ep12 山辺とクレープ
月曜日の昼前に愛媛から神奈川に戻った。
この日は2日間の疲れが残っているだろうからと、あらかじめ学校は休みにしてもらった。
スパイダースに入団すること、契約を済ましたことを色んな人に伝えなければならない。
まずはおばさんに報告した。
おばさんは笑顔で祝福してくれた。
「ドラフト指名されたときのお祝いもまだだったわね。今度入団決定のお祝いも一緒にしましょう。そうだ、どこか美味しいものを食べに行きましょう。どこがいい」と言ってくれた。
俺の好きな食べ物は、シーザーサラダ、イタリアンサラダ、チョレギサラダ…
「とにかくいろんなサラダが食べられるところがいいです」と即答した。
アスリートとしてはこの好みはどうなんだろうか。
「サラダがいっぱい食べられるところ…難しいね。プロ野球の入団祝いがサラダなんて太一くんは面白いね」と笑われた。
今度は親父に電話した。
ちょうど昼休憩の時間だったので電話がつながった。
「もしもし俺だけど。昨日、スパイダースの秋季練習の見学に行って、スパイダースに入ることを決めたよ。それで契約も済ましてきた」
親父はわかったと言い。
少しの間無言だった。
「よし俺も吹っ切れた。お前のバドミントンに未練はない。野球に進むからには全力で応援するし、お前も必ずトッププレーヤーになるんだぞ」
親父は俺の決断を尊重してくれた。
きっと葛藤もあっただろうけど、俺の進む道を応援してくれるのはとても嬉しい。
親父との電話の後は母さんにも電話をかけた。
母さんも親父と同じように応援すると言っていた。
誠先輩は電話に出なかったから、LINEで連絡したけど、既読スルーされた。
普段なら既読がついたら5分以内には必ず帰ってきたが、何時間経っても返ってこなかった。
これは先輩相当怒ってるな。
そう感じた俺は何回も電話を試みたがつながることはなかった。
4時を過ぎたとき杏奈が帰ってきた。
杏奈はノックもせず俺の部屋に入ってきた。
部屋に入ってくると同時に「太一お土産頂戴」と言った。
一言目がそれかよと俺は呆れた。
仕方がないから俺は愛媛で買ったご当地キャラのぬいぐるみを渡した。
これがなかなかの大きさで持って帰ってくるのに苦労した。
杏奈のためにそこまでするなんて、自分は本当に優しいと心の中で自画自賛した。
「俺、スパイダースに入ることにしたよ」
俺は杏奈にも直接報告する。
「へぇ、そうなんだ。頑張りな」
杏奈の反応は意外すぎるほどあっさりしていた。
「えらいあっさりしてんな。お前はどう思うんだよ」
思わず俺は言った。
「自分で決めたことだし、頑張るしかないんじゃない。それに、この間言ったでしょ、私は太一が笑顔でいてくれればそれでいいって。恥ずかしいんだから何回も言わせないで!」
そう言うと杏奈は顔を赤らめた。
俺はこのとき杏奈にも可愛いところがあるなと不覚にも思った。
俺は山辺にも電話した。
俺が報告すると、「おめでとう。来年からは同じ世界で頑張ろうな」と言ってくれた。
その後、山辺は突然クレープが食べたいから一緒に食べに行こうと誘ってきた。
そういえばあいつは大の甘党だったな。
俺は一緒に行ってやることにした。
俺は今原宿を歩いている。
まさか、クレープを食べるためだけに原宿に来るとは思わなかった。
山辺いわく色んな店のクレープが食べたいから原宿まで行こうということだった。
俺は拒否したが、半ば強引につれてこられた。
大柄な男二人がクレープを持って原宿を闊歩する。
周りはリア充ばかりなのに、なんで俺の隣はむさ苦しい男なんだよ。コンチクショー!
山辺はSNSで流行りの店をあらかじめチェックしていた。
お前はJKか!と心で突っ込む。
なんとなく言葉も女みたいになったような。
流石にそれはないか(笑)。
結局5軒もの店をはしごした。
俺は口の中が甘すぎて途中でギブした。
山辺はいちいち写真を撮っては、すぐさまSNSにアップしていた。
もしかしてこいつは女子力が高いのかもしれない。
帰るために駅に向かって歩いていると、
「すみません。シャークスに指名された山辺君ですよね」と女子高生が山辺に声をかけた。
彼女はサインと握手を求めていた。
山辺は快く応じた。
彼女はもちろん俺には声すらかけてこなかった。
俺はドラフト1位の凄さを目の当たりにした。
山辺は下心丸出しでお茶に誘ったが、時間がないのでと、敢え無く撃沈した。
けれどもあいつはちゃっかりしていて、連絡先をゲットしていた。
「そういえば、お前は仮契約済ませたのか?」
俺はふと気になったので帰りの電車で聞いた。
「昨日俺も仮契約済ませたぞ。契約金とか年俸を見て目眩がしたわ」
そんなにドライチの契約はすごいのか。
「いくらだったんだよ」
下衆いかもしれないが、俺は聞いた。
「あんまり大きな声では言えないけど、契約金1億、年俸1600万で、一応出来高までつくらしい」
嘘だろ!
驚きで大きな声を上げそうになったが、なんとか寸前で止めた。
俺なんか支度金300万、年俸300万だ。
スタートラインが違いすぎる。
「まぁ、税金で半分くらい持ってかれるけどな。お前の年俸だと気にする必要はないぞ」と山辺は笑った。
余計なお世話だ!
「話は変わるけど、プロの練習はどうだった」と山辺が聞いてきた。
俺は一つ一つの練習に衝撃を受けたことを話した。
「一番すごいと感じたのは、ピッチャーの球かな。プルペンを見学したけどすごかった」
俺の中ではとにかくボールの速さと強さが印象に残っていた。
「誰が投げてたんだ」
誰だったっけ。
「そうそう、白石さんって人と、常田さんって人だったよ」
「そりゃあすげえな。ふたりはスパイダースの左右のエースじゃねえか。けど、お前の口ぶりだと、まさか二人を知らなかったのか」
「最近野球に興味を持ち始めたから知らない」と答えると。
「お前は野球に関して何を知っているんだ」と呆れられた。
「じゃあ、プロ野球は何球団あるか知ってるか」と聞かれた。
俺は当てずっぽうで16球団と答えたら、山辺は言葉を失っていた。
「流石にプロになるやつがこの知識なのはやばいだろ。ある程度スパイダースの選手についても知っておかないと、失礼なことを言うかもしれねえし」と山辺が言った。
先輩について知らないのはヤバいかもしれない。
「そういえば、杏奈ちゃんは結構野球詳しかったな。今日から毎日彼女に野球に関して教えてもらえ。なんとかして週末のファン感謝祭と新入団発表には間に合わすんだ」
杏奈に頼み事をするのはなんか癪に触るし、とてつもない見返りを求めてきそうだけど、背に腹は代えられないな。
その日の夜、杏奈に頼むと、毎日スイーツを奢ってくれるならいいよと言ってきた。
やっぱりこの女は欲でまみれている。
その日の夜から杏奈の野球知識教室が始まった。
杏奈はドSなので、教わったことを復習で答えられなかったりすると罵詈雑言がとんできた。
けれども、このおかげでスパイダースの選手とプロ野球のシステムなどについて、ある程度理解して覚えることができた。
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