ep14 俺と先輩
季節は進み、新たな年を迎えた。
俺は今、杏奈と山辺と一緒に神社に初詣に来ている。
参拝するのに長蛇の列ができていて、結局一時間も並んだ。
参拝を済ました俺達は杏奈の提案でおみくじを引くことになった。
俺の引いたおみくじは吉だった。
可もなく不可もなくってところかな。
下のそれぞれの運勢について読んでみると、転居に関しては西の方角がよし、仕事については謙虚にやれば報われるみたいなことが書いてあった。
これに関してはまずまずだろう。
杏奈と山辺はそれぞれどうだったんだろう。
二人に聞くと杏奈も俺と同じく吉で、山辺は大吉だった。
山辺は子どものように飛び跳ねて喜んだ。
ゴリゴリマッチョの大柄な男が飛び跳ねて喜んでる姿はあまりに可笑しかった。
周りの人からも注目されていたので、俺と杏奈はこの人とは関係ないですよオーラを出して、そっと山辺から離れた。
その後、山辺が絵馬を書きたいと言ったので、絵馬を書くことになった。
俺は何と書けばいいのか考えていた。
山辺の書いているのを覗き込むと、
「二桁勝利、新人王」と書いていた。
高卒一年目の目標にしては高すぎないか?
「お前の目標高すぎねえか? 一軍で初勝利とかじゃだめなのかよ」
「それじゃあ駄目だ。俺達はプロ野球選手になるんだ。お金をもらって仕事をするということだぞ。一年目だろうと、成果を上げないとだめに決まってる」
山辺は真剣な目をして言った。
普段おちゃらけている山辺からは考えられなかった。野球に関しての考えはすでにプロフェッショナルだと思った。
俺は山辺のことが、かっこいいと感じた。
俺もプロになるんだから、こいつの考えを見習わなければならないな。
でも野球素人の俺は、流石に一年目で活躍はできない。俺ができることはなんだろうか。
俺が書けずにいると山辺がアドバイスをくれた。
「育成選手の目標といえば、支配下登録だろうけど、お前は特殊だしなあ。そうだなあ、まずは実戦で投げることじゃねえか」
そうだな。打撃投手しかしたことがない俺にとってはそれが目標かもな。
決めた。俺は一年目で実戦デビューする。
俺は絵馬にこれを書いた。
ちなみに杏奈の願いは、バドミントンでインカレに出場することだった。
神社は、艶やかな着物を着た人などもいて、新年独特の雰囲気だった。
俺は一年で一番このときが好きかも。
参道には出店が多く出ていた。
山辺が「あっ、チョコバナナだ。こういう時しか買えねえ。俺買ってくる!」と言って走って買いに行った。
あいつの中身は本当に高校生なのか? 高校生の皮を被った幼稚園児だろ。 いや待てよ、それは幼稚園児に失礼か。
山辺は買ってくるとすぐにチョコバナナの写真を撮ってSNSにアップしていた。
すると山辺に女の子が声をかけてきた。
ここでもドライチは声をかけられるのか。流石だな。
「あの、スイーツ系インフルエンサーの【駿ニャンのスイーツダニャー】さんですよね。 いつも投稿見てます。一緒に写真お願いします」
この女の子は何を言ってるんだろう。
すると、杏奈も反応した。
「あの有名な駿ニャンのスイーツダニャーさんが駿くんだったの。私も投稿を参考にして、スイーツ食べに行っていたよ」
俺だけ話についていけなかった。
俺がキョトンとしていると、杏奈が説明してくれた。
「駿ニャンのスイーツダニャーはフォロワー数が20万人を超えるインフルエンサーで、おすすめスイーツを紹介している人だよ」
まさか、山辺にそんな裏の顔があったとは。
それにしてもネーミング可愛すぎだろ。
「そうだけど。顔出してないのになんで俺ってわかったの?」
山辺が女の子に聞いた。
「いつも写真に写っている特徴的なブレスレットをしていて、チョコバナナの写真を撮っていたので、もしかしてと思いました」
この女の子の観察眼はすごいなぁ。
山辺はシャークスのドライチと同一人物ということは黙っていて欲しいと頼むと、女の子はそもそも野球に興味がなくて知らないし、言うつもりもないと言っていた。
山辺は女の子と一緒に写真を撮ってあげた。
山辺の意外な一面を知った1日だった。
年が明けて数日が経過した。
俺には一つ気がかりなことがあった。
それは誠さんとあれ以来一切連絡が取れないことだ。
何回メッセージを送っても既読がつかない。
きっとブロックされている。
電話を何回もかけたが、一切繋がらなかった。
俺は先輩のことをプレーヤーとしても尊敬していたし、人柄も大好きだった。
だから、疎遠になってしまうのはとても悲しい。
俺はどうすればいいかわからなかったので、杏奈に相談してみた。
杏奈は「それは会いに行くしかないわね」と言った。
確かに手段はそれしかないかも。
けれども住所がわからないしな。
あっ、思い出した。
先輩が夏頃に使わないウェアを送ってくれたんだった。
その時の段ボール箱に住所が載っていたはず。
日曜日に俺は先輩に会いに行くことにした。
住所は、このアパートの二階だ。
俺は先輩の部屋のインターホンを鳴らす。
すぐに先輩の声がした。
「はい、川田です」
「俺です、先輩。岬です。話をさせてくれませんか」
俺が言うとすぐに「なんだお前か。俺は話したくないから帰ってくれ」と言われた。
「そこをなんとかお願いします」
俺は引き下がるわけにはいかない。
「前に言っただろ。バドを続けなければ二度と口は聞かないと」
そう言って切られてしまった。
その後、何回もインターホンを鳴らしたけども、出てはくれなかった。
俺は先輩が出てくるまで待つ覚悟を決めた。
やがて日が暮れ、夜になった。
1月の冷たい風が身にしみる。
厚着してきたが、もはや意味をなさない。
顔からは鼻水が滝のように溢れ、皮膚の感覚は無くなっていた。
ガチャッと音がして、ドアが開く。
先輩が出てきて、驚いたような顔をして言った。
「お前まさか。あれからずっと待っていたのか」
俺が頷くと、先輩は「仕方ないな、上がれ」と言って部屋に上げてくれた。
「どうして中に入れてくれたんですか? 口聞いてくれないはずなのに」
俺はつい聞いた。
「お前、自分の顔を鏡で見てみろよ。鼻水が垂れてて、顔真っ赤だぞ。俺はそんなやつを外に放置しておくほど鬼じゃない。お前の粘り勝ちだよ。話だけは聞いてやる」
先輩が俺に話すチャンスをくれた。
俺は佐藤さんが熱心に俺を誘ってくれたことや首をかけてまで俺の獲得を進言してくれたことを伝え、その熱意に報いたいと思っていることを話した。
先輩は口を開いた。
「俺はその佐藤さんに負けたってことだな。俺とその人は、野球でもバドでもダイヤの原石のお前を取り合っていたわけだ。そして、俺の熱意を彼が上回った。俺も男だ、潔く引くことにする。それにお前がバドから逃げて選択した道ではないとわかって安心した」
誠さんは男らしい人だ。
「最後に聞くがバドは好きか?」
「大好きです」
俺は屈託のない笑顔で答えることができた。
先輩が遅いから夜ご飯食べていけと、ご飯を作ってくれた。
先輩が料理するイメージはなかったが、作ってくれたご飯はめちゃくちゃ美味しかった。
「めちゃくちゃ美味しいです」と言ったら、「いつでも食べたくなったら来ていいぞ」と言ってくれた。
先輩はやっぱり優しい人だ。
帰り際、先輩が「一つ頼みがあるんだ」と言ってきた。
俺は「なんですか」と聞いた。
「お前が旅立つ前に、最後に俺とバドで試合してくれねえか。俺の中の踏ん切りと言うか、何と言うか。俺はお前と上の世界で戦うことを楽しみにしていたから、せめてお前の最後の相手は俺であってほしいんだ」
先輩からの提案は嬉しかった。
俺の引退試合としては、色んな意味でこれ以上の人はいない。
俺は「ぜひお願いします」と即答した。
こうして、俺がバドの引退試合に臨むことが決まった。
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