ep17 引退試合3

 第二ゲームと第三ゲームのインターバル


 杏奈が俺のところにやってきた。


「太一、何なの今のプレー。いつもよりスマッシュを多用してんじゃん。スマッシュ自体もいつもと違うよね。コントロールがアバウトだけど威力が上がってる」


 杏奈自身もプレーヤーだから、オレの変化に気がついていた。


「このままじゃ勝てないと思って、スタイルを変えてみたんだ」


「最後のゲームもこのまま行くの? だとしたら川田先輩も絶対対策してくると思うよ」


 そうだよな。川田先輩だったらゲーム中の相手の変化にもすぐ対応してくるだろう。


「けど、私は今のスタイルの方がまだ点を取れると思う。それと、もっと体を大きく使ってもいいんじゃない。こういうふうに」

 

 そう言って杏奈は身振り手振りアドバイスをくれた。杏奈もスマッシュを得意とする攻撃型のプレーヤーだから、アドバイスは的確だ。次のゲームはアドバイス通りにやってみよう。


「わかった。お前のアドバイスは的確だな。助かる」


インターバルの2分間が終わろうとしていた。


「それと、最後に。ピンチになったらジャンプスマッシュを使いなさい。ただし、10点を取るまでは使っちゃだめだよ。早くから使って対応されたら、打つ手がもうないから」


 ジャンプスマッシュか……、俺やったことないんだよな。使わずにすむといいんだけど。



 インターバルが終わり、コートに入る。


 泣いても笑っても、これが俺の最終ゲームになるんだ。そう思うと、今までバドをやってきて苦しかったことや楽しかったことが頭の中に次々と浮かんできた。


 「よっしゃあ! いくぞー」


 自分を鼓舞する言葉が自然と出た。


 

 先輩が第二ゲームを取ったので、先輩のサーブからゲームが始まった。


 

 ラリーはやがて速くて低い弾道のドライブショットの打ち合いになる。

 ラリーが続く中、先輩は俺が打ってくる場所を読んだが、ギリギリ間に合うかどうかという球になった。


 先輩は態勢を整える時間をつくるために、高い弾道のロブショットを打ってきた。


 これはチャンスだ!

 そう思った俺は第二ゲームと同じようにコントロールがアバウトなスマッシュを打った。


 コース的にこれはコート内に入るぞ!


 俺はそう思った。


 けれども、コートに落ちる前に先輩がシャトルを拾った。


 渾身のスマッシュが決まらなかった。


 結局、このラリーは逆に、先輩のスマッシュが決まった。


 このゲームの先取点を先に取られてしまった。


 杏奈の言う通り、先輩は既に俺の変化に対応している。


 

 先輩はこの1点で波に乗った。


 ここから更に4点をとり、五連続ポイントとした。


 先取点のあと、先輩が4点を取る間に俺は、杏奈のアドバイスに従い打とうと努力はした。


 けれども、アドバイスの打ち方には近づかなかった。


 続くラリーで、スマッシュのチャンスをうかがっていた俺に打てそうなタイミングが来た。


 俺は躊躇なくスマッシュを選択し、杏奈の示した身振りをイメージして、ラケットを思いっきり振った。


 結局先輩に拾われたが、ほんの少しだけ、イメージに近づいた気がする。


 このラリーも先輩が勝った。


 次のラリーでも、俺はスマッシュを何回も打った。

 

 これも、決まることはなく、最終的に先輩が点を取ったが、また一歩イメージに近づいた気がする。


 

 少しずつ近づいている。俺はそう感じた。


 そして次のラリーで俺のスマッシュは更によくなり、1点を取ることができた。


 この時点でのスコアは1-7だった。


 その後はなかなか俺にスマッシュを打たせてくれなくて、先輩が三連続ポイントした。


 このままではなかなかスマッシュを打てるタイミングがない。


 そう感じたので、多少無理な姿勢からもスマッシュを打とうと決めた。


 その後のラリーでは難しい姿勢からスマッシュを決めて俺が二連続ポイントした。

 

 その後先輩が2点を取り、俺が3点を取った。


 ここでのスコアは、6-10。


 杏奈が教えてくれたスマッシュを打てるようになった俺だが、先輩は少しづつ対応しだした。


 そのため、二連続で俺は点を失った。


 その後、なんとか俺が二点を取った。

 

 ここから、試合が膠着状態になった。


 俺と先輩が1点を交互に取り合う形になった。


 スコアはやがて、11-18となった。


 このまま、何もせずにいくと試合が終わってしまう。  


 俺はなんとか10点以上取っている。


 このまま何もせずに負けるくらいなら、杏奈のアドバイス通り、ジャンプスマッシュをやろう。


 俺は決めた。


 俺は普通のスマッシュを打って、先輩が高い弾道で打ち返したところをジャンプスマッシュしようと考えた。


 この作戦が見事に的中して、俺は三連続ポイントし、先輩が1点を取り、俺が二連続ポイントした。


 次の点は先輩に入った。

 これで、16-20。先輩のマッチポイントだ。

 俺は追い込まれた。次の点を取られた瞬間に負ける。


 ここから、俺は自分でも驚くほどの粘りをみせる。

 

 追い込まれて、集中力が上がり、頭が一層冴えた結果、スマッシュとジャンプスマッシュを織り交ぜたラリーができた。


 俺は四連続ポイントした。


 これで20-20のデュースに持ち込んだ。


 次のラリーではなかなかスマッシュを決められず先輩に点が入った。


 このままでは負けてしまう。


 次のラリーでこの試合で一番の絶好球が来た。

 

 これは絶対に決めるぞ!


 うぉぉぉー! 


 叫びながら、今日一番の高さまで跳んだ。


 体のすべての力を腕に集中させ、腕がもげるくらい強くラケットを振り抜いた。

  

 次の瞬間、腕に激痛が走った。


 そして、シャトルは無情にもコートの外に突き刺さった。


 俺は負けた。


 そして腕を怪我した。


 俺は腕を抱えて、その場にうずくまった。


 すぐさま先輩と加藤、そして杏奈が駆け寄ってきた。


 ギャラリーも俺のことを心配そうに見ている。


 俺は痛みを我慢して、なんとか立ち上がった。


 先輩に「俺、また負けちゃいました。結局先輩には勝てずに終わりました」と言った。


 俺は負けたことがとにかく悔しかった。


 先輩は「話は後だ! 今すぐ病院に行け!」と言った。


 俺はすぐに救急病院に駆け込んだ。


 診断は靭帯損傷だった。全治は2ヶ月。


 俺は絶望の淵に落ちた。


 あと2週間でプロ野球選手としての人生が始まるというのに、全治2ヶ月の怪我をしてしまった。

 

 そして全力を振り絞ったのに、俺は最後の試合を勝つことができなかった。


 この2つの事実は俺を精神的に追い込んだ。


 俺はすぐさま佐藤さんに電話した。


「はい、佐藤です。どうした? 岬君」

 

 俺はバドの引退試合の最後で腕を痛めたことと、診断は靭帯損傷の全治2ヶ月でその間は腕を使う運動はできないと言われたことを伝えた。


「そうか。わかった。球団に伝えておく」


 佐藤さんの答えは意外なほどあっさりしていた。


「怒ったりしないんですか?」


 俺は怒られると思っていた。


「終わってしまったことは仕方がないだろ。それに、君にとって引退試合をするということは、この先プロ野球選手になるうえで必要なプロセスだと思う。だから、怒ることはないよ」


 佐藤さんは俺の気持ちを理解してくれている。なんて優しい人なんだろう。


 

 電話をすませた俺は学校に戻った

 

 杏奈や誠さんに診断を伝えた。


 誠さんは「俺のせいでこんなことになってしまった。本当に申し訳ない」と謝ってきた。


 誠さんに謝られると俺の心が辛い。


「誠さん、謝らないでください。佐藤さんが言っていたように俺にとってこの試合は必要なものだったんです」

 

 佐藤さんの言う通り、俺がバドと踏ん切りをつけて、野球に行くにはこの試合が必要だった。

 そこで怪我をしてしまったのは仕方ない。


「あと、気になることがあるんですけど、なんで先輩は俺が打つ場所がわかったんですか?」 


「単純なことだぞ。お前の打ってくるところは、俺が一番ラケットを届かせにくい場所かつ打つときの姿勢が厳しくなるところだった。それが途中でわかったから、自分の位置から一番遠くて、打つ姿勢が厳しくなるところに走り込んだってわけだ」 


 確かに今日は、コートが上から俯瞰できていて、打つべきコースがわかっていた。


「実は今日の試合の途中で、上からコートを眺めたイメージが頭に湧いてきたんです」


「そういえば、お前は前から打ちにくいところに行ってきてたよな。もしかして、目測で距離が正確にわかっていたのか」


 俺はものの距離を測ることがうまかった。


「そうですね。昔から、それは得意です」


「ということは、お前は深視力が優れているんだよ」


 深視力って物体同士の距離感を測る視力だよな。

 なるほど、だからものの距離を測るのがうまいんだ。


 先輩が続ける。


「おそらく今日、その力が更に覚醒したんだと思う。サッカーにも俯瞰することができる選手が稀にいると聞く。その選手は深視力がいいそうだ」


 へぇー、サッカーにもこういうことができる選手がいるのか。初めて知った。


「お前は体力もパワーもない。なのに、バドでインターハイ優勝するほど強くなったのは、動体視力の良さ、類まれな器用さからくるコントロールの良さ、そして相手が一番打ちにくいところがわかる深視力のよさのおかげだ。この3つを駆使して、勝ち上がってきたんだよ。はっきり言って、お前は普通じゃありえない存在なんだよ」


 確かに、バドは体力かパワーのどちらかが必要だ。守備型で粘るには体力が必要だし、攻撃型で押し込むにはパワーが必要なのだ。

 俺はそのどちらも優れてはいない。そんな俺が高校一になったのはこんな能力があったからなのか。


 誠さんの説明は腑に落ちた。


「俺にはそんな能力があったんですね。けど、今日勝てなかったということは、先輩を倒すにはさらに体力やパワーが必要ってことですよね」


 先輩は強すぎる。はっきり言って化け物だ。


「そうなるな。でも、体力とパワーつけたお前に俺は勝てないかもしれない。俺を越える可能性があるのは今のところお前だけだ。正直言ってお前が野球に行くのはバドミントン界にとって物凄く大きな損失だ。けど、野球の道に進むと決めたんなら、絶対にバドに戻らない、野球で成功するという強い覚悟を持てよ」


 そうだ。佐藤さんは保険をかけてくれたけど、そんなの必要ないくらい活躍してみせるぞ!


「覚悟はできてます。野球で頂点に立ってみせます」


「それは頼もしい言葉だ。俺は今度の土曜日に試合があるから、お前の見送りにはいけない。しばらく会えないけど、こっち戻ってきたときには顔出してくれよ」


「先輩の家にまたご飯食べに行きます」と俺は答えた。


 先輩は「待ってるぞ」と言い、会場から去っていった。

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