ep7 実家へ帰省
ドラフトから1週間と少しが経った週末、俺は親父と電話で話した通り実家に帰ることにした。
俺は苦手な早起きをして、おじさんに駅まで送ってもらった。
「太一の実家に行くのは超久しぶりだわー。おじさんとおばさん元気かな」
俺の隣で杏奈が言う。
そう、杏奈も何故か、私も行きたいなどと言って勝手についてきたのだ。
俺達は電車を乗り継ぎ最寄り駅までやって来た。
数時間に一本しかない実家の町まで行くバスにギリギリ乗れた俺達は、昼前に最寄りのバス停についた。
道中いつもなら元気に話しかけてくる杏奈の言葉数が少ないように思えた。
心なしか元気もなさそうだった。
ここから、家まで30分歩かなければならない。
俺も杏奈もスポーツをやっているから、このくらいの距離はなんてこともないのだが、寝不足と長時間の乗り物での移動で歩くのが少し憂鬱だと感じた。
実家までの道のりを歩き始める。
田園風景が広がり、背後には山々が連なる。
車は全く走っておらず、小鳥のさえずりのみが聞こえてくる。
空気は都会とは比べ物にならないほど澄んでいる。
「すごい懐かしいな!この景色。いいよね」
杏奈が嬉しそうに言う。
「確かに景色だけならいいよな」
俺は都会の景色よりも断然生まれ育った町の景色の方が好きだ。
けれどもこの町には娯楽や店などは殆ど無く、若者が生きて行くにはつらい所だった。
だから、俺は都会に出たかった。
「まぁ、不便ではあるよね。でもあんなの都会じゃ信じられないよ」
杏奈はそう言って指差した。
その先には農作物の無人販売所があった。
「確かにそうだな。この辺に住んでる人たちはみんな顔見知りで、盗もうなんて思う人もいないからな」
そう言う意味では地域のコミュニティが都会よりしっかりしていて、暖かさがあると感じる。
杏奈と歩いていると、田舎にしかないものに気がついたりして新鮮だった。
歩くのが嫌だったけど、案外こういうのもいいのかもと感じた。
俺達は昔二人でよく御参りした神社の前に差し掛かった。
「懐かしいね、この神社。昔よく御参りに来たところだよね。時間あるし寄っていかない」
杏奈もこの神社のことを覚えていた。
俺達にとって特別な意味があるわけではない普通の神社だったがなんだか懐かしく感じた。
親父たちには実家につく時間に余裕を持って伝えていたので、神社に御参りしていくことにした。
長い石段の階段を登り、赤い鳥居をくぐる。
古びた小さな本殿の前には、年季が入った賽銭箱が置かれていた。
俺と杏奈はそれぞれ財布から小銭を取り出し、賽銭箱に入れた。
二礼二拍手をして、お参りをする。
一礼をして、顔を上げて横を見ると、杏奈はまだ手を合わせていた。
お参りが終わり俺と杏奈は少し休憩することにした。
俺達は石段に腰掛けた。
11月に入り本格的に秋の訪れを感じる。
ときより強く吹く風はとても寒かった。
ふと俺は、杏奈が電車の中で元気がなかったのが気になった。
「そういえばお前、電車の中で心なしか元気がなかったよな。なんかあったのか」
「太一は気づいていたのね。その理由は最近太一がずっと思い悩んでいるからだよ。電車の中でも思い詰めた顔をしていたから、私まで元気をなくしちゃった」
確かに俺はこの一週間ずっと悩んでいた。
寝不足の日々が続いて、体調もあまり良くはなかった。
「そうだな。俺はここ最近色々考えてしまっているな。でも何でお前が元気をなくすんだよ」
「だって、私に何も相談してくれないでしょ。太一が悩んでいるのに私に何も言ってくれないのはすごく辛いんだから。私達って辛いときに悩みを打ち明けられないほど浅い関係なのかな」
杏奈の言葉が俺に深く突き刺さった。
俺のせいで杏奈にこんなに辛い思いをさせてたなんて。
「じぁあ、俺の悩みを聞いてくれるか」
俺は杏奈に心の中の事を打ち明けることにした。
俺はバドを続ける自信がないこと、今は3つの選択肢で悩んでいること、この間誠先輩に言われたことについて全て打ち明けた。
杏奈はその間、俺の目を見て、時折うなずきながら真剣に話を聞いてくれた。
「杏奈は俺の将来についてどう思う」
俺は杏奈の意見が聞きたいと思い問いかけた。
「そうだね、私は太一がどんな道に進んでも応援するよ。私の一番の願いは太一が辛い顔をせず笑顔でいてくれることだよ」
杏奈がこんなことを言ってくれるのは初めてだったからとても嬉しかった。
杏奈が一呼吸おいて言葉を続ける。
「でも、一つ気になるのは、今の理由でバド以外の道に進むのは逃げだと思う。確かに他の道に行けば今は楽かもしれないだけど、逃げ道としてその道を選ぶのは後で必ず後悔すると思う。ただ一つ勘違いしないでほしいのは、他の道に進んじゃだめって言っているわけではないよ。例えば、心の底から野球に興味を持って野球をやってみたいと思うなら、それは今がチャンスだと思う。野球に取り組むために仕方なくバドを犠牲にするなら間違っていないと思うよ」
俺は考える。
確かに杏奈が今言ったことは正しいと思う。
俺はバドから逃げようとしていたんだ。
たぶん多くの人は楽な方を選ぼうとする。
杏奈の言葉に俺は今楽なことを選ぼうとしていることに気づかされた。
「ありがとうな。俺は単純に楽だからという理由でこの先のことを選ぼうとしていた。だけど杏奈の言う通り、それではいつの日か必ず後悔すると思った」
俺は楽な方に行くのではなく、本当にチャレンジしたい道を選ぼうと思った。
「今しか悩めないんだから、しっかり考えなさいよ。それと、私に悩みを打ち明けてくれてありがとう」
そうだな。
今しか悩めないよな。
短い時間しか残されてないけど、とことん悩み抜こう。
「お前に話してよかったよ。ありがとう」
俺達はその後少し休憩してから、実家に向かった。
実家につくと親父と母さんが出迎えてくれた。
「お久しぶりです。おじさん、おばさん。つまらないものですがよかったら食べてください」
杏奈はそう言って、今朝、駅前のお店で買ったケーキを差し出した。
「あらありがとう。気を遣ってもらっちゃって。それにしても杏奈ちゃん美人さんになったねえ。さあさあ、あがってちょうだい」
母さんが家に入るように急かす。
「ありがとうございます。お邪魔します」
杏奈と俺は家に入った。
母さんが早速お茶を淹れてくれたので、みんなでケーキを食べることにした。
親父はまだ俺の将来について話す気はなさそうだった。
俺は話をするために帰ってきたので、いつ話してもよかったが、こちらから話題をふる気にはならなかった。
結局この日は学校のことなどを中心に他愛もない話をして過ごしただけだった。
次の日の朝、俺が起きると居間に親父がいた。
杏奈と母さんは朝早くから隣町へ買い物に出かけたらしい。
俺が遅めの朝ご飯を食べていると、親父が話しかけてきた。
「太一、このあと少しドライブに出かけないか?」
親父が俺をドライブに誘ってきた。
そういえば昔から大事な話は車の中ですることが多かったなぁ。
俺は朝食を済まして、出かける支度をした。
親父と車に乗り、家を出発した。
どうやら今日は山の方に向かって走るみたいだ。
「そろそろ本題について話さなきゃな。今回帰ってきたのもそのためだしな」
車をしばらく走らせると親父が話し始めた。
「ドラフト指名おめでとう。お前が指名されたことには今でも驚いているよ。ドラフトの当日なんて夜一睡もできなかったよ」
まあそりゃそうだよな。
親父は何も聞かされてなかったし、俺は野球と縁なんか全く無かったから、俺以上に驚いただろう。
親父が更に言葉を続ける
「正直に言うと、お前が指名されたことはすごく嬉しかったぞ」
この間の電話では野球の道に進むのは反対と言っていたし、なんとなく怒っていたようにも感じたけど、何で嬉しかったんだろう。
「この間の電話ではなんとなく怒っているような気がしたけど、何で指名されたことが嬉しかったの?」
「俺が怒っていたのは、ドラフトの前に連絡をくれなかったからだ。そりゃあ指名の可能性が外部に漏れるのはダメなんだろうけど、せめて親ぐらいは信用してくれてもよかっただろ。」
確かに親が子供にマイナスになることをするわけもないよな。
おじさんに確認してから親父や母さんには伝えてくべきだったかもな。
そう考えると杏奈にも言っておくべきだったかも。
「その件に関しては俺が悪かった。ごめんなさい。反省するよ」
「終わったことは仕方がないな。それで、お前が指名されたことが嬉しいってのは本当だぞ。野球をやってなかったけれども指名されたってことは、お前の潜在能力をものすごく高く評価してくれた人たちがいたってことだろ。嬉しいに決まってるだろ」
考えてみれば、潜在能力だけを信じて指名するのはすごく勇気がいることだよな。
「ドラフトで指名されたり、バドでインターハイ優勝できたのも、この体に育ててくれた親父と母さんのおかげだよ。ありがとう」
気恥ずかしいけど、普段はなかなか伝えられなかったことだから、勇気を出して言ってみた。
「何だよ急にあらたまって。こっちまで恥ずかしくなるな。それにバドで優勝したのはお前の努力の賜物なんだから、自分も褒めてやれ。でも、母さんにも今の言葉を言うと嬉しいだろうから後で言ってやりなさい」
「そうするよ」
帰る前に母さんにも伝えようと決めた。
「それでこれからどうするつもりなんだ」
このことは聞かれると思っていた。
そのために実家に帰って来たんだから。
俺は昨日、杏奈に話したように進路の選択肢やバドに対して悩んでいることを全て話した。
「そうなのか。俺もこの一週間考えたんだ。俺の願いはバドを続けてほしい。けど、親としては息子が選んだ道を応援すべきだという気持ちも強くなった。この間の電話では野球の道に進むのは反対だと言ったが、もしお前がその道を選ぶんなら、俺と母さんは全力で応援すると決めたよ」
親父はこの一週間で気持ちが変わったようだ。
更に親父が続ける。
「ただな、バドに対して今のお前は考えすぎだと思うぞ。昔を思い出してみろ。勝てるかどうか考えながらやってなかっただろ。ただ強い相手には全力で立ち向かう、そして純粋にバドを楽しんでいただろ。今までのお前は強すぎたんだよ。だから100%勝てると思って試合に望んでいた。だけど普通はそうじゃない。勝てるかわからないからこそ勝負を楽しく感じることもあるんだよ。それに、今はこれから先も川田君に勝つ自信がないかもしれない。だけど未来は完璧に見えるわけじゃない。この先のことは誰にもわからないんだよ」
親父の言っているとおりだ。
未来のことは誰にもわからないんだよな。
勝つ自信があっても負けることはあると考えれば、その逆だって全然あり得るんだと思った。
それに、昔はバドが純粋に楽しかったな。
勝つことが当たり前になりすぎて世界一になることに固執していたんだ。
親父の言葉で俺は気づかされた。
俺は今、バドを世界一になる手段としてやっていたのかもしれない。
俺は今でもバドが好きだ。
この間加藤と試合したときにスマッシュが強くなっていて嬉しく感じた。
きっとそれがバドのことがまだ好きだという証拠だろう。
スポーツは勝つことが全てだ、勝てないならやる意味はない。
そんなつまらない思考に俺は支配されていたんだ。
何だか俺は縛られていたものから、解き放たれたような感覚がした。
楽しいなら続ければいいんだ。
「ありがとう親父。今の言葉で色々気づけたよ。バドを続けるのもありだと思った」
「そうなのか。それは良かった。だけど俺達はお前がどんな道に行っても全力で応援する。そのことは覚えておいてくれ」
本当に親の存在は大きいしありがたいと感じた。
どんな自分でも応援してくれる人なんてなかなかいないからな。
親父と話しながら車は山道を登っていった。
親父は車を山の頂上手前の駐車場に停めた。
そこから頂上の展望台に向けて歩く。
展望台に着くと親父はカバンから水筒を出した。
「ほら、お前も飲め。熱いから気をつけろよ」
そう言って手渡された水筒の中身は熱々のコーヒーだった。
今日は雲一つない快晴だったので、展望台からの見晴らしは最高だった。
麓の町から遠くの都会の景色、そして、その先の海まできれいに見えた。
この景色を眺めながら飲むコーヒーは格別だった。
それに空気も一段と美味しかった。
しばらく景色を眺めたあと、俺達は家路についた。
夕方、杏奈と俺は親父に車で駅まで送ってもらった。
俺は親父と話したことで晴れやかな気持ちで帰ることができた。
そして杏奈も行きより元気な気がした。
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