ep28 覚醒

 2回目の登板後、監督に呼ばれた。


「お疲れさん。ピンチの場面で送り出して悪かったな。それにしても2イニング目は0点に抑えて、ナイスピッチングだった。俺は勝つことにこだわると常々言っている。だから、3点取られてもリードを守って帰ってきたのは十分評価している」


 今の俺に監督に評価してもらう以上に嬉しいことはないと思う。


 今日の俺は投げていて、野球が楽しい、もっと投げたいと感じていた。

 経験は少ないけど、こんな心境になるのは初めてだった。


 

 しかし、この登板のあとは怪我をしていたピッチャーが徐々に戻りだして、俺に出番が回ってくることはなかった。


 けれども、俺は腐らずに練習を続けた。


 今やればもっともっと上手くなる気がしたからだ。

 そして山辺のように一軍で活躍したいという思いが強くなっていた。


 

 俺は球速をアップさせたいと思い筋トレに励んだ。


 夜寝る前までみっちりウエイトトレーニングをすることが俺の日課となっていた。


 ある日のこと、トレーニングルームで久しぶりに村川さんと一緒になった。


「お前最近筋トレを随分頑張ってるな」


 村川さんに声をかけられた。


「そうなんですよ。球速を上げるためには筋トレが効果的だと思って。とにかく球速をあげたいんです。そのほうが抑えられる確率が断然高くなるので」


 この間の試合でスピードが速ければ速いほどいいと思った。


「確かに球速は大事だけど、コントロールも大事ってことを忘れるなよ。この間の試合でお前は3つもフォアボールを出した。1つ目のフォアボールはそのまま失点につながった。残りの2つのフォアボールが失点につながらなかったのはただのラッキーだ。いかにコントロールが大事かわかるだろう」


 村川さんの話を聞いて、今の俺はこの間の登板で良かった部分しか考えていないと思った。課題の部分を蔑ろにしていると気付いた。


 

 この日からコントロールをよくする練習もしたいと考えるようになった。


 でもコントロールはどうすればよくなるんだろう。


 俺は村川さんに助言を求めてみることにした。


 全体練習の後、村川さんを呼び止めて、コントロールがよくなる練習法を聞いた。


「俺は地道に投げ込むことで体に正しいリリースポイントを覚えさせるしかないと思う」


 地道に反復練習するしかないのか。球威みたいに簡単にはいかないか。


「ただ、お前の場合は早くできると思うぞ」


 俺の場合は早くできるってどういう意味だろう。


「お前は変化球をすぐ投げられたりして器用だろ。器用ってのは体の使い方が自分の思い通りにできるってことだ。だから、正しいリリースポイントを見つけさえすれば、それを思い通りに再現するのは簡単だと思うんだ」


 たしかに、バドのショットは再現性を意識して、体をコントロールしていたな。

 その結果、思うようにラケットを振って、自由自在にショットをコントロールできていた。


 

 この日からリリースポイントとコントロールについて考えたり、研究するようになった。


 そして数日練習すると、どの位置や角度でボールを離すと、ストライクゾーンに行くのかがわかってきた。

 それをさらに突き詰めて、ストライクゾーンを9分割したエリアに思うように投げ込めるようになった。


 ストレートのキレや球速を上げる練習と、コントロールをよくする練習に集中的に取り組んだ。


 ある日のランニング終わりに、琴葉ちゃんがキャッチボールをしたいと言ってきたので、することにした。


 この日は日が暮れるまでキャッチボールをした。


 キャッチボールを終えると、琴葉ちゃんが俺のところに来た。


「すごいよ! 太一くん。コントロールが前より断然良くなってるし、なんといってもボールのキレが見違えたよ。捕るのが痛かったくらいだよ」


 初めにアドバイスをくれた師匠である琴葉ちゃんにこう言われると、とても嬉しい。



 

 月日は流れ、今日は9月29日だ。


 結局8月は登板が1度もなく、9月も登板がないまま、明日が今シーズン最終戦だ。


 俺は監督室に呼ばれた。


 もう明日で試合が終わるっていうのに、俺に何の用なんだろう。


 用件の想像が全くつかなかった。


 部屋に入ると監督が早速話し出す。


「明日は今シーズン最終戦だ。先発は岬、お前だ」


 監督の用件は実にシンプルだった。


 だけど、俺の頭の中は混乱した。

 

 2ヶ月以上実戦で投げてない俺を、最終戦という大事な試合で投げさすなんて。しかも先発だなんて。

 俺より良いピッチャーしかいないのに、なんで俺なんだ。


 しかし、監督に質問したり、異議を申し立てられるような場面でもなかったので、素直に「わかりました」とだけ返事した。


 

 三軍の今シーズン最終戦の日がやってきた。


 最後の相手は俺達と同じ、プロ野球の三軍チームだ。

 俺が投げた2試合の相手は、独立リーグと社会人野球のチームだったので、相手のレベルが1段階上がることになる。


 俺はプレッシャーで押しつぶされそうだった。

 けれど、こんなところでプレッシャーに負けてたら一軍なんて夢のまた夢だと思い、なんとか1回表のマウンドに立った。


 最初のバッターは小柄で、データによると長打のないアベレージタイプだった。

 

 長打の可能性がゼロと考えた磯山さんと俺のバッテリーは、ストレートで押していくことにした。


 初球外角低めを狙ってストレートを思いっきり投げた。ボールは狙い通りのところにいった。

 コースが良すぎたので、バッターは見逃した。


 二球目、初球と同じように外角低めを狙ったけどボールは少し真ん中寄りにいった。

 相手がスイングし、バットがボールに当たる。

 俺はヤバいと思ったが、今日のボールは球威があったため、ファールになった。

 

 三球目、磯山さんはインローのボールを要求してきた。俺は一球外すと思ったので、三球勝負には少し驚いた。

 俺は振りかぶって、インコース低めを狙って、思い切り腕を振った。

 

 村川さんの助言で、インコース低めに投げるリリースポイントはわかっていた。


 見事にリリースポイントを再現できたので、ボールはストライクゾーンギリギリにいった。


 バッターは手を出さなかった。

 キャッチャーミットにボールが収まると、審判の手が勢いよくあがり、ストライクコールが響いた。


 完璧なコースにボールがいった。

 バッターはすごく悔しがりながらベンチに戻っていった。


 その後のバッターは内野ゴロ、外野フライに打ち取った。

 この回は人生初の3者凡退だった。


 一回裏の攻撃は今シーズン初めて1番起用された大沢からだった。


 バッターボックスに向かう前に大沢は俺に「点取ってきてやるよ」とだけ告げた。


 バッターボックスに大沢が入った。


 ピッチャーがモーションに入りボールを投げた。


 最初のボールはスライダーだった。


 大沢はこれを読んでいたかのようにバットをフルスイングした。


 小柄ながらパワフルな大沢のスイングに当たったボールはぐんぐん伸びて、ライトスタンドポール際に飛び込んだ。


 先頭打者ホームランだ。


 これにはベンチもお祭り騒ぎになる。


 点を取ってきてやるという言葉を有言実行し、ダイヤモンドを回る大沢がとにかくカッコよく見えた。


 俺は満面の笑みで大沢を出迎えた。


 結局この回はこの一点だけだった。


 

 次の回、先制点を貰った俺のギアは勝手に上がった。


 磯山さんの出すサインどおりに、ほぼ完璧なコースに投げ込むことができた。


 磯山さんはストレート、スライダー、フォークで俺のピッチングを上手く組み立てた。


 この回はなんと、空振り三振、見逃し三振、空振り三振と、3者連続三振をとることができた。


 これには自分でもすごく驚いた。


 2回裏は無得点だった。


 3回、4回の俺のピッチングは、それぞれのイニングで単打を1本打たれたが、0点に抑えることができた。


 4回裏を終わってスコアは1-0でウチのリードだった。


 5回表  


 1点リードをなんとか守らなきゃという思いから緊張してしまった俺は、コントロールが少し乱れて先頭バッターにツーベースを打たれてしまう。

 この試合で初めて長打を打たれてしまった。


 次のバッターにも甘いボールを投げてしまい、内野安打にされた。


 これでノーアウト一三塁の大ピンチだ。


 ここでショートを守っていた大沢が俺のところに来る。


「バックを信じて投げろ。必ずアウトにしてやる。もし、点を取られても俺が取り返してやるから気にするな」


 こう言ってショートのポジションに戻っていった。

 心強い言葉だ。


 

 次のバッターの初球。

 俺が投げたストレートはど真ん中にいってしまった。

 

 相手がボールをジャストミートする。


 打球は三遊間へのライナーになった。


 これはレフト前に抜けると俺は確信した。


 しかしなんと、大沢がダイビングキャッチしたのだ。


 小柄な体で精一杯横っ飛びした姿は美しかった。


 大沢のおかげでショートライナーに打ち取れた。


 このプレーにより肩の力が抜けた俺はコントロールを取り戻すことができた。


 ここから二者連続三振を奪い、この回も無失点で切り抜ける事ができた。


 最後のボールは思いっきり投げることができた。


 このボールは自己最速の131kmを計測した。



 5回表が終わりベンチに戻ると、監督がお疲れさんと声をかけてきた。


 俺の仕事はここまでだった。


 

 この試合は最後まで投手戦が続いた。


 最終的に、大沢の先頭打者ホームランの1点をウチが守りきり、1-0で最終戦を白星で終えることができた。


 俺は人生初の勝利投手というものになったのだ。

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