ep27 二度目のチャレンジ

 初登板が終わった試合後、監督に呼び止められた。

 

「初登板お疲れさん。けが人続出での初登板ということになったが、こんな形での初登板はこちらとしても不本意だ。すまない。まぁ結果は結果として受け止めてくれ。今のお前の実力はこんなもんだ。厳しい言い方をすればマグレで3つアウトを取れたが、もっと点を取られてもおかしくない内容だ。」


 俺は打ち込まれたことを怒られると思ってビクビクしていたが、まさか謝られるとは思わなかった。


 監督が続ける

「今日の課題は全てと言えるが、特にコントロールとストレートの球威だな。自分の中でどこが悪かったのか、これからどうしていけばいいのかを考えろ。お前が道筋を立てることで初めて、俺やコーチが指導できる。ああしろこうしろと言われてやるだけじゃあ絶対に身につかないからな。

それで次の登板なんだが、また1週間後ぐらいに投げてもらうことになると思う。まだまだ三軍のピッチャーの頭数が足りなくてな。お前を数に入れないと回らないんだ。無理に1週間後に照準を合わせて調整はするな。できる範囲のことをやればいい。決して焦るんじゃないぞ」


 やはり監督は自分の信念というものを持っていて、それは理論に基づいている。


 次の登板が1週間後というのは驚いた。

 こんな近いうちにもう一度チャンスがあるなんて。

 監督は焦るなと言ったけど、つい焦ってしまう。気をつけなければ。



 初登板の次の日、全体メニューを外れて別メニュー調整となった。

 

 久しぶりに琴葉ちゃんと一緒に走れると思うと、一日中楽しい気分だった。


 食トレでは毎日顔を合わせるのだけど、監督がいるから如何せん会話が弾まない。


 4時前に寮を出て、いつものコースを走り始めると、早速琴葉ちゃんの姿を見つけた。


 俺は走るペースを琴葉ちゃんに合わせて、横につく。


「うっす。こうやって走るのは久々だね」

 

 軽く挨拶をする


「全体練習に参加しだしてから走れなくなったのは知ってたけど、今日はどうしたの?」


「昨日初登板だったでしょ、それで今日は別メニューなんだ」


「そういえば初登板だったね。昨日の夜結果を聞くの忘れてたよ。どうだった?」


 昨日の食卓で結果を聞かれたら、場を凍らせてたかもしれない。ある意味聞き忘れてくれてよかった。


 俺は初登板の内容と結果を琴葉ちゃんに話した。


「なるほど。打たれちゃったけど、1イニングを投げ切れてよかったんじゃない。マグレでも人生初アウト取れたんだし。太一君にとっての記念日だね」


 琴葉ちゃんはポジティブだ。この子といると自分の気持ちも前向きになれる。


「あのさ、今度の土曜日、スパイダースレディースの練習が三軍のグラウンドであるんだけど、その時一緒に練習してみない? 太一君の弱点克服に少しでも協力したいし、私の練習にもなるから」


 琴葉ちゃんと野球の練習ができるなんて夢のようだ。

 俺は「喜んで。お願いします」と返答した。


  

 迎えた土曜日


 メイングラウンドはレディースの練習で使うため、僕達はサブグラウンドでキャッチボールをすることにした。


「じゃあ始めよっか」


 琴葉ちゃんの声でキャッチボールが始まった。


 数球投げたところで琴葉ちゃんがキャッチボールを止めた。


「うーん、正直言って太一君のボールは弱々しいよ」


 そりゃそうだ。最速が120キロのピッチャーなんだから。


「球速が遅いから仕方ないよ」


「そういうことを言ってるんじゃないよ。太一君はボールの球威が球速だけだと思ってるけど、実はそうじゃないんだよ。球威はボールの回転数や回転軸、初速と終速の差なんかも関係しているんだよ」


 球威はいろんな要素で決まるんだ。知らなかった。


 琴葉ちゃんは僕のところに来て、球威を上げる方法を教えてくれた。


 具体的には指をボールにしっかりかけて投げる方法だ。


 琴葉ちゃんみたいな女子選手は出せる球速に限界がある。そこで琴葉ちゃんは球速以外で球威を高めたりボールを速く見せる方法を研究しているそうだ。


 そこからキャッチボールを通して、指をボールにかける感覚を習得しようとした。


 最終的になんとなくボールにかかる感じがわかった気がする。


 

 迎えた次の実戦登板


 俺は人生で二度目のベンチ入りを果たした。


 俺の登板機会は7回にやってきた。


 7回表の最初から登板したピッチャーが、幸先よく1アウトを取ったのに、その後3連打を食らい1点を失った。


 まだ投げさせるだろうと思っていたけど、監督がピッチャー交代を告げた。

 

「ピッチャー岬 背番号211」


 場内アナウンスのウグイス嬢の声が響き渡る。


 「さぁ岬、出番だ。行って来い」


 コーチに言われてブルペンから送り出された。


 俺はマウンドに上がった。


 状況は7回表1アウトランナー2,3塁

 点数は7-3でうちのリード


 いわゆるピンチってやつだ。


 最初のバッターは前回と同じようにコントロールができずにフォアボールにしてしまった。


 次のバッターからはストライクゾーンに投げるという意識がより強くなった。

 このとき、琴葉ちゃんと練習した球威のあるストレートを投げるという意識はなくなっていた。


 結果、3連続タイムリーをあびてしまった。


 これで7-6

 

 なんとかここで抑えたかった俺は必死にストライクゾーンめがけて投げた。


 ラッキーなことに2人連続で相手が打ち損じをしてくれた。


 これでなんとか3アウトになり、ベンチに戻った。


 ベンチに戻ると監督が一声「琴葉との練習はどこへ行った。もう一回投げさせてやるから挽回しろ」とつぶやいた。


 俺はハッとした。

 琴葉ちゃんとあんなに練習した、球威のあるボールが投げられてないじゃないか! 自分を責める。


 終わったことはどうしょうもないと冷静になった俺は、次の回こそ球威のあるボールを投げるために琴葉ちゃんとの練習を頭の中で復習した。


 

 7回が終わり、8回のマウンドに上がる。


 投球練習が始まる前に磯山さんがマウンドに来た。


「勝つためにはこの回が踏ん張りどころだ。なんとか0で行くぞ」


 磯山さんが鼓舞する。


「あの、この回はストレート多めでもいいですか?

 一週間だけですけど、ストレートの球威に磨きをかけたんで、それで勝負したいんです」


 俺が言うと磯山さんは「わかった」とだけ告げてホームベースに戻っていった。


 投球練習から、琴葉ちゃんと練習したことを意識して、飛ばして投げた。


 投球練習で投げるたびに感覚が良くなった。


 そして最後の一球で、あっ! この感覚だ と思えるものをつかめた。


 一人目のバッター


 初球のサインはストレート

 

 しっかり振りかぶり思いっきり腕を振った。

 

 このとき指に掛かった感覚があった。


 自分でもわかるほど見違えたストレートは、ど真ん中高め、僅かにストライクゾーンの外側にいった。


 けれども相手は球威につられてかバットを振る。

 

 バットはボールの下を空振った。


 なんとストレートで空振りが取れたのだ。


 

 次の球は完全なるボールだった。


 

 そして次の球は、キャッチャーがインコース要求したにもかかわらず外角低めの完璧なコースにいった。完璧すぎてバッターも手が出なかった。


 これで1ボール2ストライク


 最後の決め球、サインはフォークだった。


 サインに頷き、ストレートと同じ腕の振りを意識して投げる。


 ど真ん中ストレートの軌道から、ワンバウンド軌道に変わる完璧なフォークを投げられた。


 バッターはストレートのタイミングでフルスイングした。けれどもボールはバットの遙か下でワンバウンドした。


 俺は空振り三振を奪った。


 

 このあとコントロールが再び乱れ、2者連続フォアボールとなった。



 マウンドに磯山さんが来て間を取る。



 冷静になった俺は二人の打者を連続で内野ゴロに打ち取った。


 このイニングを0点でしのいだ。


 俺は初めて0点のイニングをつくったんだ!


 

 最後の回を次のピッチャーが抑え、この試合を勝利で飾ることができた。



 俺のこの日の成績は1回3分の2を投げて、3安打3四球3失点1自責点だった。

 

 最速は124キロまで伸びていた。

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