ep6 伝説の男

 ドラフトが終わってから初めての週末


 俺は杏奈にバドミントン部の練習に誘われた。


 杏奈は女バドのキャプテンを務めていた。

 気が強いし、負けず嫌いだけど、その分キャプテンとしてチームを引っ張るのがうまかった。

 杏奈も小さい時からバドをやっていて、俺と同じバドのクラブに所属していた。

 そこで俺はあいつと出会ったんだ。

 初めて会ったときはショートカットだったし、言葉遣いも男子より男子っぽかったので、アイツのことを男だと信じて疑わなかった。

 女だと知ったときにはなんの冗談だと本人に言ってしまった。 

 もちろんあいつから拳が飛んできたのは言うまでもない。

 バドの実力もそれなりにある。

 1回戦で負けたが、今年はインターハイにも出場している。

 アイツもバドに対しては真剣だから、俺もそのことについては素直に尊敬している。

 大学からスポーツ推薦の話が来ているらしく、本人もそのつもりらしい。

 だからバドの腕が落ちないようにと頻繁にバド部に顔を出しては、後輩に混ざって練習を続けている。



 今日は野球部が試合で出かけているので、手伝いはなかった。

 この先、どのような道に進むとしても、体を動かしていた方がいいかもと思っていたので、俺は誘いに乗ることにした。


 最近睡眠が不足していたから、少しゆっくり目に起きた。

 バド部の練習も土日は少し遅めに始まるから、ちょうどよかった。


 準備をして学校に向かう。杏奈は先に行ってしまったようだ。


 この間部活に顔を出した時は、ラケットを持っていなかったのでラケットを借りたが、今日はマイラケットを持っている。

 自分のラケットを使うのは部活を引退して以来だ。

 そう言えば、この間は借りたラケットでスマッシュの威力が上がったということか。

 自分に合ったこのラケットならもっといいプレーができるのかもと思った。


 学校について、部室に向かう。


 部室に行くと、まだ加藤しかいなかった。


「おはよー。まだお前しかいないのか。遅く起きてゆっくり目に来たんだけど、これでも早い方だったんだな」


 俺は現役の頃の土日練は遅刻ギリギリだった。   

 なんなら遅刻してしまって、罰走をさせられたことあったな。

 懐かしいな。


「先輩、今日も来てくれたんですね。それにしても、先輩にしてはむちゃくちゃ早いですね。明日は大雨が降るかも」


 いつものように一言多く、先輩に対する礼儀のなっていない後輩には蹴りをお見舞いしてやった。


「痛いですよ先輩。そう言えば、今日は他の先輩も何人か来てくれるらしいですよ。なんか気合入っちゃうな。俺の成長を先輩たちの目に焼き付けることができるんだから」


 こいつの自信は一体どこから湧いてくるんだろうか。

 俺にも少し分けてほしいぐらいだ。


 まあでも、他の奴らも来るのはよかった。

 後輩の練習を邪魔するのは気が引けるが、軽く打ち合いがしたかったから、相手がいてちょうどいい。


「お前は本当自信家だな。少しは謙虚さを持てよ」


「なに言ってるんですか先輩。プレーヤーが自信をなくしたら終わりなんですよ。多いくらいがちょうどいいんです」


 自身をなくしたら終わりか。

 たしかにそうなのかもな。

 今の俺はバドのプレーヤーとしてはダメなのかも。


「確かにそうかもな」


 俺は加藤と話しながらゆっくり着替え、部活が始まるのを待った。




 部活が始まった。

 うちの部は練習に活気がある。

 けれども皆真剣な目をして練習に臨んでいる。

 その光景は強豪の名に恥じないものだ。



 俺は今日もアドバイスをたくさん求められた。

 フォームのことから、戦術のことまでありとあらゆる質問をされた。

 一番熱心に質問をしてきたのは加藤だ。

 意外かもしれないが、あいつのバドに対する執着や向上心は異常だ。

 俺も少なからずそういう部分に関してはアイツのことを評価している。




 俺もそろそろ体を動かすとするか。


 練習に来ていた同級生を誘って軽く打ち合いを始める。

 スコーン、スコーン、バドの音はやはり心地が良い。

 軽くラリーをするだけのつもりだったのに、つい力が入ってしまう。

 今日はマイラケットだから、この間より断然打ちやすい。

 俺がスマッシュを打ってそれを相手が返す流れになった。


 そんなことを続けていると、後ろから声がかかった。


「いや~岬、お前パワーがついたな」


 その声の主はうちの部の監督だった。


「ありがとうございます。監督にそう言ってもらえると嬉しいです。実は自分自身でもこないだの加藤との練習の時パワーがついたと感じたんです。もしかしたら野球部の手伝いで、全力で腕を振る機会が多かったおかげかもしれません」


「なるほどな。予想外の効果だな。このままパワーが更についてくれば、いずれは川田を越えられるかもしれんな」


 監督はこう言ってくれるが、俺には誠先輩を越えられるとは思えなかった。


「頑張ります」


 俺がそう言うと、「気負いすぎず頑張りなさい」と言って後輩たちの練習に戻っていった。



 午前の練習中はひたすらスマッシュを打っていた。


 時刻は12時を回った。

 部の練習は一旦終わり、昼休憩となった。


 俺は加藤と中庭でご飯を食べることにした。

 杏奈を誘おうとしたら、先輩それはやめてくださいと加藤に止められた。

 そう言えば、こいつは杏奈の前では緊張してガチガチになってしまうのだった。

 好きな人の前では緊張してしまうなんて、普段生意気なこいつにも可愛いところがあるんだなと思う。


 中庭で昼ご飯を食べたあと、体育館に戻る。


 体育館で昼からの練習の準備を手伝っていると、女子たちのキャーという悲鳴や、男子のうわーという驚きの声が体育館に響いた。


 皆の視線は体育館の入口に向いていて、俺もそちらを見ると、そこには誠先輩が立っていた。

 これには俺も驚いた。

 流石に声には出さなかったが。


 だって今を時めく、バド界の大型新人だからだ。

 社会人一年目から、日本の実業団のトップチーム大日本ユナシスのエースとして活躍し、様々な大会で優勝しているのだ。

 次のオリンピックでは金メダル確実とも言われている。


 一応、うちの学校のOBだから顔を出してもおかしい訳では無いが、練習や試合で忙しいはずだ。

 なのに何で。

 俺も含めここにいる全員の気持ちはきっとこうだろう。


 川田先輩はあっという間に後輩たちに囲まれた。

 そりゃあそうだな一学年下の俺等は話す機会が多かったけど、二学年下の加藤の世代は気軽に声なんかかけれなかった。

 ましてや今の一年は部活で被ってないし雲の上の存在なんだろうな。


 俺は冷静にその様子を見ていた。


 後輩たちは先輩に握手を求めたり、写真を撮ってもらったり、サインをもらったりしていた。


 騒ぎが収まりかけたぐらいに、ちょうど午後練が始まった。


 先輩は監督と長話をしているようだった。


 俺は午前と同じように同級生とラリーをしていた。


 すると、監督と話終わった先輩が俺の方に近づいてきた。


 俺はラリーの手を止め、挨拶をする。


「誠さんお久しぶりです」


「おう、久しぶりだな。俺が卒業してからあってなかったよな」


 先輩は忙しく、俺と先輩が合う機会は、先輩の卒業以来なかった。


「遅くなったけど、改めてインターハイ優勝おめでとう」


 LINEでは祝福のメッセージをもらっていたが、直接伝えられるとより一層うれしい。


「ありがとうございます。どうして先輩は突然顔を出したんですか。忙しいはずなのに」


 俺は疑問になっていたことをまず聞いてみた。


「理由はお前に決まってんだろ。ネットニュースでドラフトでお前が指名されたってみてびっくりしたわ。来週大きな大会があるけど、居ても立っても居られなくて来たんだよ」


 確かに先輩も驚いただろうな。


「まあ僕自身も驚いていますよ。正直今も整理がつかない部分はあります。野球に行くべきなのか、バドミントンを続けるのか、それともどちらもしないのか。3つの選択肢で迷ってます」


 俺と先輩は勝負のときは真剣だけど、それ以外では仲がいいほうだった。

 だから率直に気持ちを伝える。


「どちらもしないってどういうことだよ!」


 先輩の語気が強まる。


「そのままですよ。正直野球をやりたいって気持ちが大きいかって言われたら、そうじゃないです。バドを続ける気持ちも揺らいでいるんで、新たなことに取り組むのもいいかもなって」


「何でバドを続ける気持ちが揺らぐんだよ」


 そりゃあそこは引っかかるよな。


「理由は先輩ですよ。俺は小さい頃から先輩の存在を知っていました。そして、先輩の背中を負い続けて、いつかは越えてやるという気持ちでずっとやってきたんです。けれども先輩に二年間で一度も勝てなかった。それでも、いつかは越えてやるというモチベーションで3年になってから練習してきました。そして僕はインターハイで優勝しました。もちろんそれは嬉しかったです。ただ、それと同時に僕は考えたんです。このまま続けていって先輩に追いつけるのか、そして勝てるのか。僕にはそのビジョンが浮かばないんですよ。僕のバドミントンをやる理由は、世界一になることです。先輩はおそらく世界で一番のプレーヤーになると信じています。だから、僕は先輩を越えなければならないんです。それをする自信が失われつつある今、このまま続けてもモチベーションが保てるとは思えないんです」


 思っていることが自然と口から出てしまった。 

 先輩に告白しているようでなんだか恥ずかしい気がした。


「何を言っているんだ。お前は俺を越える可能性はまだまだある。俺はそう信じている。お前の言う通り俺は世界一に絶対なる。けれどその俺を倒す可能性がもっとも高いと思うのはお前だ」


 先輩はきっと俺を気遣ってこう言ってくれているんだろう。


「ありがとうございます。でも僕を気遣うためにそんなこと言わないでください」


 この言葉を言った瞬間先輩の顔がマジになった。


「舐めんじゃねえぞ!」


 体育館に響き渡るその声に後輩たちも一斉にこっちを見た。

 俺はあまりの声に固まった。


「俺は人のために嘘をつけるほどできた男じゃねぇ。さっきの言葉は本心に決まってんだろ。もう一度はっきり言うが、お前は俺に勝つ可能性を秘めている。俺は実業団でエースをはっている男だぞ。少なくとも人を見る目はそんじょそこらのやつより全然上だ。」


 俺はその言葉を聞いてハッとした。

 さっきの発言は先輩に対してものすごく失礼だということに気がついた。


「すみませんでした。さっきの発言は取り消します。だけど先輩は僕のどこをそんなに評価してくれているんですか」


 先輩が俺のどこを見て評価しているのか気になった。


「お前は潜在能力の固まりだからだよ。身長は俺より高く角度もつく。それに、お前は極端に痩せているにもかかわらず、並以上のスマッシュが打てる。もし体重がつけば、とんでもないスマッシュを打てるはずだ。それに今のゲームメイク能力は高校生離れしている。一年の頃と比べれば戦術面やバドをやる上での頭脳が大きく成長した。だからお前はまだまだ伸びる余地があるんだ」


 潜在能力か、野球に関しても同じようなことを言われたな。


 先輩は時計を見た。


「あっもうこんな時間だ。俺はいかなきゃならねぇ。最後にこれだけは言っておく。バドをやめたら許さねえぞ。一生口聞いてやんねえからな」


 先輩は俺に脅迫の言葉を残し、足早に体育館をあとにしたのだった。

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