これ以上の深追いは危険だと判断した火花は武憲たちのいる所まで一度下がる。


「流石の手際だね」


「武憲さんが隙を上手く作ってくれたお陰です」


 武憲の言葉に火花が答える。そんな二人のやり取りをナナカは呆然と眺めていた。


「す、凄い……!」


“いやいやいや何だ今の⁉︎”


“十字の斬撃かっけぇ!”


“高ランク探索者か⁉︎”


“あのスピードもヤバいだろ!”


“これがブルストやで”


“お前らブルスト知らんのかw”


“ナナカちゃん、無事で良かったー!”


 ナナカ側のコメントも盛り上がる。中には火花の配信から来た者たちもいるようで古参面をしている。ただ共通しているのはみんな火花の強さに驚いているという事だろう。


「さてと、次は私の番だね」


 武憲はこちらに向かって来たジャイアントミノタウロスに大量のシャボン玉を飛ばす。これは火花が戦っている最中に生み出しておいたものだ。それが連続して爆発する事で相手の動きを乱す。


「ふんぬっ!」


 敵が混乱している隙に武憲は近付いてパンチを繰り出す。魔力をしっかりと込めた拳はジャイアントミノタウロスの腹部に突き刺さる。


「君の敗因は二つだ。一つは生まれ持った筋肉にあぐらをかいていたこと。ただの筋肉では磨かれた筋肉には勝てないのだよ」


「ブルブゥッ……⁉︎」


 武憲は連続して腹部にパンチを叩き込む。それにジャイアントミノタウロスは苦悶の声を上げる。


「そしてもう一つは……————」


 そう言った瞬間にジャイアントミノタウロスの首が斬り落とされる。


 それは火花が放った抜刀術であった。超高速の刃がジャイアントミノタウロスの首を斬り落としたのだ。カチン、と刀が鞘に収まる音が響く。


「私には信頼できる仲間がいるという事さ」


 こうして火花たちはジャイアントミノタウロスの討伐に成功するのだった。

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