ep2 新たなる発見

 志望届を出してから数日が経過したある日の休み時間


「太一、杏奈ちゃんが呼んでるぞー」


 山辺に呼ばれて教室の入口を見ると、山田監督の娘の杏奈が俺を手招きしていたから、俺は杏奈の待っている廊下に行った。


「どうしたー」


「太一、今日家にお弁当忘れてたでしょ。相変わらずドジで馬鹿だね」


 そう言って俺の弁当箱を差し出してきた。


「馬鹿は余分だ!でも助かった。サンキュー」


「あとさ、太一、今日部活いかない?今日は野球部の手伝いない日でしょ」


 最近顔出してないし、行ってみてもいいかもな。


「オーケー。じゃあ放課後体育館でな」



 放課後、俺がバド部の部室に入ると後輩の加藤が俺のところに駆け寄ってきた


「めっちゃ久しぶりっすね太一先輩。野球部の下僕はどうっすか?」


 こいつは相変わらず先輩へのリスペクトがないやつだ。


「下僕じゃねーわ。毎日のように投げさせられて体パッキパキだし体力が持たん」


「相変わらず先輩体力ないっすねー」


 先輩に対して失礼なことをどんどん言ってくるが、確かに俺は体力がない。消耗戦は苦手だ。


「お前はサボらずちゃんと練習してるのか」


「ちゃんとしてますよ!失礼な。この間の部内戦すべてストレート勝ちしましたから」


「それは頼もしいな」


 加藤は部内では敵なし状態だ。

 こんなやつだが、3年生が現役の頃も俺の次に強かった。 

 その証拠に1回戦で負けてしまったが今年のインターハイにも出場している。

 まあ、俺が2年の頃はベスト8まで勝ち進んだけど。


「そうだ久しぶりに先輩も顔を出してくれたし、久々に勝負しましょう。賭けるのはいつものあれで」


「またあれを賭けるのか。お前ももの好きだな」


 加藤が言うあれとは杏奈の連絡先のことだ。

 部内で戦う時あいつはいつもこれを賭けてくる。

 杏奈はとにかく負けず嫌いで気が強く、男勝りだ。

 こんな女のどこがいいのか俺には一生わからないと思う。


「俺が勝ったらいつも通りコンビニで500円奢りな」


「わかりました。じゃあ練習後に試合ということで。今日こそは勝たせてもらいます」


「のぞむところだ。今まで俺から1ゲームも取ったことがないんだから、1ゲームぐらい取ってくれよな(笑)」



 練習中は後輩からアドバイスを求められることが多かった。

 俺が伝えられることは惜しみなく教えた。



 そして練習後


「早速やりましょう先輩」


 加藤は俺との勝負が待ち切れないようだった。


「まあ焦るな。まあでもそろそろ始めようか」


 それぞれのコートに俺と加藤が入る。


 ゲームが始まった。


 久しぶりにやるバドミントンは、純粋に楽しかった。

 スコーン、スコーンというシャトルとラケットが当たる音が懐かしく、心地よい。

 試合は俺のペースで進んだ。

 俺のプレースタイルはすべてのショットをフルに駆使して、相手に揺さぶりをかける戦法だ。

 一方で加藤は、パワーで押してくるタイプだ。

 現役の頃は俺のスマッシュはあまり速くなく、スマッシュの威力では加藤に負けていた。

 しかしながら引退したときよりも俺のスマッシュの威力は上がった気がする。


 第一ゲーム20-15でむかえた俺のマッチポイント。


 俺がスマッシュを打つように見せかけてドロップショットを打つと加藤は体勢を崩しながら前に出てきてヘアピンを打ってきた。 

 これは俺の狙い通りだった。

 俺は攻撃的なアタックロブでコートギリギリを狙った。

 加藤は全力で後ろに下がるが、あと一歩のところで追いつかなかった。

 シャトルはライン上に落ちた。完璧なショットだった。


「相変わらず先輩のコントロールと揺さぶりはすごいです。だけど次のゲームこそ取ります」


「まあ頑張れ」


 俺達は短く言葉を交わした。


 第二ゲーム


 俺はこのゲームで攻撃スタイルを大きく変えてみた。

 それはスマッシュを多用する攻撃的なスタイルにすることだった。

 第一ゲームで俺はある確信を持った。

 それは俺のスマッシュの威力は増しているということだ。

 せっかくなら1ゲーム余裕のあるこの状況で試してみたかった。


 いつものコントロールは無いが、スマッシュの打ち合いに持ち込めた。

 だが、ここでスタミナの無さが露呈する。

 全力で打つスマッシュは体力を多く消耗するのだ。


 結局このゲームは19-21で惜しくも取られてしまった。

 だが、俺は満足している。

 新しい攻撃パターンに手応えを掴めたからだ。


 迎えた第三ゲーム


 俺はいつもの自分の攻撃パターンに戻し、危なげなくこのゲームを取った。


 結果は

21-15

19-21

21-18

で俺の勝利だった。

 だが確実に加藤は成長していると実感した。

 それはパワー、コントロール、戦術のすべての面で大きくレベルアップしていた。


 試合後


「今回も先輩に負けました。まだまだですね俺は」


「確かに俺は勝ったけど、お前は確実に成長していると実感したぞ。あと俺から1ゲーム取ったしな。それは嬉しくないのか」


「成長していると言ってもらえたのは素直に嬉しいですけど、1ゲーム取れたのは先輩があのゲームだけ攻撃的なスタイルに変えたからですよ。あと、あのゲームは先輩に体力があったら俺は押し負けてましたよ。先輩のスマッシュの威力は格段に上がってます!」


「本当か。それは嬉しいな」


「バドの練習してないのになんでスマッシュの威力が上がったんですか?」


「俺にも確かなことはわからないけど、多分野球部の手伝いのおかげだよ。ピッチャーで腕を振る動作はバドの動きと似ているだろ。それを毎日何百回もやってたから腕が鍛えられたみたいなんだ」


「なるほど。別の競技の動きでもバドにつながることはあるんですね」


「そうだな。しかし、残念だったな杏奈の連絡先ゲットできなくて」


「仕方ないです。また精進します。約束通り先輩にコンビニで500円分奢ります」


「それなんだけど。今回はいいよ。1ゲーム取られたことだし」


「マジすか。ヤッター」


 こうして俺の久々のバドの試合は幕を閉じた。

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