ep29 二人だけの夜

 最終戦の後、監督に声をかけられた。


「非公式戦とはいえ、初勝利おめでとう。

実は今年のはじめにお前を見たときは、まさか年内に登板できるとは思ってもいなかった。

それが5回を投げきっての初勝利だから、大したもんだ。相手もプロの三軍だしな。」


「ありがとうございます。監督はどうして俺を最終戦で使ったんですか。それに大沢を初の1番起用したのもどうしてですか」


 俺は登板前に聞けなかったことを勇気を出して聞いてみた。


「そうだなぁ、お前に勝ち筋が見えたというか……。これという根拠はないが、俺の頭の中で岬を使ってみたら面白いんじゃないかという予感がしたんだ。

大沢を使ったのは、お前とあいつの相乗効果を狙ったんだ。同期が試合に出ると俺も活躍しようってなるだろ。そういうことだ」


 監督は勝ちに対する嗅覚が鋭いのかもしれない。


 俺と大沢は二人ともこの試合で持っているもの以上の力を発揮できたから、監督の狙いはあたった。


 やはりこの人はすごいなぁ。


 この日は監督に「今日はゆっくり体を休めろ。食トレもなしでいい」と言われたので、寮でゆっくり過ごした。



 次の日の練習後はいつも通り食トレのために監督の家に行った。


 インターホンを鳴らすと琴葉ちゃんが出てきた。

 家に入ると監督はいないようだ。


「今日は監督いないの? 珍しいね。練習にはいたのに」


 練習には全て参加していたし、特に何も言っていなかった。


「実は練習後に球団から電話があったらしくて、明日の朝一で急な会議が入って、すぐに愛媛に行っちゃったの。だから今日は私と太一君だけだよ」


 杏奈以外の女の子と二人でご飯なんて経験ないな。

 なんだか緊張してきたな。


「そうなんだ。今日のメニューは何?」


「今日の夜ご飯はオムライスだよ!」


 そういえば初めての食トレのときもオムライスだったな。初心に戻る気がする。


 いつものように琴葉ちゃんが料理を作り、俺が皿を並べたり食事の準備をする。


 かれこれ半年以上続いている習慣だから、もう手慣れたものだ。食器の場所とかも完璧に把握した。


 オムライスが完成して、テーブルに並べる。


 二人は向かい合わせに座り、手を合わせて「いただきます!」と声を揃えた。


 琴葉ちゃんの料理はいつ食べても最高に美味しい。こんなに料理の上手な高1は日本、いや世界中探してもいないと俺は思う。


 ご飯を食べている間は普段の生活の話とかをして、野球の話は殆ど出なかった。もちろん俺の登板の話も。


 

 食事が終わり、片付けをしてゆっくりテレビを見ていると、琴葉ちゃんがおもむろに立ち、冷蔵庫に向かった。


 冷蔵庫から何かを出して戻ってくると、両手でとっても可愛いケーキを持っていた。


「じゃーん! 太一君の初勝利祝いにケーキを作りました!」


 まさかのサプライズに俺はびっくりした。


「これ琴葉ちゃんの手作りなの? お店屋さんで売っているのと見分けがつかないくらいきれいにできてるし、デコレーションはお店のやつよりも可愛いじゃん」


 ケーキを作るのもこんなに上手だなんて、なんて多才なんだこの子は。


「ぜんぶ私の手作りだよ。学校から帰ってすぐに作り始めたんだよ。このプレートの初勝利っていうのをチョコレートのペンで書くのは超苦労したよ。2回も失敗しちゃった」


 そう言って琴葉ちゃんが指さしたチョコレートのプレートには【太一くん初勝利おめでとう】と書いてあった。

 確かにこれは苦労するよな。


 琴葉ちゃんが俺のために時間と手間をかけてケーキを作ってくれたというのは、表現できないくらい嬉しかった。


 その後ケーキを切り分けお皿に移した。


「そうだ、昨日の登板の映像を職員の人に送ってもらったの。それ見ながら食べよ!」


 自分のピッチングを見ながらケーキを食べるのはなんだか気恥ずかしいけど、琴葉ちゃんが望むならそうしよう。


 琴葉ちゃんはテレビに俺のピッチングの動画を映し出した。


 ケーキを食べながら映像を見始める。


 ケーキの味は見た目に負けないくらい美味しかった。


 琴葉ちゃんは俺のピッチングをべた褒めしてくれた。

 具体的にはストレートのキレ、コントロール、スライダーの曲がり、フォークの落ちなど、いろんなところを絶賛してくれた。


 最初は恥ずかしかったけど、ここまで褒めてもらえると気持ちがよかった。


 映像を見ている琴葉ちゃんの顔をふと見てみると、俺は異変に気がついた。


 さっきより確実に顔が赤くなっている。


「琴葉ちゃんさっきより顔赤くない? 熱があるかも」


 俺が言うと琴葉ちゃんは「少し体が熱いかも」と言って体温計を取り出して熱を測った。


 ピピピッと音がなり、体温計を取り出した。


「何度だった?」と俺が聞くと、琴葉ちゃんは体温計を見せてきた。

 そこには39.5℃と表示されていた。


「高熱じゃん。病院行ったほうがいいよ」


「この時間だと救急病院しか空いてないから、今日は薬を飲んで早く寝るよ」


「わかった。ケーキの後片付けとか全部俺がやっとくから琴葉ちゃんは早く寝て」


 俺がこう言うと、琴葉ちゃんは「それじゃあお言葉に甘えて」と言って、薬を飲んで自室に戻った。


 

 流石にまだ15歳で高熱の子を一人残して帰るわけにはいかないと俺は思った。


 とりあえず監督に連絡してみることにした。


 電話はすぐにつながり、俺は事情を説明した。


 監督は「事情はわかった。今日はうちに泊まっていってほしい。琴葉のことは頼んだ。俺も明日なるべく早く帰るようにする」と言った。

 

 監督との電話の後、俺は寮に電話をして外泊の許可を取った。


 この日は監督の家のソファで寝た。


 次の日の朝、俺は琴葉ちゃんにおかゆを作ってあげることにした。


 料理の経験は殆ど無いけど、レシピアプリを使って残り物でおかゆを作る。


 途中拭きこぼしたり、焦がしたりして大変な思いをしながらなんとか作ることができた。


 結局作るのに1時間もかかってしまった。


 おかゆができた頃に琴葉ちゃんが起きてきた。


「料理をあんまりしないのに、私のためにおかゆを作ってくれたの? めっちゃ嬉しい」


 琴葉ちゃんは喜んでくれた。

 

 そして俺のおかゆを美味しいと言いながら食べてくれた。


 食後琴葉ちゃんは体温を測った。


 体温は微熱まで下がっていた。


 琴葉ちゃんはテレビを見たいと言ったけど、まだ微熱があるからと俺は止めた。


 けれど、「少しだけだからお願い」と言っておねだりの顔をしてくる彼女に俺は負けた。

 俺は少しだけだよと言って一緒にテレビを見ることにした。


 ソファに座って横並びでテレビを見始めた。

 

 少しすると、俺の右腕が重くなった。

 見てみると琴葉ちゃんが寝息をたてながら、俺の右腕に頭をのせていた。


 俺はどうすべきか悩んだが、彼女を自室のベッドまで送ることにした。


 俺はそっと彼女をお姫様だっこで抱きかかえる。


 人生で初めてのお姫様抱っこをこんな場面ですることになるとは。


 琴葉ちゃんをベッドに寝かせたとき、彼女は「私も太一くんみたいなストレートが投げたいよぉ」と言った。


 まさか起きたのかと思ったけど、彼女は再び寝息をたてていた。


 寝言でも野球のことを言っているなんて、本当に野球が好きなんだ。



 

 昼過ぎになると監督が帰ってきたので、バトンタッチをして俺は寮に帰った。

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野球部の手伝いを嫌々していたら、なぜかドラフトで指名されました あまがみ てん @sento710

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