第13話 帰還


 ジャイアントミノタウロスは首が斬り落とされた事で死体がダンジョンに吸収される。それを確認した一行は大きく息を吐く。


「ふぅ、何とか無事に倒せたね。それにしても最後の一撃は見事だったよ、火花くん」


「溜めの時間はたっぷりありましたからね。ただ俺もこれ以上の戦闘は難しいかもしれないです」


 火花はそう言って自らの武器を持ち上げて、武憲へと見せる。そこにはボロボロになった刀があった。彼の使う高密度の魔力強化に刀が耐えられなかったのだろう。


「なるほど。刀を犠牲にした一撃という事か。それならあの威力にも納得だね」


「一応、銃は残ってますけど……こっちはサブウェポンですから」


 火花のメイン武器は刀である。銃はサポートで使っているに過ぎない。武憲で言うところの泡魔法の様な立ち位置である。


「なら他の敵が出現する前にさっさとダンジョンから脱出しよう。お嬢さんもそれで大丈夫かい?」


「は、はい! 助けていただきありがとうございました! 私はDランク探索者の花宮ナナカと言います!」


 武憲から話を振られたナナカはお礼と共に自己紹介をする。頭を深く下げてお辞儀している。


「私は金剛院武憲。Bランクの探索者で、『パワーフォース』というパーティーのリーダーを務めさせてもらってるよ」


「俺はGランク探索者の蒼森火花です。よろしくお願いします」


 ナナカの自己紹介に合わせて二人もそれぞれ名乗る。するとナナカが驚いた表情をする。


「え……⁉︎ Gランク⁉︎」


“Cの聞き間違いか?”


“いやあの実力ならCでも低いだろ”


“Gとか嘘だろ”


“ブルストはまだ探索者歴3日ですから!”


“これが俺らのブルストよ”


 ナナカのチャットにまだ火花の視聴者たちがいるらしくドヤ顔コメントがいくつか見られる。


「まぁ君の気持ちも分かるよ。ただ彼については気にしない方が良い。これは一種のバグみたいなものさ」


「いやバグって……」


 武憲のあまりの言いように火花は苦笑いする。ナナカもその言葉に対してどういうリアクションをすれば良いか分からなかったため曖昧な表情を浮かべている。


「いや冗談では無いよ。ダンジョンに時折、非常に強力なモンスターが発生するのと同じで、人類側にもそういった事は起こり得るのさ。火花くんは恐らくその類いだろう」


「へー、そうなんですね」


 武憲の説明を聞いて火花は頷く。そういう可能性がある事に感心しているのだろう。


 武憲からの話を聞きながら、火花たちは後方に残していた探索者たちと合流する。それから帰還の魔法陣のある場所へと向かう。


 幸いな事にモンスターは出現しなかった。そのためスムーズに全員が帰還の魔法陣に乗ってダンジョンの入口へと転移する。


 ちなみに火花もナナカもそのタイミングで配信を終わらせた。この後は探索者協会からの事情聴取などがあるかもしれないと武憲に言われたからだ。


「「「無事に帰って来たー!」」」


 地上に着くと何人かの探索者が歓喜の声を上げる。黙っていた者たちも一様に明るい表情をしている。彼らは火花たちにお礼を言ってから去って行く。この場に残ったのは火花、武憲、ナナカだけである。


「金剛院さん、今回はお世話になりました」


「よしてくれ。お礼を言うのは私の方だ。火花くんがいなければもっと大きな被害が出ていただろう」


「そうですね! 私からしたら二人ともヒーローです! 本当にありがとうございました!」


 二人がお礼の言い合いになりそうだった所を上手くナナカが話をまとめる。こう言った巧みな話術も彼女の人気の秘訣である。


「そうだな。一応、先輩探索者らしく二人にアドバイスを送るとしよう。まずはナナカくん」


「はい!」


「君の正義感や思いやりは素晴らしい。誰かを助けるために動ける人間というのはそれだけで貴重だ。だが、だからこそ自分の事も大切にしなさい。君が傷付いて悲しむ人間は大勢いるのだから」


「はい……」


 ナナカは30階層での探索者救助活動を一人で行った。その結果としてジャイアントミノタウロスに殺されそうになってしまった。武憲はその事を言っているのだろう。彼女はそれを聞いてシュンとした表情になる。それを見て武憲はクスリと笑う。


「落ち込む必要は無いさ。次に活かせば良い。君ならもっと強くなれるはずさ」


「ありがとうございます。これからも頑張ります!」


 武憲からの励ましの言葉に、すぐに元気になるナナカ。力こぶを作るポーズをしてアピールしている。


「次に火花くん」


「はい」


「正直に言えば、実力に関しては私から言う事は何も無いよ。探索者としての勘や対応力もすぐに身につくだろう。ただ一つアドバイスするとしたら武器だね。君の実力に合う武器を探したまえ」


「武器……ですか」


「うむ。そうすれば君ならすぐにトップランカーの仲間入りさ」


 武憲は火花の実力をかなり評価していた。現時点で既に自分よりも強いだろうとも考えていた。ただ彼のその力に耐えられる武器が無い。そこが唯一のウィークポイントである。


「まずは今よりも良い装備を買って上級ダンジョンに挑むのが良いだろう。そこでレアドロップを狙うか、素材を集めると良い」


「なるほど。分かりました!」


 火花は武憲からのアドバイスに素直に頷く。火花としても実際にダンジョンに潜ってみて武器の耐久力に不安を感じていた。


「(といっても新しい刀を買うお金が無いんだよなぁ……)」


 火花はダンジョン探索者としてデビューするためにフロートカメラや服、武器など様々なものを購入している。それは幼い頃から貯めていたお年玉やお小遣いから捻出されている。その殆どを使い果たした火花には金銭的な余裕は無かった。


 再び安い刀を購入してある程度は中級ダンジョンに潜って稼ぐべきか考える。ただ配信の事を考えると中級ダンジョンでは視聴者が満足しない可能性もある。


「そんなところかな。それじゃあ私も探索者協会の人たちに報告があるから行くとするよ」


 武憲は爽やかに笑って去って行った。そしてこの場には火花とナナカのみが残される。火花としてもこれ以上ここにいる必要は無いので帰ろうとする。


「ちょ、ちょっと待って……!」


 するとナナカに呼び止められる。


「何ですか?」


「あ、あの……良かったら連絡先交換しない⁉︎ 今日のお礼とかも、後日きちんとしたいし!」


「え……? 良いですけど……それだったら金剛院さんも一緒の方が……」


「う、ううん! 金剛院さんは有名だし、いつでも連絡取れるから!」


 ナナカの言葉に火花は武憲を呼びに行こうとする。しかし彼女が慌ててそれを止める。少し顔が赤くなっている。


「金剛院さんって有名なんですか?」


「え、知らないの? 『泡猫』っていう通り名で元Bランクパーティーのリーダーだったんだよ。今は年齢を理由に第一線からは身を引いて後進の育成に取り組んでるみたいだけど」


「へー、やっぱり凄い人なんだなぁ」


 ナナカの説明に火花は呑気な返しをする。それに彼女は少し脱力してしまう。しかしすぐに気を取り直してスマホを取り出す。


「私のチャットコード出すから読み取ってくれる?」


「分かりました」


 火花は出されたコードをスマホで読み取る。すると「花宮ナナカ」という名前が表示される。アイコンには浴衣を着たナナカが写っている。火花はそれを友達へと追加する。


「これが俺のです」


「ありがと!」


 火花はそこからナナカに向けてメッセージを送る。「蒼森火花です」とだけ書いたシンプルなものである。ナナカはそれを嬉しそうに友達へと追加する。ちなみに火花のアイコンは線香花火の画像である。


「それじゃあ私もそろそろ行くね! また連絡するから! バイバイ!」


「お疲れ様でした」


 ナナカは手を振ってその場から去って行く。命の危機に晒されたばかりだというのに、もうメンタルは回復している様だ。火花はそれに感心する。


「やっぱり一流の芸能人っていうのはメンタルも強いんだなぁ」


 そんな事を考えながら火花も帰ろうとする。しかしその前に探索者協会の人に事のあらましを説明する必要がある。彼は面倒だと思いつつも、協会の人を探して声を掛けるのだった。


 その後、Bランクパーティーによる取り残された探索者たちの捜索、Aランクパーティーによるボス討伐が無事に完了した事が報告された。火花たちの頑張りもあり、負傷者こそいたものの死者は0名であった。


 こうして神田ダンジョンで起きたアウトブレイクは完全に収束したと探索者協会から発表されるのだった。

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