野球部の手伝いを嫌々していたら、なぜかドラフトで指名されました

あまがみ てん

プロ入りまで

ep1 ボランティアという名の強制労働

 秋を感じる風が吹き出した、10月のある日。


 カキーン、カキーンと乾いた打球音がグランドに響く。

 県立神奈川東高校のグランドでは野球部の練習が行われている。

 現在、俺は野球部のバッター相手にバッティングピッチャーをしている。

 我ながら不細工でぎこちないフォームだと思うが、淡々とキャッチャーに出されたサイン通りに変化球を投げ込む。

 お世辞にもコントロールがいいとは言えない。

 しかしまあ野球部というのはすごいもので気持ちがいいくらい打球を飛ばす。

 ここまで飛ばしてもらうと、とても清々しい気持ちになってくる。


 ピッチャーが投げる練習をするところをブルペンというらしいが、そのブルペンでは俺と同じクラスで野球部エースの山辺が投球練習をしていた。 

 その後ろにはスーツ姿の多くの人が彼に熱い視線をおくっていた。

 スーツ姿の人たちはプロ野球のスカウトだと後輩から教えてもらった。

 山辺は今年のドラフト会議の注目選手らしい。


 今年の夏、うちの高校は野球の激戦区と言われる神奈川でベスト4まで勝ち進んだ。

 これは学校始まって以来の快挙で、その快進撃の中心にいたのが山辺である。

 山辺は最速150キロを超えるストレートに鋭く落ちるフォークを武器にした本格派の右腕だ。

 夏の大会ではすべての試合を投げきり、失点は準決勝で取られた1点のみだった。 

 しかしながら、準決勝で、うちの打線はプロ注目のピッチャー赤井を打ち崩せずに完封負けを喫した。

 結局赤井のいる東光が神奈川大会を優勝し、甲子園でも勢いそのままに勝ち進み見事二年連続の全国制覇という偉業を成し遂げたのだった。

 ちなみにこれらの話もすべて野球部の後輩の田中に教えてもらった。


 ここまでで、俺が野球や野球部のことに無頓着で無知なことに違和感を抱くかも知れないが。

 俺は野球部ではないのだ。

 ではなぜ俺が野球部の練習に入っているか簡単に説明しよう。

 これはボランティアという名の強制労働なのである。

 遡ること2年半前。

 俺の実家は高校すらない田舎町だった。俺の家から一番近い高校でもバス、電車で1時間もかかるところだった。

 おまけにバス停までは徒歩30分もかかる。

 そこで俺は考えた。どうせなら都会の高校に進学しようと。

 この話を俺は親父にした。 

 そしたら、親父の知り合いに山田のおじさんという人がいて、その人が神奈川東高校で教員をやっているから3年間面倒をみてやってくれないかと頼んでくれることになった。

 山田のおじさんはこの話を快諾してくれた。

 無事に神奈川東高校に合格した俺は3年間山田のおじさんの家に下宿させてもらっている。

 山田のおじさんはこの野球部の監督をしている。

 夏の大会が終わり3年生が引退した今、部活は人手不足なのである。

 そこで居候という立場の弱い俺は強制労…ボランティアをしているのだ。



 それにしても山辺はすごいなあ。

 連日取材やらスカウトが大勢来ている。将来の成功が約束されているみたいだ。


 実は、山辺とは同じクラスで隣の席で結構仲が良い。

 あいつも俺もいつも下ネタや下衆な話をして、周りの女子をドン引きさせているのに、どこでこんな差がついたのだろうか。


 もしドラフトであいつが指名されて、友達として取材を受けたらいろいろ暴露してやろうかな笑。  


 そんな不純なことを考えながら、バッター相手に投げ込んでいたら、

「おい太一ちょっとこい」

 山田のおじさん、いや、山田監督に俺は呼ばれた。

 ちなみに俺の名前は岬太一という。 

 監督のところに行くと、

「ちょっと話があるんだが、監督室でしよう」

と言われ、監督室まで一緒に行くことになった。

 わざわざ監督室で話をするなんて、おこられるのかな。

 思い当たる節は数え切れないほどあるけど、最近のことだと…!!!もしかして、あのことがバレたか。 

 これは相当ヤバいぞ。

 実は昨日の夜、普段奴隷のようにこき使われている仕返しに、監督の育毛剤の中身を脱毛剤にすり替えたんだ。

 冷静に考えれば流石にすぐにバレるし、相当怒るに違いないことだった。

 ちなみに、普通の人から見ると監督の髪の毛はもう手遅れだ。

 なのに、無駄な足掻きを2年間も続けている。


 俺は覚悟を決めて監督室に入った。

 監督が先にソファに座り、その向かいに俺は座った。


「実はなあお前に書いてほしい書類があるんだ」


 監督の言葉に俺はホッとした。

 怒られるわけじゃないんだ。


「二枚あるんだがまずは一枚」


 そう言って監督が出したのは入部届だった。

 俺はびっくりした。

 3年の10月に入部届を書くことになるとは。


「なんで今さら野球部に入部するの」


 つい俺は家のようにタメ口を使ってしまった。


「まあ後で説明する」


 俺はとりあえず記入した。


「もう一枚は、これだ」


 そう言って出された紙には、プロ野球志望届と書いてあった。


「これはなんの冗談なのおじさん」


 驚きのあまり俺は言った。


「実はな、名前は言えないがお前に興味を持った球団があるんだ。その球団も山辺を目当てにうちに通っていたんだけど、ある時あまりにも不格好で初心者みたいな投げ方のお前に目が止まったそうだ。実際お前はずぶの素人なんだがな(笑)。それでお前のことを聞かれたので、お前の経歴とかいろいろ話をしたんだ」


「でも何で俺なんかに興味を持ったんだろう」


「その理由として聞いたのは、2つある。一つはお前の常人離れした手先の器用さだ。素人は普通一回教えてもらっただけで変化球はマスターできないし、プロでも人によって投げられる球種、投げられない球種がある。だけどお前はどんな球種でも教えてもらったらすぐに投げれてしまう。これは異常なことだ」


そう言われて見ると俺は裁縫も得意だし、昔から器用な方だったな。


「そしてもう一つはお前の身長だ。お前は196cmと日本人離れした身長だからそこに目をつけたらしい。ピッチャーにとって身長は大きなアドバンテージになる。投げる角度もつくし、投げるポイントも打者に近づく」


 野球素人の俺のためにおじさんが高身長の利点を教えてくれた。


だが俺には一つの疑問が浮かんだ。


「でも、おれ異常なほど痩せてるけど大丈夫なの」


 実は俺は196cmの身長にもかかわらず、体重は60kgしかないのだ。

 この伸長における標準体重まで約25kgも足りない。

 俺は昔から食べることが大の苦手なんだ。

「確かにお前には体重という弱点がある。いや、他にも弱点だらけだな。挙げ出したらきりが無い程にな(笑)。しかし今回お話をくださった球団は育成に力を入れている。そういう球団は育成選手で一芸に秀でた選手を獲得する傾向があるんだ。もちろんお前も支配下ではなく育成選手としての獲得を検討されている」


 支配下とか育成とか言われてもよくわからない。 

 しかし俺はこの話にびっくりしすぎで聞く余裕がなかった。


「まあ、よくわからないけど、俺の器用さと身長にが理由ということなんだ。わかったこの紙に記入するよ」


 そう言って俺はプロ野球志望届にサインした。


「ありがとな。ただしこれはドラフトで指名される可能性があるということに過ぎない。先方もおっしゃっていたが、お前を指名できる可能性は25%くらいだ。あまり過度な期待をせずにいてほしい」


「わかった。まあ元々大学に行くつもりだし」


「あと、この話は誰にも言わないでほしいらしい。お前はドラフトの隠し玉的な存在で、もしこの話がバレたら先方の球団の指名戦略に影響が出るかもしれないから」


「わかった。そう言えばなんで入部届も書いたの」


「プロ志望届は野球部の部員が出すものなんだ。だから、形だけ一旦野球部に入部してもらわないといけないんだよ」


「あーなるほど」


そうして監督との話は終わった。



 グランドに戻ると間もなく練習が終わった。

 部室に戻ると後輩やら練習を手伝いに来ている同級生に監督に呼ばれた理由を聞かれたが、うまくごまかせたと思う。


 俺は帰る方向が同じ山辺と一緒に部室を出た。

「駿はいいよな野球の才能があって、将来の成功が約束されているんだから」


 俺と山辺は普段から下の名前で呼び合っている。


「何だよ急に。お前だってすごいだろ」


 山辺は校舎を指差しながら言った。


 そこには【男子バドミントン部岬太一君インターハイ優勝おめでとう】と書いてある。

 何回見てもこれは恥ずかしい。

 そう俺はバドミントン部に所属している。

 しかも俺はバドミントンが上手い。少なくとも今の高校生の中では一番だ。

 垂れ幕にされるのは恥ずかしいが同時にとても誇らしい。

 実はこの高校はバドミントンに力を入れていることでそこそこ有名だ。

 俺は小さい頃からバドをやっていて、中学の頃から界隈では名が知れていた。

 いくつかの高校から声がかかったがおじさんが教員をしているというのもあって、ここを選んだ。


「確かにインターハイで優勝したけど、おれはすごくないよ。だってあの人に一回も勝てなかったんだから」


 あの人とは俺の一学年上の川田誠先輩のことだ。

 先輩は3年連続インターハイ優勝という史上初の偉業を成し遂げた。

 俺は部内の練習を含めて一回も先輩に勝てたことはなかった。

 俺がインターハイで優勝できたのも先輩がいなくなったからだ。


「まあ、あの人は別格過ぎて、もはや伝説だからな。あまり気にするな。あの人を越えられなくても、バドミントンで食っていけるだけの実力があるんだからお前には」


「それじゃあダメなんだよ。俺はとにかく一番になりたいんだ。一番じゃなきゃ駄目なんだ。だけど今の俺は、これから先もあの人を越える自身が無いんだ」


「そうなのか。まあ将来のことはゆっくり考えろ。今は残りの高校生活を楽しもうぜ。」


「そうだなそうしよう」


「そう言えばこないだめっちゃエロいエロ本見つけたんだよ。今度貸してやるわ」


「何でお前はエロしか頭にないんだ」


「お前もだろ。エロ本貸さなくていいのか」


「いや、貸して(笑)」


 こうして俺達は馬鹿なことを言い合いながら帰ったのだった。



 その夜


「太一、貴様俺の育毛剤に脱毛剤入れやがったなー!許さん!」ボコッボコッ


 俺は鉄拳制裁を食らったのだった。

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