ep22 少女との出会い

 キャンプから戻った俺は、球団のスポーツ医の診察を受けた。


「おめでとう岬君。これからは徐々に腕を使い始めていいよ」


 やったー! これでランニングの日々ともおさらばできるぞ。


「先生、完治したってことですか」


「検査の結果的にはそうなるな。

けれども、長らく腕を使っていないから、急に動かすとまた怪我をする恐れがある。

だから、簡単な腕の曲げ伸ばしからやっていこう」


 まだ、ボールを投げたりするのは先になるのかな。少し残念だ。

 だけど、もう怪我はしたくないから、焦らないようにしよう。


 その日の夜から、腕のマッサージや曲げ伸ばし、マシンを使ったトレーニングなど、先生の指示通りリハビリを開始した。

 

 結局、昼間はランニングをさせられた。

 あと少しの我慢だと自分に言い聞かせる。


 一週間後に再び受診すると、軽いキャッチボールを許可された。


 俺はキャンプを通して、村川さんと大分仲良くなっていた。

 その日の夜、村川さんの部屋を訪ね、キャッチボールを始めていいと言われたことを伝えると、明日から一緒にやろうぜと提案してくれた。

 素人のキャッチボールに付き合ってくれる人はなかなかいないし、陰口を叩かれていた俺が誘える人もそういないので、嬉しかった。


 次の日の朝、全体練習が始まる前に村川さんと、キャッチボールをする。


 一球一球投げるごとに、村川さんは、「今のはいい球だぞ」とか「もう少し、相手の胸をよく見て、狙って投げろ」とかアドバイスをしてくれた。


 しばらくキャッチボールをしたあと、途中で休憩をはさむ。

 村川さんは「素人にしてはいい球が投げられるな」と言ってくれた。

 俺は「一応、数カ月間バッピで投げる日々を送ってましたから」と返した。


 その後もキャッチボールを続けていると、監督が車に乗って現れた。

 そして、俺の方に向かって歩いてきた。

 

「お前今何してる」といつもの低くてガラの悪い声で聞いてきた。


 このおっさんには目がついていないのだろうか。キャッチボールしてるに決まってるだろ。


「キャッチボールです」


「誰がキャッチボールしていいって言ったんだ」


 誰の許可って医者に決まってんだろ。


「昨日、スポーツ医の先生に軽いキャッチボールをしていいって言われたんです。だから、全体練習の前にやろうと思って」


「スポーツ医が許しても、俺は許してないだろ!」


 監督がいきなり怒鳴ってきた。この人の沸点はどこにあるんだ?


「そうですけど……」


「朝から動こうとする心がけは評価してやる。今から全体練習が終わるまでずっと走ってろ」


 この人の頭は大分おかしい。


「いやです! キャッチボールするくらいで、なんで監督の許可がいるんですか! それにキャンプの初日から毎日走らせて。監督は僕のことがそんなに嫌いですか」


 俺は思い切って反論した。


「俺様に反論するなんて、いい度胸だな。貴様。

そうだよ、俺はお前みたいに野球を舐め腐ってるやつが大嫌いだ。虫酸が走る。

それに、ランニングの大切さに気付けないようなやつは論外だ。

お前が俺に歯向かうのは勝手だが、そんなことするなら、今お前の相手をしている村川も同罪とみなして、永遠に試合で使わないからな」


 なんて、傲慢で卑怯なクソジジイなんだよ。こいつは。村川さんを使って、俺を脅すなんて。

 

「わかりました。俺、ランニングします。だから、村川さんは試合で使ってください」


 何もしていない村川さんに迷惑をかけるわけにはいかないので、俺は仕方なく監督の指示に従った。


 

 

 それからも今ままで通りのランニング地獄が待っていた。


 俺は練習の邪魔をしないように、グラウンドや寮の敷地の外周や公園を通るルートを走っていた。


 俺はあることに気づいた。


 それは、毎日4時を少し過ぎた頃になると、俺と全く同じコースを走る女の子がいるということだ。

 彼女は必ず同じ時間に走り始め、一定のペースで走り、決まった時間に帰って行った。


 ランニングの間、一人で走るのが孤独だった俺は、彼女に話しかけてみることにした。


 今日も彼女は4時過ぎに走り始めていた。

 

 彼女の走るペースに合わせ、彼女の横につき、伴走する。


 彼女は女性にしては背が高く、見たところ175cm位ある。モデル体形の子だった。

 近づくと、彼女の顔がよく見えた。

 顔は幼さやあどけなさを残しながらも、目が二重でパッチリしていて、鼻筋が通り、顔が小さいという、とっても美人な人だった。

 おそらく中学3年か、高校1年くらいだろう。


「ねぇ、君。いつも4時を過ぎると球場周りや公園を走ってるよね。

俺もいつもこのコースを走るんだけど、同じコースを走る人があんまりいないから、珍しくて声をかけたよ。

どうしてこの辺を走ってるんだ?」


「私、野球が好きなんですよ。球場の周りを走っていると、ボールを打つ音とか、選手の声が聞こえてきて、とっても楽しい気持ちになるんです。公園を走るのは、四季を感じるからです。あなたはどうして、走っているんですか」


 野球が好きなら、球場の雰囲気を感じる、このコースはベストだな。

 何で走ってるかって……


「超厳つくて、性格が引くほどゴミなクソジジイに走れって言われてるからだよ」


 彼女は「ふふっ。なんですかそれ」と笑った。


 笑った顔は何にも例えられないくらい、とにかく可愛かった。

 俺の心は話しているだけで、ドキドキした。


 それから彼女が帰る時間まで、いろんな話をしながら一緒に走った。


 そして、次の日も、また次の日も一緒に走った。


 彼女は俺のことを癒やしてくれる天使だ。

 

 俺は毎日走ることが楽しくなっていった。

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