ep4 親子の会話
ドラフト会議翌日
「太一起きろーーー!」バコッ
杏奈のバカでかい声と共に鳩尾に鋭い痛みを感じる。
あまりの痛みにしばらく息ができなかった。
「なにすんだ暴力女!」
「起きないあんたが悪いんでしょ」
「鳩尾殴る必要はないじゃねーか!」
「とにかく起きられたからいいじゃない。何回声かけても起きなかったし。寝坊だよ太一」
そう言われて時計を見るといつも起きる時間より20分も遅かった。
昨日の疲れで深く眠ってしまっていたようだ。
鳩尾を殴る必要は全く感じられないが、言い争っている時間もないので、急いで体を起こし、ベットから出る。
顔を洗ってダイニングに行くとすでにおじさんが朝食を食べていた。
俺と杏奈も座ってご飯を食べる。
この家の朝食メニューはほぼ決まっていて、納豆、焼き魚、卵焼き、味噌汁、ご飯と和食である。
おばさんの作る料理は何でも美味しい。
2年半一緒に生活しているから、俺にとっては第二の家族だと思っている。
朝食を食べ終わり一息ついていると、杏奈が徐ろになにかを取り出した。
「ねぇ見て見て。このスポーツ誌の一面駿君だよ」
「どうしたんだよそれ」
「朝からコンビニ行って買って来たんだよ。駿君が指名されたの私も嬉しくて。私駿君のファンだから。太一も読んだら?」
そう言って新聞を渡された。
そこには駿の写真が大きく載っていた。
見出しは【横浜地元の逸材を引き当てる】だった。
記事には監督のコメント、スカウトのインタビュー、山辺の会見について詳細が書かれていた。
スカウトのコメントによると駿が無名だった頃から熱心に追っていたみたいで、ずいぶん早い段階には1位指名することを決めていたみたい。
やっぱ駿はすげーんだなと俺は実感した。
紙面をめくっていくと、ある記事に目が止まった。
そこには【育成ドラフト最後の指名はなんとバドミントン選手】という見出しで俺のことが書かれていた。
育成指名なのに支配下指名の人と同じくらいのスペースを使われていた。
「あーもうこんな時間。太一急いで準備しなきゃ遅刻しちゃう」
杏奈と俺は急いで準備をして学校に向かった。
学校に着くと俺の教室の前の廊下に人だかりができていた。
その人だかりの視線の先には山辺がいた。
まあ予想はしていた。
そりゃあ3球団競合の選手を生で見たいという気持ちも当たり前だろう。
俺は人だかりを抜けてなんとか自分の席までたどり着いた。
「よお!3球団競合ドライチ様。こんなに注目されてさぞ気持ちいいんでしょうね」
俺は少しいじってみた
「なわけあるか!微妙な距離から見られて落ち着かないわ。声かけてくれた方がよっぽどいいわ」
「そういうもんか。昨日の夜はよく眠れたか?」
「全然。色んな人からLINEが来るから、返信してたら夜中の3時だった。お陰で寝不足極まりない」
「あーLINEか。俺ドラフトのあと一切スマホ見てないわ」
「まじかよ。見てみろよ。多分やべーから」
「そうするわ」
そう言ってスマホを見てみるとLINEが百件以上来ていた。
それ以外に親父からめちゃくちゃ着信が入っていた。
そういえば何も言ってなかったし授業終わったら電話するか。
着信履歴を見てみると知らない番号からの着信が二件入っていた。
どちらも携帯電話からの着信だった。
これも後でかけてみなきゃな。
この日の授業は終始眠かったが、なんとか寝ずに耐えた。
一方で山辺は思いっきり爆睡していた。
いいよなあこいつは神経が図太くて。
まあでも、それくらいメンタルが強くなければドライチにはなれないのかもな。
放課後
今日は野球部の手伝いをしなくてもいいと言われたので、早速親父に電話してみた。
「もしもし、太一か。お前どういうことだこれは」
開口一番親父が聞いてきた。まあ当たり前だよな。
「どうもこうもないよ。プロ野球チームに育成ドラフトで指名されたの。それだけ」
「お前に野球なんかやらせた覚えないぞ!こうなった経緯をきちんと説明しなさい」
なんだか親父は怒っているように感じた。
そりゃなにも聞かされてないから仕方ないか。
俺はこの数ヶ月にあったことをざっくりとだけど話した。
「しかしまあ、そんなところに目をつけるんだなプロ野球のスカウトってのは。人生めぐり合わせってものがあるんだな」
「まあ山辺がうちの学校にいなかったらこんな話はなかったから確かにいろんなことがめぐり合わせなんだろうな」
「それでお前は野球をやるのか」
「正直まだわからない。昨日の今日でまだ混乱してるってのもあるし」
俺はまだこのあとどうするかは全く決めていなかった。
全くプロ野球については知らないし、支配下と育成の違いもあまりわかっていない。
「はっきりいうけど、俺はお前がプロ野球の世界に行くことは反対だ。ド素人がやってけるような世界ではない。それに俺はお前がバドミントンで世界に出ることを強く願っているんだ」
親父が反対するのは当たり前だと感じる。
確かにド素人がプロなんてどんなスポーツでもありえない話だ。
あと、俺の親父はバドに対して熱い思いを持っている。
親父は決して上手い選手ではなかったけど、幼い頃から大学卒業までバドをやっていた。
とにかくバドが好きで、家でもいつもバドについて熱く語っていた。
俺がバドを始めたときから熱心に教えてくれたし、応援もしてくれた。
大事な大会の時は仕事を休んで必ず応援に来てくれた。
俺は少なからずバドが上手い。
だからこそバドの選手になるという、親父にはできなかったことができるかもしれない。
そんな思いもあるからこそ、バドを続けてほしいのだろう。
「親父の気持ちは十分理解しているつもり。これからのことはしっかり考えるよ」
「そうだな。来週末の予定はないか?」
「うん」
「じゃあ、来週の土日うちに帰ってきなさい。その時しっかり話をしよう」
「わかった」
「寒くなってきたし体には気をつけろよ。じゃあまた来週」
そう言って親父は電話を切った。
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