ep5 球団との接触

 親父との電話が終わったが、俺はあと二件電話をかけなければならない。

 普段なら知らない番号からの電話がかかってくることはないけど、この二件はおそらくドラフト絡みの電話だろうと思っている。

 どちらの電話も昨日の夜にかかってきたものだった。


 先に着信があった方の電話にかける


 プルルプルル 発信音がなる。

 知らない番号にかけることはあまりないから、とても緊張する。


 数コールが鳴ったあと、相手が電話に出た。


「はい、佐藤です」


「エット、デンワヲイタダイテイタミタイナノデスガ」


 俺は緊張からカタコトな感じになってしまった。


「お名前よろしいでしょうか」


 しまった名乗るのを忘れていた。

 なんという初歩的なミスだろう。

 自分が情けない


「岬、岬太一です」


「あっ岬君ですか。折り返しのお電話ありがとう。私は四国スパイダース編成部スカウトの佐藤一です。ご挨拶が遅れて申し訳ない」


 相手は俺を指名した球団のスカウトさんだった。

 男性で、声は結構若い感じの方だけどどんな人なんだろう。

 これが俺と球団の初めての接触ということだ。         

 より一層緊張が高まる。

 スマホを持つ手も小刻みに震えている気がする。


 気持ちを整えるため一呼吸おいて話し始める。


「いえいえとんでもありません。こちらこそ電話に出られなくて申し訳ありません。ドラフトで指名して頂きありがとうございます。聞きたいことは色々あるのですが、今回のご要件は何でしょうか」


 とりあえず要件を聞いてみた。


「要件は最初の挨拶という感じかな。改めて指名挨拶という形で学校にお伺いするけど、なるべく早く君と話したかったからね。それにしても驚いたでしょ。うちに指名されて」


 まあこちらとしても早く球団の人と話せたのはありがたい。

 少し緊張も解けてきた感じがする。


「はい。とても驚きました。バドミントンはやっていましたが、野球はやったことがなかったので、こんな事があるのかと、今でも信じられていません」


「ハハハッ。これは現実だよ岬君。僕は君には野球の潜在能力があると思っている」


 まあそうだよな。

 潜在能力を評価しないと指名なんてされないし。


「潜在能力というのは、身長と手先の器用さですか?」


 おじさんから聞いていたが、一応確認のために聞いてみた。


「そうだね。身長というか体格だね」


 体格?俺は身長が高いが決して体格はよくなく、痩せすぎ体形だ。

 どういう意味だろう。


「体重が少なすぎるために僕の体格は良くないんですが。どうして体格を評価しているんですか?」


「簡単なことさ、体重を増やせばもっとパワーが出る。すなわち球速が格段に上がる。しかも今のフォームはむちゃくちゃだしね。ハハッ完璧から遠ければ遠いほど、すべてが伸びしろなんだよ」


 言われてみればその通りだと思う。 

 きれいなフォームになればもっといい球が投げられるようになるのも当然だ。


「確かにそうですね。これから体重を増やさなければならないですよね」


「まあ焦らなくてもいい。プロになったら管理栄養士の方がしっかり指導してくれるから、それからでも遅くはない」


 今急いで体重を増やさなくてもいいというのは少しホッとした。

 でも、いずれは増やさなければならないのか。何と言っても俺は食べるのが苦手だ。

 すぐにお腹がいっぱいになってしまうのだ。

 おまけにあまりお腹が空かないんだ。


「それはそうと、君に一つ聞きたいことがあるんだが」


 改まった感じで佐藤さんが真剣な口調で言ってくる。


「なんですか」


「君はプロ野球選手になるという気持ちは何パーセントくらいあるんだ」


 とても難しい質問だ。

 気持ちの割合か。うーん。まだわからないというところが本心だ。


「フィフティ・フィフティですかね」


 俺は思っていることと違うことを口にした。

 率直に言うのがなぜか憚れたのだ。


「それは君の本心ではないだろう」


 佐藤さんは僕の心の内を見透かしたように言った。


「なぜですか」


 なぜそう思うんだろう。

 言い方が不自然だったか。

 いやそんなことはないはずだ。


「プロの勘ってやつだよ。実際にはまだ自分でも自分の気持ちがわかっていないんだろう」


 プロの勘というのはすごいものだ。

 見事に気持ちを当てられてしまった。


「すみません。その通りです。まだ野球について全然知らないし、正直熱量も大きくない。でもプロ野球っていうのはすごいということはわかっていて。どうすればいいのか本当にわからないんです」


 本心を率直に行ってみた。

 野球に対しての熱量が無いと言うことをプロ野球のスカウトさんに言うのはとても失礼なことだとは思う。

 でもそれをこの人に隠すことはできないような気がした。


「なるほどなあ。本心を言ってくれて嬉しいよ。正直僕らも君が100パーセントプロに行きたいと言うとは思ってもいないよ」


 えっ、プロに行く気がないかもしれない人をなぜ指名したんだ。

 頭の中に大きな疑問が湧く。


「じゃあなんで僕を指名したんですか。もともとうちの監督から可能性が低いというのも聞いていましたし」


 疑問をそのまま聞いてみた。



「単純なことだよ、スター選手を獲得するチャンスを得るためだよ。指名しなきゃ、交渉すらできないんだからね。これも勘だが、君は必ず才能を開花させ、プロで活躍する選手になる。なんだかそんな気がしたんだ。しかしながら素人を支配下で指名するなんてことはありえない。けれども、育成の人数が多いウチならなんとか育成指名はできるんじゃないかと、必死に上層部を説得したんだ。まあ説得できるかがとても微妙な感じだから期待させてはいけないと思い可能性を低く伝えたんだよ」


 なるほど。

 佐藤さんは俺に大きな可能性を感じでくれているんだ。


 佐藤さんが言葉を続ける。


「正直、育成選手と言うのは一芸に秀でていて、もしかしたら花が開くかもという感じで指名をするんだ。しかし、僕の勘からすると、君はもしかしたらではなく必ずだと思う。」


 佐藤さんがここまで期待してくれているのはとても嬉しいことだ。

 けれどもすぐに入団しますとは言えなかった。


「期待して頂いているのがよく伝わってきて、すごく嬉しいです。だけど…」


 僕は言葉に詰まる。 


「まだ、自分の気持ちがわからず、迷っているんだね。でも、それは当たり前のことだよ。人生の大きな決断だ。大いに悩みなさい。これは人生の先輩としての言葉だよ」


 佐藤さんはとても優しい人なんだと思う。

 電話だけれども人柄が伝わってきた。


「ありがとうございます。しっかり考えます」


「そうしなさい。それでは今日はこの辺にしておこうか。また近々挨拶に行くからよろしくね」


「はい。それでは失礼します」


 こうして僕と球団との初の接触が終わった。




 電話はやっぱり疲れるなぁ。

 なんだか肩に力が入ってしまう。

 でももう一件電話しなければならないんだ。 

 どうせなら、早く片付けてしまおう。

 僕はすぐに次の電話をかけることにした。


 僕はスマホの着信履歴から次の電話をかけた。


 数コール発信音がなってから、若い女性が電話に出た。


「はい、帝都出版山本です」


 帝都出版っていうことは出版社?俺にはこの人との接点が思い浮かばなかった。


「もしもし、岬と申しますが、昨日お電話を頂いていたみたいなのですが」


 今回はしっかりと名乗ることができた。 

 よかった(笑)。


「岬君お久しぶりです。覚えていますか、月間バドミントンの取材でお邪魔させていただいたんですが」


 あっ。俺は思い出した。

 インターハイ優勝してから月間バドミントンの取材を受けたんだった。

 その時の記者さんが山本さんか。

 そういえばまた取材があるかもしれないから、電話番号も伝えた気がする。

 すっかり忘れていた。


「其の節はお世話になりました。今回はどうしたんですか」


「昨日のドラフト会議を見ていて、最後に岬君が指名されていてびっくりしました。もしよかったら現在の心境などについてインタビューできればと思って電話しました」

 なるほど。

 そういうことか。

 でもドラフトを最後まで見るなんて熱心な人だなぁ。


「僕に今お答えできることなら、全然大丈夫ですけど、ドラフトを最後まで見るって熱心ですね」


 率直に興味があったから聞いてみた。


「実は私、大の野球ファンなんです。アマチュアから社会人、プロ野球まで満遍なくチェックしています。高校生まで私自身も野球をやっていたんです。ちなみに、バドミントンの経験はないんです」


 てっきりバドミントンをやっていたのかと思っていた。

 野球だとは意外だなぁ。


「バドミントン雑誌の記者さんだから、てっきりバドをやっていたのかと思いました」


 なんとなく山本さんは話しやすい感じの人だ。


「バドミントンは雑誌担当になってから、勉強し始めました。でも、今では野球と同じくらい好きですよ」


 勉強することで好きになることもあるのか。

 もしかしたら、俺も野球について学べば好きという気持ちが強くなるのかな。


「そうなんですね。バドを好きと言ってもらえると嬉しいです」


 俺は今はバドに対しての自信がない。 

 でもバドは好きだ。

 だからバドが好きと言われるとなんだか嬉しい。


「じゃあ、インタビュー始めますね。お願いします」


「こちらこそお願いします」


「ではまず、指名された瞬間はどうでしたか」


 まあ、よくある質問だと思う。


「頭が数秒真っ白になりました」


「それでは、指名された四国スパイダースのイメージを教えてください」


 スパイダースについて全く知らないしなぁ。

 あっ、育成選手が多くて競争が激しいのかも。


「育成選手が多いということで競争が熾烈だと思っています。球団の人は優しいイメージです」


 佐藤さんは優しかったし嘘ではないよな(笑)。


「野球は素人ということですが、野球という競技についてはどうお考えですか」


 野球についてどう思うか。

 予想外の質問に戸惑う。


「そうですね。野球は団体競技なので、一人一人の力を合わせて戦うというイメージが強いです。あと、あんなに速いボールや変化する球を投げたり、打ったりするので非常に難易度が高い競技だと思います」


 我ながらうまく答えられたと思う。


「バドミントンはシングルスやダブルスで個の要素が強い競技ですが、団体競技は得意ですか」


 これも難しい質問だ。

 協調性はあるから団体競技は苦手ではないかな。


「チームプレーは苦手では無いと思いますが、チームを引っ張ったり、鼓舞したりというのは経験があまりないので、よくわかりません」


「バドミントンと野球の共通点はあったりしますか」


 これは答えやすい質問が来た。

 上手く答えるチャンスだ。


「野球のピッチャーとバドミントンでは、腕を振るという動作が共通していますね。実際に野球部の手伝いを始めてからしばらく経ったあと、バドミントンをやったのですが、スマッシュの速度が上がっていました。バッティングとバドミントンでは、やはり動体視力が重要ということが共通していると思います。バドミントンではとても速いスマッシュが来て、それを打ち返したり、アウト・インを見極めたりします。一方でバッティングでは速いボールや変化球を見極めたり、しっかり見ないと打てなかったりすると思います。このように、野球とバドミントンでは通じるものがあると思いました」


 饒舌に語ってしまった。

 しかし、なかなかいい返しができたのではないか。


「岬君のピッチャーとしての武器はなんですか」


 俺はド素人だぞ。

 武器なんかないわ。


「素人なんで武器なんかないですが、強いて言えば手先の器用さを活かしていろいろな変化球をすぐに投げられることですかね」


 無い頭を使って、回答をひねり出す。


「スパイダースはどこを評価して指名したと思いますか」


 これは佐藤さんが言っていたことをそのまま言おう。


「僕の潜在能力だと聞いています。身長が高く痩せ型なので、体重が増えれば球速も上がります。また長身はピッチャーにとって有利です。あとは先程言ったように変化球を上手く投げられることですかね」


「育成最後の指名でしたがなにか思いますか」


「育成と支配下には大きな差があります。でも育成選手の中では入ってしまえば順位は関係ないと思っています」


 率直に感じたことを答えることができた。


「横浜シャークスに一位指名された山辺選手とはどんな関係ですか」


 いきなり山辺についての質問が来たよ。

 そうだな、あいつとの関係か。

 まあ悪友って感じなのかな。


「山辺とはクラスが一緒で席も隣です。仲は良いほうだと思います。あいつはとにかく能天気なので羨ましいです。いつも二人で馬鹿なことをやったり、言い合ったりしています」


「最後の質問です。プロ野球選手になってからの目標を教えてください」


 この質問になんて答えたらいいんだろう。

 まあでも、嘘をついてもしょうがないしなぁ。


「実は、スパイダースに入団するかまだ決めていません。今は自分の中でも混乱していて、整理がつかない状況なんです。もう少しゆっくり考えたいと思います」


「ありがとうございました」


「こちらこそありがとうございました。こんな感じで良かったですか」


「バッチリです。あの、個人的な質問なんですけど、まだプロ野球に行くって決めてないんですね。バドミントンを続けたいってことですか。確かにそうですよね。インターハイ優勝選手だからバドの選手になれる可能性だってあるし、オリンピックも目指せるかもしれないですよね」


 バドミントンでオリンピックか。

 正直、誠さんを越える自信はないしなぁ。


「そういうことではないんです。実はバドミントンをこのままやっても川田先輩を越えられるとは思っていなくて。なのでバドミントンを続けたいって気持ちも揺らいでいます」


「じゃあ将来の選択肢はどういう感じですか」


 選択肢か俺の中には3つかな。


「バドを続けたとしたら、実業団でバドをやる自信は全くないので、大学でバドの腕を磨きますかね。あとは育成選手としてスパイダースに入団する。あとは野球もバドもせずに一般入試で大学に入って、やりたいことを見つけるのもいいかもしれないと思っています」


「そっか、しっかり悩んで自分で行きたい道に進んでくださいね。でも、うらやましいですね」


 羨ましいってどういうことだろう。


「羨ましいってどういう意味ですか」


「だって野球とバドミントンどちらでもプロになれる可能性があるということですよね。そんな人なかなかいないと思います。私はプラス思考だからそう考えちゃいます」


 確かに俺は贅沢なのかもな。

 続ける競技を選べるなんて。


「自分にはない考え方でした。なんか気持ちが楽になった気がします。ありがとうございます」


「少しでもお役に立てて嬉しいです。話ならいつでも聞きますからまた電話くださいね」


 こう言ってもらえるとありがたい。

 また悩んだら電話してみよう。


「はい。悩んだら電話します」


「それじゃあこの辺で終わりにしましょうか」


「そうですね。ありがとうございました。失礼します」


 ガチャップープープー


 電話って体力つかうなあ。

 まあでもプラス思考か。俺は少しネガティブ思考だから、意識してみてもいいかも。


 この日はまっすぐ家に帰った。

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