ep16 引退試合2

 第二ゲームが始まる前、俺の頭の中はとにかく混乱していた。


 一体何を先輩に読まれているんだ?

 

 俺には全く想像がつかなかった。


 このままじゃ第二ゲームは一点も取れないまま終わる可能性すらある。


 自分の中で、不安とプレッシャーが恐怖へと変わっていくのがわかった。バド人生の集大成として、この試合に全てをかけているから、その分恐怖も大きい。


 恐怖から体が小刻みに震える。


 こんな時はどうすればいいのか?


 とりあえず、自分を落ち着かせるために、ストレッチや深呼吸など、思いつく限りのことをやった。


 

 結局、恐怖が薄れることなどなく、解決の糸口すら見つからないまま試合は第二ゲームに突入した。



 一応、第一ゲームは俺が逃げ切ったので、俺のサーブから始まる。



 どのサーブから入ればいいのか。


 まだ、俯瞰で上から今の先輩の位置を把握することはできた。


 コートを真上から見た画像が頭に浮かぶ。


 先輩が今の位置だと、ショートサーブが一番点につながる可能性が高い。


 俺は深呼吸をして、ショートサーブを打った。


 打った瞬間に、ヤバい、しまった! と思った。


 打つ瞬間に、恐さから、手が一瞬震えたのだ。


 これで手元がわずかにぶれてしまった。


 ライン上ギリギリを狙っていた俺にとって、このぶれは命取りだった。


 コントロールできなかったシャトルは、ラインのわずか外に落ちた。


 サーブミスを俺がするなんて、高校入ってからあっただろうか。


 先取点を取られた俺はそこから四連続ポイントを許してしまった。


 0-4になった。


 次のサーブを先輩が打つ。

 先輩の打ったシャトルは、俺が一番好きなコースに来た。俺は絶対に先輩が届かない場所にスマッシュを打つ。けれども、先輩は追いついて、拾ったのだ。


 あーもう、一体どうすりゃあいいんだよ! 頭の中で考える。


 ヤバい! 一瞬考えた分出遅れた。


 この間のせいで、打ちたかったコースには打てなかった。しかし、先輩は俺が打ちたかった場所に走っていたため、俺のレシーブを拾えなかった。


 一点取れたが、喜びよりも苛立ちのほうが大きかった。


 先輩には俺が打つコースを完璧に読まれている。


 こんなんじゃ、俯瞰なんて意味がないじゃないか! 

 くそっ。


 心の中で毒づく。

 

 

 この偶然の産物の1点のあとは、結局為すすべがなく、今度は六連続ポイントを許した。


 その後のラリーでは先輩がミスをしてくれたので、1点を取れた。


 しかし、状況は変わらず更に五連続ポイントを取られてしまった。


 この時点で2-15だった。


 冷静に考えると、このゲームを逆転して取るのは不可能だ。

 

 ならば、ここで自分を進化させるしかない。

 進化するとしたら……

 そうだ、前に加藤と試合したときみたいにスタイルを変えてみよう。


 スタイルを変えるとすれば、どのようにするのがいいのか?

 

 俺は一つの答えに行き着いた。

 加藤との試合のように、コントロールは下がってしまうが、スマッシュの腕の振りをもっと強くするしかない!


 先輩に勝つために、俺本来のコントロール最重視のスタイルで来たが、もうやるしかない。



 俺は覚悟を決めた。


 次のラリーでスマッシュを打つタイミングをうかがった。


 先輩はロングサーブを選択した。

 俺は後ろに下がって、先輩から見て右前のサイドラインギリギリを狙ってドロップショットを打つ。

 

 これで先輩の左後方のスペースが大きく空いている。


 今までの俺なら、左のサイドラインギリギリを狙って完璧にコントロールできるスマッシュを打っていた。 


 今の俺は変わるチャンスだ!

 そう言い聞かせた。

 左後ろの空間全体を狙って、全力で腕を振った。


 打感が今までと全然違って、重かった。


 いっけーーー! 打つ時に自然と声が出ていた。


 そして、右前方にいた先輩は左後方まで追いつくことができず、シャトルがコートに突き刺さった。


 シャー! 俺は雄叫びを上げた。


 叫ばずにはいられなかった。


 こんなに大きな声を出すのは何年ぶりだろうか。


 決まった瞬間の気持ちよさは今までの何倍もあった。


 俺は一筋の光が見えた気がした。


 先輩は俺のほうを一瞬向き、とても驚いた顔をしていた。


 先輩は俺が誰よりもコントロールにこだわっていることを知っている。


 その俺が、こだわりを捨てて、スマッシュの威力を向上させるなんて思いもしなかったのだろう。


 次のラリーでも、同じようなパターンの攻撃が決まった。


 このゲームの点差は絶望的だったが、俺の気持ちはノリにのっていた。

 

 これはいけると思った俺は、更にその次のラリーでも、同じように狙いを大きくして、スマッシュを打った。

 しかし、三回続けてうまくはいかなかった。

 俺のスマッシュはラインの外に落ちた。


 けれど、これで俺がめげることはなかった。

 勝つためにはリスクを負わなければならないのだ。


 その後、続けて先輩が点を取った。

 

 しかし、その後、俺の攻撃がハマって三連続ポイントを取れた。

 

 俺は確実に手応えを掴んでいる。


 その後は一点を交互に取り合う形となった。


 この状況を打破するために、連続ポイントを取らなければ。


 絶対に次の点も取って連続ポイントしてやるぞ!


 俺がサービスを打つ。

 先輩は返球をミスした。

 俺の大好きなコースにシャトルが来たのだ。


 これはチャンスだ!

 狙うは力が入りにくいバックハンド側だ。


 今までよりも更に強いスマッシュを打つために、  

 強く! 強く! と声に出しながら。


 すべての力を腕に集中させてラケットを振り抜いた。


 今までで一番強いスマッシュに、先輩はなんとかラケットを当てたが、力負けしたためコートの外にシャトルは落ちた。


 更に一段階ギアを上げることに成功した俺は、続けて三点取ることができた。


 次のラリーは決めにいったスマッシュが惜しくもコートの外に落ちた。


 けれども、俺はすぐに切り替えられた。

 リスクはつきものだと割り切っていたからだ。


 その後も四連続ポイントを取った。


   


 最終的に15-21で、このゲームを俺は落とした。

 けれど、ゲーム中に進化することができた。

 これは、次の最終ゲームにつながる大きな収穫だ。


 俺の新しい攻撃パターンは完璧にコントロールしたショットで相手を揺さぶり、打ちやすい球が来たらコントロールを下げ、全力スマッシュするというものだ。


 絶対に最終ゲームを取って勝ってやるぞ!

 

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