ep18 入寮前日の遊園地

 1月の第三土曜日


 翌日に入寮を控えたこの日、俺は遊園地にいた。


 なぜ遊園地にいるかというと、それは遡ること三日前。  


 学校の帰りに俺は山辺と杏奈と一緒に歩いていた。


「あとちょっとで二人とも入寮かぁ。寂しくなるな」


 杏奈が悲しげに言った。


 山辺の実家からシャークスの本拠地スタジアムまでは30分くらいだ。けど、新人選手は高卒、大卒、社会人関係なく全員が入寮する決まりだそうだ。


「俺は帰ろうと思えばいつでも帰れるけど、太一は徳島だからな。なかなか会えないな」


「お前徳島の場所わかるのかよ」


 山辺は地理がめちゃくちゃ苦手だ。高校に入ってから赤点を回避したことが一度もない。


「馬鹿にすんなよ! 球団名に四国って入ってるから四国にあるんだろう。四国ってあれだろ、福岡とか北海道があるところだろ」


 山辺は渾身のドヤ顔をしてきた。


「アハハハハハ ツッコミどころが多すぎて、まじウケる」

 

 杏奈が腹を抱えて笑った。


 山辺は、キョトンとした顔で「えっ、違うの」と言った。


「福岡と北海道は四国じゃないし、そもそもこの2つも違う地方だから」


 杏奈が教えてやった。


「本当、馬鹿だよな」


 俺がこう言うと、杏奈は「あんたも同レベルだよ」と、とっても失礼なことを言ってきた。


 

 俺のほうが山辺より断然頭がいい。


「山辺は最後のテスト赤点いくつだっけ?」


 俺は杏奈に自分の賢さを示そうと、赤点の数で山辺と勝負することにした。


「俺は6つだったぞ」


 山辺が俺の質問に答えた。


 よっしゃ勝ったー!


「俺は5つだったぞ。聞いたか杏奈、俺の方が赤点の数が少ないぞ!」

 

 俺はドヤ顔をした。


 山辺は「くそー、負けた」と心底悔しそうにしていた。


「二人ともレベルが低すぎる。駿君もそんなに悔しがる必要ないでしょ。赤点の数1つ違うだけじゃない」


 杏奈は若干引きながら、呆れていた。


「アスリートはとにかく負けず嫌いなんだよ」


 山辺が言った。


 そういう杏奈は赤点いくつだったんだ。

 もしかして2つとか3つしかなかったのか。


「じゃあ杏奈はいくつなんだよ」


「ゼロに決まってるでしょ」


 ゼロだと!

 そんなことがあり得るのか。


「お前、もしかして天才だったのか。神に愛された存在なのか」


「普通の子は赤点なんか取らないの」


 そういうものなのか。俺達は普通の子じゃなかったのか。


 「そんな低レベルな話に付き合ってたら馬鹿が移りそう。そんなことよりも、私提案があるんだけど」 


「提案ってなんだ?」 


「高校最後の思い出づくりで、今度の土曜日三人でどっか遊びに行きたい!」


 そうだな、この機会を逃したらいつ三人で遊べるかわからないもんな。


「いいなあそれ! 遊びに行こう」と俺が言うと、山辺も賛同した。


「遊びに行くなら、どこにする?」


 俺が聞いた。


「和菓子巡り、洋菓子巡り、それともいっそケーキブュッフェにするか」 


 なんで山辺はいつもスイーツのことしか頭にないんだ。


「無難なところだと、カラオケ、映画、ボーリングとかか」 


 俺は変人山辺を無視して話を続けた。


「ちょっと足伸ばして遊園地にしない?」

 

 杏奈が言った。

 遊園地か。長らく行ってないし、いいかも。


「いいな、そうしよ」と俺が言う。


 山辺は意見を無視されたから、残念そうにしていたが、「二人がそう言うなら」と渋々オーケーした。


 

 こんな流れがあり、遊園地に遊びに来たのだ。

 

 俺達は朝の開園前から並び、朝一で入園した。


 この遊園地は絶叫マシンとお化け屋敷が有名だった。


 絶叫好きの山辺に、朝から連続で5つの絶叫マシンに俺と杏奈はつきあわされた。


 ジェットコースターで落下しまくったから、俺は地上に戻った今でも浮遊感を感じて、気持ちが悪い。


 山辺は持参した絶叫マシンノートにそれぞれのマシンの感想を書いて、星の数で評価していた。



 その後、日本で一番怖いと言われるお化け屋敷に並んだ。


 お化け屋敷に入ると、リアルな妖怪やお化けが俺達に襲いかかってきた。音響なども工夫されていて、五感で恐怖を感じられた。


 お化け屋敷の途中、お化けが脅かしてくるたびに杏奈は「キャッ」と言って俺の腕にしがみついてきた。


 普段はあんなに気が強いのに、こんな一面もあるんだなと俺は思った。


 俺達は今、遊園地のレストランでご飯を食べている。


「昼からは怖くない乗り物に乗ろう」と話をしていた。


 その時、後ろから「山辺先輩と岬先輩じゃないですか」と声がした。


 後ろを振り向くと、野球部の後輩の田中とバド部の後輩の加藤が立っていた。


 話を聞くと、二人で遊びに来たらしい。


 二人の仲がいいとは知らなかった。


 それにしても、男二人で遊園地とは珍しい。

 

 聞くと、二人とも絶叫マシンが大好きで、乗りに来たらしい。


 二人も朝から一通りのマシンに乗ったらしく、昼からは特に決めていないと言っていた。


 杏奈の提案で俺達は5人で、昼から遊ぶことになった。


 杏奈のことが好きな加藤は話の間、終始オドオドしていた。


 

 ご飯を食べたあと、まずは観覧車に乗ることになった。


 ここで問題が発生した。


 観覧車のゴンドラは4人乗りということだ。


 

 俺達は話し合って、グッパで2人と3人に分かれることにした。


 グッパの結果、なんと杏奈と加藤が二人で乗ることになった。


 杏奈たちが先に乗り、次のゴンドラに俺と山辺と田中が乗った。


 男3人で観覧車とは、なんてむさ苦しいんだろ。

 

 俺達のゴンドラでは、景色なんてそっちのけで、終始加藤と杏奈がどうしているか話していた。


 山辺が「男女二人だけの密室、何も起きないはずはなく」などとぬかしていた。

 

 ゴンドラから降りると、そこにはゆでダコのように真っ赤な顔をした加藤と、杏奈が待っていた。


 杏奈がトイレに行ってる間に、俺達は加藤にどんな話をしたのか問い詰めた。


 加藤は「何も話せなかったし、先輩のことを直視できなかった」と言っていた。


 せっかくのお近づきチャンスだったのに、なんてうぶな男なんだこいつは。


 その後も夜まで遊園地を楽しんで、俺達は解散した。



 

 入寮当日の朝を迎えた。


 俺の空港までの道のりと、シャークスの寮までの道のりが途中まで一緒だったので、途中まで一緒に行くことにした。


 朝、山辺が迎えに来た。


 山辺はめちゃくちゃデカいボストンバックを担いでいた。


 俺は山辺に「何が入ってるんだよ」と聞いた。


 山辺は「命より大切なものだ。お前に見せてやるよ」と言った。


 山辺がボストンバックを開くと、そこにはグラビアの写真集と際どいエロ本が大量に入っていた。


 こいつは本当にスケベだ。


 野球道具は必要ないのだろうか。


「野球道具は入ってないけど、どうしたんだ」と俺は聞いた。


「やべっ! 本をいれることばかりに気がいってて、いれるのわすれてたわ」と山辺が言った。


 さらに山辺は「俺は野球道具取りに帰るから先に行っていいぞ」と言った。


 俺はおじさん、おばさん、杏奈に挨拶をして、家を出た。

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