ep8 意外な訪問者

 次の日の朝、俺は久しぶりに目覚めが良かった。

 杏奈や親父と話したおかげで、気持ちがだいぶスッキリした。


 いつものように準備をし、登校した俺と杏奈は、校門のところで山辺に遭った。

 山辺はいつももう少し早く学校に来ているから意外だった。


「おはよう駿。今日はいつもより遅いんだな」


「おはよう駿君。いつもはもっと早くに来てるのに珍しいね」


 杏奈も山辺がいつもより遅いと感じているようだ。


「そうなんだよ。実はさ今日寝坊しちゃって」


「お前が寝坊なんて本当に珍しいな。どうしたんだ」


 山辺が寝坊なんて聞いたことがなかった。 

 だから俺は理由が気になった。


「昨日の夜な、興奮して中々寝付けなかったんだ」


 山辺が興奮するなんて何があるんだろう。


「今日なんかあるっけ」


 俺が聞いた。


「今日は指名挨拶があるんだよ」


 そうか、今日が山辺の指名挨拶なのか。


「そんなに指名挨拶で興奮するもんなのか。球団の人が来るだけだろ」


 俺は疑問に思った。


「それがさシャークスの監督も挨拶に来るらしいんだ」


「えー、それまじ!」


 隣で会話を聞いていた杏奈が反応する。


 監督ってドラフトのときくじを引いてたあの人か。

 なんとなくテレビに映った顔を覚えている。


 でも監督ってそんなにすごいのか。

 俺は疑問に思った。


「監督ってそんな有名なのか?」


「当たり前でしょ」「当たり前だろ」


 二人は揃って即答した。


「今シーズンからシャークスの監督に就任した中道英雄監督はシャークス一筋で200勝を挙げたシャークスのレジェンドだよ。そんな人がうちの学校に来るなんて信じられない」


 杏奈が熱く語る。

 杏奈は昔からシャークスファンだったから、中道監督の凄さがわかるのだろう。


「いいなぁ、中道監督に会えるなんて。私も会いたい!」


 杏奈が続ける。


「残念だね杏奈ちゃん。指名挨拶は関係者しか立ち会えないから」


 山辺がこう言うと、杏奈はしょんぼりしてしまった。


「もしもらえるチャンスがあったら、杏奈ちゃんの為にサインもらってみるよ」


 こういう事が言えるところが山辺の優しいところだと思う。


「超嬉しい。是非お願いします!」


 杏奈がピョンピョン飛び跳ねながら喜ぶ。

 本当に喜怒哀楽が激しいやつだな。

 杏奈は見ていて飽きる気がしない。



 昼休みの後、山辺は荷物を持って早退した。

 このあと指名挨拶や会見があるそうだ。



放課後


 野球部の手伝いに行こうと準備をしていると、

「3年D組岬君、今すぐ職員室まで来てください」

と校内放送が流れた。


 周りにいたクラスメイトは皆、お前何をやらかしたんだと口を揃えて言ってくる。


 俺のイメージはどうなってんだよ(笑)。


 俺は荷物を持って急いで職員室に向かう。


「失礼します。3年の岬です」


 名乗ってから、職員室に入り、近くの先生に要件を聞いた。

 そうすると応接室に行くように指示された。


 応接室なんて高校に入学してから行ったことがなかったから、頭の中は何事なんだと不安と緊張でいっぱいだった。


 ノックを3回して、岬ですと名乗る。

 すると中から入りなさいとバド部の監督の声が聞こえた。


 失礼しますと言って中に入ると、ソファに監督が座っていて、向かいにはスーツを着た中年の男性が座っていた。

 男性はずいぶん体格が良く、何かのスポーツをやっていたと直感でわかった。


 ここに座りなさいと監督が自分の横の席を指した。

 俺は緊張しながら、言われた通り監督の横に座る。


「はじめまして、岬君。私はこう言う者です」


 そう言って向かいに座ったスーツの男性が名刺を差し出してきた。


 失礼のないように、両手で丁寧に名刺を受け取る。


 名刺には【大日本ユナシスバドミントン部総監督 鈴木良雄】と書かれていた。


 この人がバドミントンの強豪実業団チーム、大日本ユナシスの総監督!

 俺は意外すぎる人の訪問にとても驚いた。

 それと同時に何の要件で俺を訪ねてきたのか気になった。


「あの大日本ユナシスの監督が僕にどんな要件で来られたんでしょう」


「驚かせてしまったみたいだね岬君。早速本題に入ろう。今日ここに来た目的は、君をうちのチームにスカウトすることだよ」


 大日本ユナシスが俺をスカウト?

 更に驚きが大きくなった。


「どうして僕なんでしょう。僕はインターハイでは優勝しましたが、実業団に入るためには明確な武器が必要だと思います。けれども僕にはそういった武器がはないです」


 俺には実業団に入るための武器がないと思っている。 

 あるとしたら身長くらいかな。


「君は謙虚だし、自分のことをしっかり分析できている。実にクレバーなプレーヤーだね。確かに君はバランス型のプレーで、誰にも負けないような強烈なスマッシュなどの絶対的な武器を持っていない。上のレベルでやるには秀でたものがある方がいいのも事実だ。実際のところ我々も実績では君に劣るが、はっきりとした武器を持っているプレーヤーを獲得しようとマークしていた。もちろん君の存在を知ってはいたがね。けれどもある人から強い推薦があってね」


 ある人の推薦って誰なんだろう。


「そのある人って誰なんですか」


「うちのチームの川田だよ。君じゃない他の選手を獲る予定だと知った彼は、俺のところに直談判しに来たんだ。けれども決まりかけている話をそう簡単に翻意するわけにはいかなかった。だけどあいつは来る日も来る日も俺にその話を持ちかけたんだ。あいつは君の伸び代をとにかく高く評価している。とうとう俺はあいつに根負けしたよ。それで、あの天才川田が言うならと君の伸び代に期待することにした。それで今日ここに来たというわけだ」


 この間本人に直接言われた言葉や今日の経緯から、誠さんが俺のことをとても高く評価していることがわかった。

 このことは素直にうれしかった。


「実は僕、プロ野球のドラフト会議でも指名されていて、この先の進路をバドに絞ったわけじゃないんです」


 俺は今の現状を伝えた。


「もちろんそれは知っている。だから今すぐに決めてほしいというわけではないよ」


 この言葉に俺は少し安心した。

 決めるまでの猶予があるんだ。


「わかりました。考えてみます」


「それでだな、一回うちの練習を見学に来ないか。いや、もし君が良ければ一度体験してほしいな」


 ユナシスの練習を体験できるなんてこの先二度とないことだろう。

 俺はこの先どんな道に進むにしても、いい経験になると思った。


「ぜひお願いします」


 俺は二つ返事で承諾した。


 このあとの話で、俺は今週の土曜日に東京のユナシスの練習場に体験に行くことになった。

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