ep10 実業団の凄さ

 バドミントンの体験を翌日に控えた金曜日の夜、俺は荷物の準備をしていた。


 えっと、明日はバドのウェアとタオル、ラケット一式は最低限必要で、明後日はどんな格好でいけばいいんだろう。


 俺の週末の予定はこうだ。

 土曜日の朝家を出発してユナシスの練習場に向かう。 

 午前練習にはフルで参加する。

 午後からの練習も一部参加するが、3時過ぎには上がらしてもらって、そこから羽田空港に電車で行く。

 羽田空港から松山空港に飛行機で行って、そこから松山駅まではバスで行くことになった。

 ホテルは球団が松山駅の近くに取ってくれたので、そこに泊まる予定だ。

 翌朝、球団関係者の車でスパイダースの本拠地である愛媛オレンジドームに行き見学する。

 見学が終わったら、一軍二軍が秋季練習している徳島の二軍施設に車で行き、午後から練習を見学することになっている。

 

 中々のハードスケジュールだ。

 今日の夜はしっかり寝ないとな。


 俺はおじさんに明後日はどんな格好で行けばいいかと聞くと、制服で行きなさいと言われた。

 確かに学生の正装は制服だもんな。


 杏奈には「お土産ちゃんと買ってきてね。忘れたら承知しないから」と言われた。


 あいつはホント自由気ままなやつだとつくづく思う。 


 この日は制服にアイロンをかけて、荷物の最終チェックをして、早めに寝た。



 翌朝


 ぐっすり寝た俺は、スッキリと目覚めた。

 いつものように朝食を食べて、着替えを済ました。 

 時間になったので、家を出ようとすると、一家総出で見送りに出てきてくれた。

 朝早くからわざわざ出てきてくれてありがたい。


「これ小腹が空いたときに食べて」とおばさんからクッキーをもらった。


 おじさんからは、「この2日間でお前の進路が決まるんだな。俺達はお前がどの道に進んでも応援するから、後悔しないように最後は自分で決めなさい」と言われた。

 おじさんは駅まで送ろうとしてくれたが、今日も野球部の練習があるはずなので、俺は断った。


 「杏奈はお土産と土産話期待してるね」と相変わらず呑気なことをぬかしていた。


 「それでは行ってきます」と言って俺は家を出た。


 俺は大きなキャリーケースを引いて、バス停まで歩いた。

 

 そこからバスと電車を乗り継ぎユナシスの練習場の最寄り駅までたどり着いた。


 そこからはスマホのマップを頼りに、迷いそうになりながらも無事に練習場まで来れた。


 練習場の外観はうちの高校の体育館よりも断然大きかった。


 練習場の入口で鈴木総監督が出迎えてくれた。


「今日はよろしくお願いします」


 俺は元気よく挨拶をした。

 やはり挨拶は大事だからな。


「朝早くからよく来てくれたね。それにしても元気だね」


 元気のよさが伝わってよかった。


 それから鈴木監督は選手が着替えたりする控室に俺を案内してくれた。


 誰かもう来ているのかなと思ったが、まだ誰も来ていなかった。


 「まだ練習が始まるまで時間があるからゆっくり着替えてくれ」と言われた俺は初めての場所に緊張しながら、着替えをした。  


 練習開始予定の30分くらい前になると続々と選手がやって来た。


 バドミントンをやっていればユナシスの選手はどの人も知っている。

 それぐらいユナシスは有名で強いチームだ。

 だから控室に次から次へと入ってくる選手は俺にとって憧れの人ばかりで、俺の緊張はピークに達した。

 緊張しながらもなんとか一人一人に挨拶と自己紹介をした。 


 誠さんに挨拶すると、「よく来たな。うちのチームは強豪で練習もハイレベルだから、今日の体験はきっといい経験になるぞ。頑張れ」と言われた。


 誠さんの言う通りだ。

 いろいろなことを吸収して帰りたい。

 初めて会う人ばかりだけど、誠さんがいると少し心強い。 


 午前10時を回り、練習が始まった。

 

 まず初めに準備運動から入るのだが、ここで俺は衝撃を受けた。

 それは準備運動から体を動かす強度がとても強く感じたからだ。

 俺は準備運動ですら全力で取り組まなければならなかった。

 けれども、選手たちは涼しい顔をして取り組んでいた。

 ここで早速、レベル差を痛感した。

 それと同時に無事に今日を終えられるのか不安になった。


 準備運動が終わると基礎練習に入った。   

 ここでも俺はついて行くのに必死だった。

 周りから見ると全然ついてこれてなかったと思う。

 けれども体験に来た俺が選手たちの貴重な練習の邪魔になることだけは避けたかった。

 だからこそ吐きそうになりながらも、なんとか食らいついていった。


 ここで俺はあることに気がついた。

 それは選手たちがとにかく声を出しているということだ。

 実業団の練習は高校での練習以上に活気があった。

 俺も声だけは出せるから、声は負けないようにと思い、全力で声を出した。

 

 喉と体力が限界を超えていて、時間など気にする余裕はなかった。


 気がつけば時刻は12時になっていたようだ。


 全員に集合がかかり昼休憩に入るようにと指示があった。


 俺はどうすればいいかわからずその場に立ち尽くしていると、誠さんが声をかけてくれた。


「一緒にメシ食うか」


 俺の様子をみかねたのか、ご飯に誘ってくれた。

 後輩を気にかけてくれる優しい先輩だ。


 俺は誘いに乗り一緒に食堂に向かった。

 他の選手たちも食堂でご飯を食べていたが、そこに入って話をする勇気はなかった。


 それを察してか誠さんは誰もいないテーブルの端の席をとってくれた。

 

 誠さんは好きなものを食えと言ってくれたが、今ガッツリ系のものを食べると、吐いてしまいそうだったので一番胃に優しそうな素うどんにした。

 誠さんは唐揚げ定食大盛りを食べていたが、よくそんなものを食べる元気があると思う。

 さすがアスリートは違うと、ここでも差を感じた。

 

 誠さんが高校時代の思い出話などをしてくれたことで、俺はリラックスした昼休憩を過ごせた。


 

 練習場に戻るとすぐに午後の練習が始まった。

 

 午後は実戦形式の練習だ。 

 入れ代わり立ち代わり色んな人とひたすら打ち合いを行う。

 

 俺も色んな人と打ち合いをしたが、どの人もショットの一つ一つが強くて、返すのがやっとだったり、力に押し負けて返せなかったりした。

 俺の持ち味の揺さぶりなんて到底出せなかった。


 時間の関係上、最後になる打ち合いに俺はのぞんだ。


 相手はユナシスで最年長のベテラン、沖田さんだった。

 沖田さんは俺とプレースタイルが似ている。

 色んなショットを駆使しながら、戦術と揺さぶりで点数を重ねていくタイプだ。


 ここで俺は今日一番のショックを受ける。

 それは沖田さんのショットも俺と比べ物にならない程強かったんだ。

 普段テレビなどで見ていると、そんなにショットにパワーはなく、技術で勝負しているように見えていたのに、そんな人でも実際はこんなにもパワーがあるのかと痛感した。 

 こんなにもパワーがあるのに、技巧派に見える。

 裏を返せば、技巧派でやっていくにしても最低限これだけのパワーをつけなければならないということだ。

 とてつもなく壁は高い。

 

 さらに沖田さんの技術はすごく、俺の技術なんか小手先のものに過ぎないとわかった。


 

 打ち合いが終わったあと、沖田さんに話しかけた。


「沖田さんのショットの威力すごい強かったです。失礼なんですけど、テレビて見たときはこんなに強いとは思いませんでした」


 俺は率直に思ったことを伝えた。


 沖田さんは笑った。


「そんなにストレートに言われると気持ちがいいよ。このパワーは必死に練習したおかげだよ。俺がこのチームに入ったときは君なんかより全然パワーがなかったよ。君は俺と同じタイプの選手だけど、将来は俺よりも強いショットが打てるはずだよ。君は俺よりも全然上を目指せる。だから頑張れよ」

 

 練習したらこんなに強いショットが打てるようになるのか。 

 沖田さんの言葉に俺は救われた。

 それに、沖田さんより上を目指せるという言葉はお世辞だとしても嬉しかった。


「ありがとうございます。もしバドを続けるならより一層頑張ります」


 俺はバドに進むと決めたわけではなかったので、こう言うしかなかったが、もしこの道を選んだら全力で食らいつくつもりだ。


 時計を見ると時間は3時を過ぎていた。

 俺は飛行機の時間があるので、総監督に挨拶をした。

 総監督は今日の俺のプレーなどを褒めてくれて、ぜひうちに来て欲しいと言ってくれた。


 選手の邪魔になるといけないので、選手には声をかけず、控室で着替えてから、練習場をあとにした。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る