ep15 引退試合1
1月の第二日曜日、俺のバドミントンの引退試合の日がやって来た。
朝起きた俺は頭の中がいつもより冴えている気がした。
朝起きてから、顔を洗い、朝食を食べるという、いつもと変わらない朝を過ごしていた。
試合は11時からの予定なので、食後はゆっくりとコーヒーを飲み、リラックスした時間を過ごしていた。
珍しく杏奈はゆっくり起きてきたので、杏奈はまだ朝食を食べていた。
「お前がゆっくり起きるなんて珍しいな」
なんか理由でもあるのだろうか。
「昨日の夜はドキドキしてなかなか寝付けなかったから」
何に対してドキドキするんだ。
「何かドキドキすることがあるのか?」
「アンタがなんとか勝てるのかどうかドキドキしてるの!」
俺が勝つかどうかをここまで気にする杏奈はあまり見ない。
「そんなに今日俺に勝ってほしいのか」
「だって小学校の頃から一緒にバドやってきて、太一の努力を一番近くで見てたから、最後の引退試合くらいバシッと決めてほしいのよ」
こんなことを言ってくれるなんて、なんて珍しい日なのか。
俺だって今日にかける思いは強い。最後は勝って終わりたいに決まってる。
杏奈のためにも、自分のためにも、今日は絶対勝つぞ。
「わかってる。俺だって負けるつもりは一切ない」
「負けたら、承知しないよ」
いつもの杏奈に戻った。
準備をして学校に向かう。
今日の会場はうちの学校の体育館だ。
俺が体育館に入ると、どこから噂を聞きつけたのか、ギャラリーが集まっていた。
その中には、練習途中の野球部や山辺もいた。
誠さんも既に到着していて、ストレッチなどの試合前のルーティンをしていた。
誠さんは試合前は自分だけの世界に入る。
このときは誠さんに話しかけないのが、暗黙のルールだった。
そもそも俺は、今日の敵である誠さんに、試合前に話しかけるつもりは全く無かった。
俺が準備をしていると、一人の若い女の人が話しかけてきた。
「岬くん、私のこと覚えてる?」
どこかで見覚えがある顔だし、聞いたことのある声だった。
俺は数秒考え込んだ。
あっ、そうだこの人は、
「月間バドミントンの山本さんですよね。覚えてますよ」
なんでこの人がこの会場にいるんだろう。
「どうして今日ここにいるんですか?」
「風の噂で、天才川田対岬の先輩後輩対決があると聞いたからよ。しかも野球の道に進む岬くんの引退試合となれば取材しないわけにはいかないでしょ。次の号のトップ記事はこの試合に決まりよ!」
誰だよ、噂を流しているやつは。
試合が大ごとになっている。
まあでも、引退試合は周りが盛り上げてくれたほうがいいかもな。
試合が始まる直前に杏奈が俺のところへ来て、「今の太一なら絶対に勝てるから、自分を信じなさい」と言ってきた。
よし、頑張るぞ!
俺はアドレナリン全開だった。
いよいよ俺のバドミントン生活最後の試合が始まる!
第一ゲームが始まった
最初のサーブは俺からだ。
俺がサーブを打つと、先輩は体を大きく使い、渾身のパワーでラケットを振り抜き、スマッシュで打ち返してきた。
普段なら絶対取れないはずの先輩の渾身のパワーのスマッシュが、今日はまるで止まっているようにスローモーションに見えた。
そういえば動いているものを見ることは脳の情報処理と大きく関係しているらしい。
今日の俺は、朝から頭が冴えていて、脳は最高のコンディションだった。きっとそのおかげだ。
先輩はスマッシュを打ったあと、俺が先輩の右側に打ち返すと読んだのか、わずかに足の重心が右側にあるように見えた。
今日の俺は冷静に相手のことが見れている。
俺はこれはチャンスだと思い、先輩の左後方にスマッシュを打ち込む。
先輩はやはり右側に重心があり、わずかに左に行くのが遅れた。そのせいであと一歩届かず、シャトルはコート上に落ちた。
俺は幸先よく先取点をゲットした。
点を取ったので、次のサーブも俺が打った。
今度はショートサーブを打った。
インかアウトかとても微妙だったので、先輩はギリギリまでシャトルの行方を見た。
コートに入ると判断した先輩は、ギリギリまでシャトルを見たせいで甘いショットでしか返せず、打つときに若干態勢を崩した。
それを見逃さなかった俺は先輩の後方にスマッシュで返した。
俺は二連続でポイントを取った。
次の先輩のサーブレシーブはドロップショットでネットギリギリに落ちるように打ってきた。
このとき俺の頭の中には先輩の正確な位置が浮かんだ。まるでコートを上から俯瞰しているような感覚だ。こんなの今までに経験したことがない。
俯瞰のおかげで俺は先輩の腕が一番届かない場所にアタックロブで返すと、思った通り先輩の腕がほんの少し届かず、シャトルはポトリとコートに落ちた。
これで三連続ポイントだ。
この日の俺の頭と眼は冴えに冴えていた。
速いスマッシュはスローモーションに見えるから容易に打ち返せたし、冷静に全てを俯瞰することができたので直感で打つべき場所がわかった。
これらのお陰で、なんと一点も与えずに十連続ポイントすることができた。
スコアは10-0
完全に俺がゲームを支配していた。
しかし、ここから先輩は本当の強さを発揮しだした。
俺がサーブを打つと、先輩は今までよりももっと体を大きく使い、目一杯腕を振って、スマッシュを打ち返してきた。
今日の俺はスマッシュがスローに見えているからこれも簡単に返せると思った。
けれども、打ち返そうと思いシャトルにラケットをぶつけたら、シャトルが今までよりも段違いに重く感じた。俺はきちんと打ち返せず、シャトルはコート外に落ちた。
俺の連続ポイントが止まった。
そこからは一進一退の攻防だった。
先輩が今のようなスマッシュを打てない場所にシャトルを打ち返すことを徹底した。
先輩が万全な体制でスマッシュしたときは俺が打ち返せなかったので、先輩に点が入る。
けれども、先輩が完璧なスマッシュを打てないときは揺さぶりと俯瞰を駆使して、俺が点を取った。
このような感じで、一点ずつ取り合う一進一退の状況が続いた。
けれども、俺のほうが追い込まれていった。
一点ずつの取り合いから、俺が一点を取ると先輩が二点取るというような状況になった。
先輩はなにかを掴みかけている。俺は直感で確信した。
19-11となり、俺はあと2点でゲームを取れる。
しかし、そこから先輩は三連続ポイントを取った。
俺は絶対先輩の腕が届くはずないところに打ったのに、それに先輩は追いついて、拾ったのだ。
その後、先輩のスマッシュがミスでアウトになったために1点取ることができた。
これで20-14となり、俺のマッチポイントだ 。
けれども、最初はゲームを支配していた俺と先輩の立場が逆転している。
なんとかあと一点取らせてくれと俺は願ったが、無情にも、先輩は五連続でポイントを取った。
完全に俺の打つコースが先輩に読まれていると思った。さっき先輩が掴みかけていたのは俺の動きを完全に読み切ることだったのだ。
20-19となった。
ここで、ラッキーなことに、先輩のスマッシュはまたもやアウトとなり、なんとかゲームを取ることができた。
これは次のゲームで相当苦戦することになると思った。
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