第4話 末広町ダンジョン下


 火花の目の前にはスケルトンが剣を構えて立っている。体格はゴブリンよりも大きい。160cmほどあるだろう。


 スケルトンが彼の方へと近寄ってくる。剣を振り上げた状態で距離を詰めて来る。それを見て火花はどう動くか考える。


 彼が選んだ答えは左手に刀を、右手に銃を持って棒立ちする事だった。何も動かない彼を見て慌て出したのはコメント欄の方だ。


“ちょ、どした⁉︎”


“ビビって動けないとか⁉︎”


“やべーぞ!”


 先ほどまでの俊敏な動きが嘘かの様な棒立ちに心配の声が上がる。初めて殺傷能力の高い武器を持った敵と対峙したせいで、恐怖で動けなくなってしまったと思っている者もいる。


「カカカ!」


 火花のすぐ近くまで寄ってきたスケルトンは渇いた笑い声を上げながら剣を振り下ろす。しかしそれでも火花は全く動かない。


 勢いよく振り下ろされた剣が火花に直撃しそうになった瞬間だった。何か透明なものに阻まれて剣が弾かれる。ガキンと金属を叩いた様な音がする。


「カ……⁉︎」


 自らの攻撃が通らなかったことにスケルトンが驚きの声を上げる。そのタイミングでようやく火花が動き出す。右手に持っている拳銃をスケルトンの頭に突きつける。


「終わりだ」


 水色の光と共に魔力の弾丸が発射される。ゼロ距離での攻撃のためスケルトンの頭蓋骨は簡単に破壊される。そして残った身体の部分がガシャンと音を立てて倒れる。


“防いだ……⁉︎”


“魔法障壁を展開してたのか”


“一歩も動かずにスケルトンを倒しやがったw”


“つえー!”


 火花が行ったのは単純だ。剣が直撃する前に魔力による障壁を展開しただけだ。それにより攻撃が弾かれて隙だらけになったスケルトンを拳銃で倒したのである。


 魔力障壁はほとんどの探索者が使える基本的な技だ。身体強化、武器強化、魔力障壁、魔力弾などはダンジョンを攻略する上で必須のスキルと言っても良い。これらは無属性魔法と呼ばれている。


 魔法の属性は様々なものがあり、どの属性が使えるかは人によって違う。火を使える者もいれば、水を使える者もいる。あるいは火と水の両方を使える者もいる。そしてどの属性の魔法が使えるかは先天的に決まっているとされている。後天的に新たな属性が使える様になったという話はほとんど無い。


 しかし無属性魔法は違う。特定の属性に寄らない魔力単体の運用による魔法のため、特殊な事情がある者以外はみんな使えるのだ。


「それじゃあスケルトンのドロップアイテムを見ていきましょう」


 スケルトンの死骸がダンジョンに吸収されて、ドロップアイテムが出現する。それを火花は拾う。


「魔石と……骨……ですね。腕の骨なのかな……?」


“ドロップアイテムしょぼいな”


“どこの部位の骨かなんて興味ねーわw”


“部位特定すんなww”


“魔石はスライムとかよりはマシっぽいな”


“剣はドロップしないのか?”


“剣はレアドロップだな。ただ価値は大した無いぞ。所詮雑魚敵だし”


 ドロップアイテムをしまった所で火花がようやくコメント欄を確認する。そしていくつものコメントが表情されている事に驚く。


「うおっ⁉︎ 視聴者が増えてる!」


“ようやく気付いたか”


“おーす!”


“こんちわー”


“デビューしたてにしては強い!”


“あんま無茶はすんなよー?”


 視聴者の数はすでに100人近くになっていた。スタートが6人で、配信自体が2回目という考えるとかなりの成果だろう。そして火花がコメントに気付いたことで視聴者たちも盛り上がる。


「皆さん、こんにちは! 俺はブルーストリークと言います。昨日からダンジョン探索者になりました! ぜひゆっくりしていって下さい」


“全然ゆっくりできるスピードじゃなかったw”


“本当に高校生なのか……”


 火花は視聴者が増えた事で改めて挨拶をする。彼のリア友じゃない視聴者たちは本当にダンジョン探索者になったばかりの高校生が配信を行っていた事に驚く。


 もちろん高校生でダンジョン配信を行っている者もそれなりにいる。それこそ今朝の話題に上がった花宮ナナカもそうだ。しかし彼女もダンジョン探索の初日から配信していた訳では無い。


 ダンジョン探索者になったばかりで配信を行うのは危機感の無い人間がほとんどだ。自分の実力を過信して、ダンジョンに挑んで痛い目を見る。そういった人間が多い中で、火花の配信は異色であった。


 彼はダンジョン探索者にもダンジョン配信者になったばかりでありながら、しっかりと成果を残している。視聴者が増えるのも当然だろう。


「それでは探索を再開したいと思います!」


 視聴者が大幅に増えた事が分かった火花ははりきって探索を再開する。もちろんそれを視聴者側も歓迎する。


 再び走り出した火花に、コメント欄から応援の声が多数上がる。そこからの展開は早かった。


 四階層の探索もあっさりと終わり、五階層、六階層、七階層、八階層、九階層と降っていく。この辺りは新規のモンスターも出なかったためあっさりと進んでいく。変化としては今までゴブリンならゴブリン、スケルトンならスケルトンしか出てこなかった敵たちが混ざりって出現し始めた事と、敵の数が増えてきた位である。


 本来、敵の種類が色々と出たり、数が増えるのは厄介な事である。ましてやそれが探索者になったはがりなら余計にキツく感じるだろう。しかし火花は実力が高すぎたため良く言えば無双状態、悪く言えば見せ場無しといった形であった。


 そして十階層目に降りたて少し進んだ所で大きな門を見つける。門の両脇には松明が置かれている。すると早速コメント欄が賑わう。


“ボス部屋だ!”


“はやっ! 初心者のスピードじゃねーな”


“あっさり到着〜”


“気をつけろよー”


 その多くは火花がボス部屋まで辿り着くスピードに驚いている。本来、ダンジョン内を走りながら進んでいくという事は殆ど無い。あるとしても自分が知っている階層を急ぎ足で進むというレベルだ。その意味でも火花は他とは違っていた。


「どうやらここがボス部屋の様ですね……行ってみたいと思います!」


 火花は巨大な門に手で触れる。すると軋むような音と共にゆっくりと門が開いていく。火花が中を覗き込むとそこには大きな空間が広がっていた。彼は意を決して中へと足を踏み入れる。


 中に入ると部屋の周りに配置されていた松明が順番に灯っていく。部屋が照らされた事で奥にいたモンスターの姿が見える様になる。


「グガァァァ!」


 それはゴブリンであった。ただし今まで戦ってきたゴブリンとは大きく違っていた。体格は二回りほど大きくなっており、鎧を身につけている。さらに肌の色が黒かった。


「これってゴブリンリーダー……か?」


 その姿を見て火花が少し首を傾げる。身体の大きさや鎧を纏っている事からゴブリンリーダーと判断したのだが、肌の色が彼の知っているものとは違ったのだ。


“レアボスだ!”


“うおい、それレアボス!”


“ブラックゴブリンリーダーじゃねーか!”


“初見でそれはエグい”


 コメント欄からボスの正体が明かされる。末広町ダンジョンの本来のボスはゴブリンリーダーである。しかし稀にボスにもイレギュラーで強い個体が出現する事がある。今回はそのパターンでゴブリンリーダーではなく、その上位種であるブラックゴブリンリーダーが現れたのである。


 しかしコメント欄を見ていない火花にはそれが伝わらない。彼は敵が普通のゴブリンリーダーだと思ったままである。


「グギャギャギャ!」


 ブラックゴブリンリーダーが剣を掲げて叫ぶと、近くからゴブリンが四体現れる。それらは火花を見つけて一斉に棍棒を持って襲い掛かってくる。


「よし、行きます!」


 迫ってくるゴブリンに対して火花も動き出す。水色の光と共に拳銃から放たれた魔力弾が先頭にいたゴブリンを倒す。それと同時に駆け出して刀を振るう。


 高速で振るわれた刀は二体のゴブリンの首を刎ねる。それによりゴブリンは残り一体となる。それを始末しようとした瞬間に最後尾にいたブラックゴブリンリーダーが火花へ向けて飛びかかってくる。


「グギャギャ!」


 ブラックゴブリンリーダーは剣を振り上げたのと同時に追加のゴブリンを召喚する。それは火花の左右に現れる。これで敵は上から来るブラックゴブリンリーダー、前方のゴブリン、左右のゴブリンと計四体となる。


 火花は振り下ろされた剣を刀で受け止める。それと同時に障壁を左右に展開してそちらの攻撃も受け止める。さらに前方にいるゴブリンに対しては蹴りを放つ。


「ギャッ⁉︎」


 強烈な蹴りはゴブリンに見事にクリーンヒットし、敵が蹴り飛ばされる。これにより前方に空いたスペースができたためそこに身体を反転させて潜り込む。


 火花は刀に魔力を送り込む。すると刀が赤く光る。それと同時に大きく振り払いをする。ブラックゴブリンリーダーと左右にいたゴブリンが一瞬で真っ二つにされる。


 最後に残ったゴブリンが背後から迫ってくる。それに対して火花は振り返る事もせず、拳銃を手のひらの上でくるりと回転させて背面に向けて魔力弾を放つ。それにより最後のゴブリンも消滅する。


 こうして火花はイレギュラーであるレアボス相手に完全勝利するのであった。

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