ep13 ファン感謝祭と入団発表

 俺はあることを思い出した。

 それはこの間の仮契約の時に、今度の日曜に行われるファン感謝祭と新入団選手発表のチケットを1枚だけもらったのだ。

 佐藤さんによると、なんとか一枚だけ用意できたらしく、家族や友人を誘っていいと言われた。

 ホテルもツインの部屋を用意してくれた。


 うーん、一枚か。親父や母さんのどちらかだけ招待するのも悪いしな。


 そうだ、山辺を誘おう。

 

 次の日、学校でこのことを話すと、


「俺もその日、新入団発表だぞ。そもそも、ドラフトで指名された俺が他球団のファン感に行けるわけねえだろ。たまにとんでもねえことを言うよなお前は」


 山辺は笑い転げていた。

 確かに、おかしな事を言ったかもしれねえけど、何もそこまでのことはないだろうよ。


「俺も実はシャークスのファン感のチケット一枚だけ持ってるんだよな」


 そういえば杏奈が抽選に外れたって悲しんでたな。


「杏奈にあげればいいんじゃね。あいつシャークスファンだから絶対喜ぶぞ」


「お前の方こそ杏奈ちゃん誘えばいいだろ」


 シャークスファンなのにシャークスのファン感を差し置いて、こっちに来るはずがないだろう。


「ぜってえ、シャークスを選ぶぞあいつは」


「意外とわからないもんだぞ。試しに同時に誘ってみようぜ」


 山辺のやつおもしがってやがる。


 放課後、二人で同時に杏奈を誘ってみた。


「で、どうするよ杏奈ちゃん」


 山辺が聞いた。


「うーん、そうだなぁ。スパイダースの方に行く!」


 そりゃそうだよな、シャーク……えっ今こいつスパイダースって言わなかったか。


「お前スパイダースって言ったか?」


 俺はまさかと思った。


「うん、そうだよ」

 

 そのまさかだった。


「お前シャークスファンだよな。そんなに俺の新入団発表が見たいのか。まさかお前俺を好きなのか」


 俺は冗談で言ったのに、「んなわけ無いだろ!」と杏奈の強烈な蹴りがクリーンヒットした。ホントにこのクソ暴力女め!


「あんたのお目付け役だよ。飼い主としての責任があるから」


 俺はいつからお前のペットになったんだよ!


 

 結局杏奈は俺についてくることになった。



 金曜日の夜になった。


 俺は杏奈にホテルはツインで一緒の部屋だからと一応伝えた。


 「はぁ? 何言ってんのアンタ。今すぐ別々の部屋にしてよ!」


 まさかこんなにキレるとは思ってなかった。


「俺とお前は幼馴染で今も同居してるから、家族みたいなもんだろ」


 今は本当の家族より、多くの時間を過ごしているんだから、なんてことないだろ。


「そうだけど、私だって年頃の女の子なの!」

 

 すぐにキレる暴力女のどこが年頃の女の子なんだよ。ならもう少しお淑やかにしろ!


「お前を女だって思ってねえから。心配するな」


 この言葉を言った瞬間、しまったと思ったが、時すでに遅しだった。杏奈の拳が俺にヒットした。

 手に足に忙しいやつだな。


「とにかくアンタじゃなくて、私の問題なの!」


 俺は仕方なくシングルの部屋をもう一部屋予約した。どうせこいつのことだから、ツインの方に泊まるんだろうな。






 迎えたファン感謝デー当日


 俺達はホテルからタクシーでオレンジドームに向かっていた。

 俺は緊張でカチコチになっていた。

 

 すると杏奈がねえこっち見てと言った。杏奈の方を向くと、今まで見たことがないくらいの変顔をしていた。

 

 俺はあまりの面白さに腹がよじれた。


 俺があまりに笑うものだから、運転手さんに静かにしてくださいと注意された。


 でも、杏奈のお陰でだいぶ緊張が解れた。


 オレンジドームに近づくと、開場まで時間があるというのに、道路まで長蛇の列ができていた。


 プロ野球の持つ力の大きさを実感した。


 関係者用入口の前でタクシーを降りて、杏奈と別れた。


 警備員さんに控室の場所を聞いてから、向かう。


 控室の入口には新入団育成選手控室と書いた紙が張ってあった。

 向かいの部屋は新入団支配下選手控室となっていた。


 部屋の中に入ると何人かの選手がすでにユニフォームに着替えて座っていた。


 岬選手と書かれた紙が椅子に張ってあった。

 その椅子のところに行くと、テーブルにはユニフォーム一式が準備されていた。

 ユニフォームの背には、211 MISAKI と書かれていた。このとき初めて俺は自分の背番号を知った。

 なんか意味でもあるのだろうか。


 俺も着替えて待っていると、続々と新入団の選手が入ってきた。


 俺は、こいつらが同期かと、ボーッと見ていた。


 全員が揃ったところで、一人の選手が話し出した。


「皆いいかな。これからチームメートになるわけだし、軽く自己紹介しないか。俺は内田裕基。内野手で神奈川の東光高校出身です」


 内田が自己紹介すると、皆が続いた。


 内田みたいなやつがリーダーとして同期を引っ張っていくんだと思った。

 それにしても同じ神奈川のやつがいたとは。なんか心強い。

 東光といえば今年甲子園で優勝した、超強豪チームだよな。


 俺の番がまわってきた。


「岬太一です。ポジションはピッチャーで神奈川東高校出身です」


 ドラフトの順位で自己紹介したので、俺が一番最後だった。


 俺は内田以外のやつの名前を覚えられなかった。


 自己紹介したあと、雑談していると、ある選手が言った。


「それにしても早速支配下と育成が分けられているよな。なんか壁を感じちゃうぜ。それにちらっと見えたけどあっちの控室はソファだったぜ。こっちはパイプ椅子だってのに」


 へぇ、こんなところにも差があるんだな。


「球団の方針は育成選手にハングリー精神をもたせることだからな。噂によるとユニフォームの素材すら違うらしいぜ」と別の選手が言った。


 えっ、ユニフォームの素材まで分けてるのか。


「こんなことされたら燃えないわけねえよな」


 みんながそうだなと賛同する。

 みんな根っからのスポーツマンだな。

 俺もプロ野球に入ったからには燃えている。



 予定ではファン感の一番最初に俺達のお披露目がある。


 時間になると職員さんが呼びに来た。


 俺達はグランドの入口に移動した。


 これから、指名順に名前を呼ばれて登場するらしい。


 同期が順番に呼ばれて、グラウンドに出ていく。

 スタンドからは割れんばかりの拍手が聞こえてきた。


 そして最後に俺の名前が呼ばれた。


「背番号211 みさき〜たいち〜」


 グラウンドに出ると、360度人人人だった。

 お客さんが米粒のように見える。


 こんだけの人を前にすると、また緊張がぶり返してきた。


 全員がステージに揃うと、指名順に挨拶と自己紹介が始まった。


 遂に俺の前のやつに順番がまわってきた。


 緊張がピークに達した。


 俺は心の中で客はカボチャだ、客はカボチャだと唱えた。


 すると会場中からどっと笑いがおきた。


 何事だと思った。


 すると隣のやつが俺のことを小突き、こそっと心の声漏れてるぞと教えてくれた。


 ヤバい。やらかした。マイクに「客はカボチャ」が拾われていたのだ。


 頭が真っ白で、その後、自分の自己紹介をどうしたのかは覚えていない。

 

 フォトセッションの間も俺はずっと気まずかった。


 その後は抽選で選ばれたファンのための、ファンが直接俺達に質問をするというイベントが行われた。


 やはり質問は支配下の選手に多く向けられた。

 けれども厄介なことに俺にも多く質問が来た。

 その大半は俺の経歴についてだった。

 カボチャのことをいじられなくてよかった。

 育成選手に多く質問が来ることを他の選手が面白く思うはずもなく、俺に質問が来るたびに、痛い視線を感じた。


 司会者が「これが最後の質問になります」と言った。

 「それでは二列目右から5番目の青いワンピースを着た方」と女の人を当てた。

 俺はその服装にとっても見覚えがあり、顔を見ると、やっぱり杏奈だった。


 杏奈にマイクが渡った。


「それではカボチャ君に質問します」


 あいつぶちかましてきやがった!


「同級生の女の子と同居しているらしいのですが、その女の子のことはどう思っているんですか」


 この質問に会場中がざわついた。

 

 あいつは俺をどこまで追い込めば気が済むんだ。

 あいつは俺にだけわかるようにニヤリと笑った。

 俺は、「そいつはドSの性悪女で、全く可愛げがないやつです」と言ってやりたかったが、流石にそれを言うわけにはいかない。


「そうですね。その子は俺が常に笑顔でいられることを望んでいて、緊張していたら変顔で笑わせてくれる、優しくて面白い子です」


 本当はこんなこと言いたくなかったが、あながち嘘ではなかったので、仕方なく言った。


 杏奈は満足気な表情をしていた。


 俺はその後、球団職員に「あの質問本当なの? 同棲ってこと? スキャンダルは困るよ!」と問い詰められたので、事情を話し、なんとかわかってもらった。

 

 あいつのせいで散々な目に遭った。


 その後も俺達はファンとのふれあい企画などに参加して、一日を終えた。


 とても長い一日だった。俺はとにかく疲れた。



 帰りは駅前のカフェで杏奈と待ち合わせた。

 球場の近くで合流して、ファンに見られると、よからぬ噂をされるかもしれないからだ。


 杏奈と合流してすぐに、俺は文句を言った。


 杏奈は「まぁまぁいいじゃないかカボチャ君」とまたもや俺をいじってきた。

 

 俺にはこれ以上怒る気力が残っていなかった。


 いつか絶対仕返ししてやると心に強く誓った。

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