ep3 運命のドラフト会議

 10月26日木曜日ドラフト会議当日


 いよいよドラフト会議当日を迎えた。 

 いつも通り登校し、午前最後の授業中である。

 俺は全然緊張もしていない。 

 なぜならば指名される確率がとにかく低いからだ。

 こんなことを言うのは不謹慎かもしれないが正直指名されなくてもいいという気持ちも心の奥底にある気がする。

 前よりは野球に興味を持ち始めたが、熱量は大きくはない。


 しかしながら今日は学校全体が不思議と張り詰めた空気だ。

 おそらくそれは山辺のせいだろう。

 史上始めてうちからプロ野球選手が誕生しそうだと言うこと、しかもそれがドラフト1位の可能性が高いとなるとこの空気感も納得だ。


 張本人の山辺はというと、いつも通り能天気な感じだ。

 こいつが緊張する姿は想像できない。


 しかし朝からこいつに近づこうとする人はいなかった。


 キンコーンカンコーン


 チャイムが鳴り授業が終わった。いまから昼休みだ。


「太一、飯食おうぜ。俺今日はなんだかめっちゃ腹減ってんだ」

 山辺が声をかけてきた。


「そうだな。そういえば今日はドラフトだな。不思議とお前に声を掛ける人がいないな今日は(笑)」


「そうなんだよ。寂しいったらありゃしない」


 バシッ「よう。お二人さん。調子はどう」


 杏奈が俺の頭を叩きながら俺の前に座る。


「痛ーなこの野郎。あとで仕返ししてやる」


「やれるものならやってみな。この小心者」


「なんだとー」


「まぁまぁ二人共やめろよ。杏奈ちゃんも久しぶりに一緒にどう」


「駿君ならそう言ってくれると思って弁当持ってきちゃいましたー」


 杏奈が得意げに弁当を出す。本当に調子のいいやつだ。


「野球部の今日の予定ってどうなってるの」


 杏奈が言った。

 確かに俺も気になる。

 おじさんとは家で野球や野球部について話すことはほとんどない。

 俺が志望届出したことについても出して以降話したことはない。

 だから、今日の野球部の動きとかも全く知らない。

 ちなみに俺は一応家でドラフトをテレビ観覧するつもりだ。


「今日もいつも通り練習をしてから、野球部全員で多目的教室に集まってドラフトを観る予定だよ。俺も軽く体は動かそうかなって思ってる」


「そうなんだ。いつも通りにしてたほうが緊張しないしね」


「こいつは緊張なんてするようなたまじゃないよ」


「あんたは黙ってて」


「俺も一応少しは緊張してるんだぞ」


「またまたー。今日もいつも通り能天気じゃないっすか」


 そんなこんなで他愛もない話をして昼休みは過ぎていった。




 迎えた放課後


 多目的教室の前を通ると教室の中にはテレビ局のスタッフさんたちが大勢いて、テレビカメラも何台もセッティングしてあった。


 それにしてもすごい注目度だと改めて思う。

 そういえば今日の朝刊に各球団ドラフト一位指名予想なるものが載っていた。

 それによれば山辺は2球団から入札があると予想されていた。



 俺はバド部の同級生と駄弁ったあと家に帰った。


 珍しく杏奈が先に帰っていた。


「ただいま。お前今日は早いんだな」


「当たり前でしょ。うちの学校初めてのプロ野球選手が誕生する瞬間を見届けたいし」


「厳密には交渉権獲得だから、まだプロ野球選手になったわけじゃないぞ」


「うるさい!屁理屈言うなバカ太一」


「はいはい。そろそろ始まるんじゃねえか」


「そうだね。テレビつけようか」


 杏奈がテレビをつけ、チャンネルをCSに設定すると、間もなくして一位指名の発表が始まった。


 3球団目でその時はやってきた。


 第一巡選択希望選手


 横浜 山辺 駿 投手 神奈川県立神奈川東高等学校


「キャー。横浜に一位指名されたよ駿君」

 

 耳を劈く声で杏奈が言った。


 そういえば朝刊で横浜は別の選手が指名予想だったな。

 これは地元選手のサプライズ指名だな。

 俺も少し驚いた。


 そして予想されていた2つの球団からも山辺は指名された。


「それでは山辺選手の抽選を行います。指名した球団の代表者はステージへお越しください」

司会のアナウンスが流れる。


 そして3球団の代表者が壇上に上がる。


 順番にくじを箱の中から引いていく。


 俺の隣では杏奈がずっと「横浜引け、横浜引け」と手を合わせて念じている。


 全員が引き終わりくじを開封する。


 一番にくじを開いたのは横浜だった。


 そして次の瞬間大きくガッツポーズ。


「キャーやったー」


 杏奈がまたも絶叫する。


「よかったね太一。地元だから応援行けるよ」


「そうだな。お前の願いが通じたな」



 くじを引き当てた監督のインタビューが始まる。


「夏の大会で山辺君を見たときから今年のドライチは山辺君と決めていました。我々とともに日本一を目指しましょう。横浜シャークスで待ってます!」


 そしてテレビはうちの学校との中継に切り替わった。


 野球部員の熱気と興奮がテレビからでも十分に伝わってきた。

 そして、山辺と監督の目には涙が浮かんでいた。

 二人共思うところがあるのだろう。

 そして二人は抱き合った。

 なんだか俺も目頭が熱くなった気がする。


 テレビでは次の抽選が始まった。


 ドラフト会議は順調に進んでいった。

 そして始まってから1時間半後、残った最後の球団が選択を終了した。


「もうテレビ消していいよね。もう見ないでしょ」


「いや俺は育成選手の指名も見ようかな」


「太一が野球関連のことに興味を持つなんて珍しい」


「まあ俺も野球部の手伝いしてるしな」


「ふ~ん。せっかくだし私も一緒に見よ」



 育成選手ドラフトは参加しなかった3球団を除く9球団で行われた。


 5巡目が終わって指名を続けている球団は残り2球団だった。

 俺は流石に指名されることはないと思った。


 育成10巡目で1球団が指名を終了した。


 そして、残る1球団が11巡目の選手を指名した。

 流石にこれで終わりだと思い、アナウンスに耳を傾けた。


 第十二順目選択希望選手 四国 岬 太一 神奈川県立神奈川東高等学校


 俺はその瞬間頭が真っ白になった。





「聞いてる。ねぇ、ねぇってば」バコーン頭を強く叩かれ、我に返った。


 テレビからは選択終了という言葉が聞こえてきた。


「どういうことなの太一。これってあんたが指名されたってことだよね」


「俺にもわかんねえよ」


「そもそも志望届出してないでしょ。でも指名されてるし。意味わかんない」


「いや実は志望届は出してた」


「なんで言ってくれないの。そもそもなんであんたが志望届出してんの」


「2週間くらい前に野球部の練習を手伝っていて、その時おじさんに呼ばれたんだ。そしたら、ある球団が俺の手先の器用さと身長の高さに目をつけて、指名を検討しているって話をされた。でも確率は低いって聞いてたから俺も今ビックリしてんだ」


「なるほど。これはおめでとうってことでいいんだよね?」


「なんで疑問形なんだよ(笑)」



 そんなふうに話していると、俺の携帯がなった。

 おじさんからの電話だ。


「もしもし太一。今すぐ学校に来てくれ。会見してもらうから」


「育成でも会見すんの」


「そうみたいだ。とにかく急いでくれ」


 俺は急いで制服に着替えて家を出た。

 なぜか杏奈も付いて来た。


 学校につくとおじさんに促されるまま会見場に入った。

 会見場に入ると数台のカメラと数人の記者さんが俺を待っていた。

 どうやら山辺の会見を取材したあと、片付けをしていたら俺が指名されて急遽、再度会見を行うことになったらしい。


 会見が始まった。


「指名された今のお気持ちを率直にお願いします」


「えー自分でも驚いています。それしかないです」


「指名された瞬間はどうでしたか」


「頭が真っ白になりました。人生でこんな体験は初めてです」


「情報によるとバドミントンでインターハイ優勝しておられますが、野球もずっと続けておられたということでしょうか」


「いえ、野球自体は素人で、バドミントン部を引退したあとに野球部の手伝いをしていただけです」


 この発言のあと会見場の空気が固まったのがわかった。

 でも仕方がない。

 事実なんだから。


 このあとも色々聞かれたが、はっきりとは覚えていない。


 会見が終わるとおじさんが近づいてきた。


「おつかれ。まさか指名されるとは。俺も驚いているよ」


「まさかだよね。私もびっくりした」


 杏奈いたのか。俺は君にびっくりしたよ。


「まあ今日はかえってゆっくり休め」


「そうするよ」



 校舎を出ると一度解散になった野球部員たちが再び集まっていた。

 その中には山辺もいた。

 部員たちは困惑していたから、俺が事情を話すとみんなが祝ってくれた。

 そして、人生初の胴上げというものも経験した。

 あれは想像以上に怖かった。



 家に帰ると、杏奈のお母さんにも祝福された。    

 また今度お祝いをしてくれるらしい。



 俺はこの日は想像以上に疲れたから、夜はすぐに眠りについた。

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