第7話 食堂にて
火花は上機嫌だった。
それは昨日の末広町ダンジョンの踏破配信が成功に終わったからだ。あれからチャンネル登録者数は伸びて現在は300人程となっている。
同接での最高人数が250人程だった事からSNSなどで反響があったのかもしれないと彼は考えていた。
「さてと、何を食おうかな」
食堂にある食券機を前に悩む。今までなら一番安い日替わり定食一択だった。しかし今の火花は機嫌が良い。奮発しても良いかなという気持ちになっていた。
結局、彼はミックスフライ定食にする。エビフライ、コロッケ、メンチカツ、アジフライが乗ったボリューミーな定食である。
買った食券を食堂のおばちゃんに渡して料理が出てくるのを待つ。その間に水と箸を確保する。
「はい、お待たせ」
「ありがとうございます」
すぐに料理が出来上がり、それを受け取る。そしてお盆を持って空いている席を探す。火花としては座る場所にこだわりは無いので、空いている席に適当に座る。
「いただきます」
きちんと挨拶をしてからご飯を食べ始める。まずは味噌汁を少しかき混ぜてから飲む。そしてキャベツを食べる。
それからいよいよメインのおかずを食べようとする。四つのフライの中からエビフライをチョイスする。そしてそれを口へと運ぶ。
「美味い……贅沢の味がする……」
久しぶりに食べるエビフライの美味しさに火花も笑顔になる。それから白飯をかき込む。ちなみにご飯と味噌汁のおかわりは無料である。
そうしてミックスフライ定食を堪能していると、コトンと彼の前にお盆が置かれる。誰かが向かいの席に座った様だった。食堂が混んでくればそれくらいは当たり前にある事なので、火花は気にせず食事を続ける。
「ねぇ」
すると前の席に座った人物から声を掛けられる。顔を上げて目の前の人物を見てみる。しかしそこにいたのは火花の見知らぬ生徒であった。
金髪でロングヘアで毛先の方はウェーブが掛かっており、ピンクっぽい色になっている。しっかり目の化粧をしており、ギャルっぽい見た目である。
首元には黒い布製のチョーカーをしており、制服であるセーラー服の上からは薄い水色のパーカーを羽織っている。
「えーと、俺ですか?」
「そう」
火花の問いかけに頷いた少女はポケットからスマホを取り出す。ピンクの可愛らしいカバーにいくつかのシールが貼ってある。そしてスマホを操作をしてとある画面を火花へと見せてくる。
「これって君でしょ?」
火花が画面を覗き込むと、そこには動画投稿サイトの彼のチャンネルが表示されていた。ブルーストリークチャンネルである。
「えーと……そうですけど」
「やっぱり。うちの学校の生徒っていうのはホントだったんだね」
「もしかして噂になってます?」
「ちょっぴりね。ダン配好きの間で密かにって感じ? もし身バレしたくないならもう少し気を付けた方が良いかも」
少女が火花に身バレについて忠告をしてくる。彼としてはいずれバレると思っていたので気にしていなかった。それよりも彼としては彼女のお盆に乗っているうどんが冷めてしまわないかの方が気になっていた。
「多分、SNSで告知したんでその影響ですね」
「なら身バレは問題ないって感じ?」
「ええ。そこまで気にして無いです」
「そ。なら良かった。いただきます」
彼女はそれだけ言ってようやくうどんを食べ始める。ずるずると勢い良く食べている。それを見て火花もミックスフライ定食を食べるのを再開する。
「(うーん……見た感じ先輩だよなぁ……)」
ミックスフライを味わいながらも火花は少女が気になってチラチラと見てしまう。制服に付けられた校章が火花たちのものとは色が違う。つまり学年が違うという事だ。火花たちは一年生なので、学年が違うと言う事は必然的に彼女は上級生という事になる。
ちなみに彼女の方は火花のことを一切気にせずにひたすらうどんを啜っている。会話の流れを考えるとマイペースなタイプなのかもしれない。
「ごちそうさま」
すると火花よりも先に少女の方が先に食事を食べ終える。そして空になった器を持って去って行ってしまった。
「ま、これも人気者の証ってことかな」
結局、最後まで少女が誰なのか分からなかった火花。彼もその後すぐにミックスフライ定食を食べ終える。そして返却口に食器を置いて教室へと戻る。
「お、いたいた!」
教室へと戻るとすぐに琢磨が声を掛けて来た。いつもと違って少し慌てた雰囲気であった。
「どした?」
「いや、大丈夫だったのかと思ってさ」
「大丈夫って何が?」
「え? もしかして鹿島先輩と会ってないのか? お前の事、探しにわざわざ教室まで来てたんだぜ」
鹿島先輩という名前に聞き覚えは無い。そもそも火花は部活に入っていないため、上級生の知り合いはいない。
しかし思い当たる事が一つだけあった。それは食堂で話しかけて来た少女である。火花は琢磨に鹿島先輩とやらについて尋ねてみる。
「鹿島先輩ってもしかしてパーカーのギャル?」
「うお、やっぱり会ったんじゃねーか! 大丈夫だったのか?」
「会ったけど特に何も……少し心配して貰ったくらい?」
「うーん? よく分からんが無事なら良いか。鹿島先輩って学校でも有名な不良だからさ」
不良、という言葉を聞いて火花は首を傾げる。確かに口数は多くなかったが、不良と言われる様な人間では無かった。むしろ火花の事を心配してくれていたくらいだ。
ただ琢磨の方は本当に火花の事を心配していた様だった。そのお互いの認識の違いに彼は混乱してしまう。
「不良ってそんな感じの人じゃ無かったぞ」
「え、そうなのか。一匹狼でよく授業とかもサボったりしてるみたいだし。あとうちの学校じゃ、あの格好は目立つだろ?」
授業をサボるかどうかについては火花には分からない。しかし外見については納得する。この北愛宕高校は私立でそれなりに歴史のある学校だ。そのため入学して来る生徒たちは比較的、品の良い生徒が多い。
その中で確かに彼女の様なギャルっぽい格好は目立つだろう。制服を改造して上からパーカーを羽織っている生徒など他には見たことが無い。
そういった所で嫌煙されてしまうのだろう。さらには性格もわりとマイペースなタイプだったので、学校では浮いてしまっているという所だろう。
「ま、とにかく悪い人じゃ無かったぞ。俺のチャンネルも登録してくれてるみたいだし」
「そうなのか。何か勝手にビビって悪い事したなぁ……」
火花の話を聞いた琢磨は頭を掻きながら反省の言葉を口にする。見た目や噂で判断した事を後悔しているのだろう。
「そういえばチャンネルで思い出したけど、次は神田ダンジョンだって?」
「ああ。少し早いけど中級ダンジョンに挑戦してみる」
「いやむしろ遅いだろ」
火花の言葉に琢磨がツッコミを入れる。どう考えても火花の実力は下級ダンジョンに収まっていない。早いうちに中級ダンジョンに入るのは琢磨としても賛成であった。
「初の中級ダンジョンだからちょっとワクワクしてる」
「あそこは中級中型だから攻略には少し時間が掛かるかもな」
「詳しいな」
「そりゃあナナカちゃんが潜ってるダンジョンだからな」
ダンジョンには等級と容量というものが存在する。等級というのはダンジョンの難易度を示すものだ。これはボスの強さによって六つのクラスに分けられており、下級、中級、上級、最上級、神級、特殊となっている。
一方で容量というのはダンジョンの階層数を示すものだ。5〜10層までが小型ダンジョン。11〜50層までが中型、51〜100層までが大型、そして101層以降は超大型と呼ばれる。
その区分で考えると神田ダンジョンは中級中型のダンジョンとなる。階層数はジャスト50階層である。階層数がそれなりにあり、出現するモンスターも比較的クセが少ないため人気のダンジョンだ。
先日踏破した末広町ダンジョンは下級小型のダンジョンである。ここは初心者以外はほとんど寄り付かないダンジョンである。何故ならここで戦っても稼ぎがほとんど出ないからだ。
火花としても神田ダンジョンなら少しは稼げそうだと考えていた。今日、奮発してミックスフライ定食を食べたのも明日以降の稼ぎを見越しての事だった。
「もう花宮ナナカの話は良いよ。聞き飽きた」
「俺はまだ話し足りん!」
そこから火花は昼休みが終わるまでひたすら琢磨から花宮ナナカの魅力について語られるのだった。
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