ep25 開幕
一軍の開幕から遅れること数日、この日は三軍戦の開幕前日だった。
選手、監督、コーチ、球団スタッフが一同に介して、ミーティングが行われた。
司会が「それでは西園寺監督の訓示です」と言って、監督にマイクを渡す。
「明日からいよいよ対外試合が始まる。
ここでお前らに言っておくことがある。
俺は負けることが一番嫌いだ。
だから勝つことが、どんなことよりも最優先だ。
俺は勝つための野球に徹する。
つまり、育てるための起用はしない。
去年は育成のために、多少実力が無い若手選手がレギュラーをはっていた。
今年は違うぞ! 年齢など関係ない。
何歳だろうと、勝つための駒だと俺が判断したら、起用する。それだけだ。
実力がない選手は、勝つための駒になれるまで必死に練習して、試合出場を掴み取れ。以上だ」
監督は高らかに宣言した。
育成のための起用はしないということは、まだまだ俺の実戦デビューは遠い。
俺はそう思った。
それと同時に、絶対に勝てる駒に自力でなってやると誓った。
ミーティングが終わったあと、俺は村川さんと話していた。
「なあ岬、俺はあの人が監督になってよかったと、今日の訓示で心底思った」と村川さんが言った。
俺は意味がわからなかった。
こないだの一件から俺は西園寺監督についていこうと思ったが、他の選手があのパワハラ監督を最高だと思えるなんて。
「どうしてですか。とにかく厳しい、昭和のパワハラ監督じゃないっすか」と俺は聞いた。
「あの監督は勝つための駒を求めていて、年齢は関係ないと言った。
もちろん実力も関係しているが、去年の俺は若い選手をいい場面で投げさすために、大差で負けた試合などの悪い場面で投げさせられた部分もある。
今日の監督の言葉は勝つための駒になれれば、俺だっていい場面で投げさせてもらえる。
そう俺は受け取った。
俺はこれが人生最後で最大のチャンスだと思う。
だから俺は今年に全てをかける!」
村川さんはこう言ったが、本人の言う通り実力不足の面も大きかった。
「村川さんの実力不足のところはどう補うんですか」
俺は先輩を実力不足だと言うのは少々気が引けたが、はっきり言ってしまった。
「俺には秘策があるんだ。
それは投げ方を変えて、アンダースローの投手になることだ。
俺の球速だと、オーバーハンドの中では球速が遅い部類になる。けれども、アンダースローだと、同じ球速でも速い部類になるんだ。
なんとかオーバーハンドでのスピードと変わらないスピードで、アンダースローで投げられれば勝機はある!
実は前から密かにアンダーで投げる練習をしていたんだ。
今日からはもっと特訓したいから、お前と大沢に付き合って欲しい」
確かに理論としては間違っていない。
村川さんの最後のチャンスを助けたいという気持ちが強かった。
俺は快諾した。
大沢も誘ったら、快く手伝いをしてくれることになった。
特訓では大沢がキャッチャー役をつとめた。
俺は野球素人なので、できることが少ないが、動画撮影などのできることを見つけて村川さんをサポートした。
その日の夜、俺は久々にテレビを点けた。
丁度、横浜シャークス対帝都ブレイズの試合が中継されていた。
中継を点けたとき、帝都ブレイズが守りだった。
先発ピッチャーは……、とピッチャーの顔を見てみると、なんと去年東光のエースとして甲子園優勝に導いてブレイズに一位指名された赤井広だった。
赤井は高卒一年目で先発ローテーションを任されているのかよ。
俺は衝撃を受けた。
しかも、これまでの回を0点で抑え、この回も内野ゴロ一つ、空振り三振二つと簡単に抑えた。
しかし、次のシャークスの守りで登板したピッチャーに、俺はさらなる衝撃を受ける。
ピッチャーはなんと山辺だったのだ。
山辺も先発ローテーションに入っているなんて、今年の高卒ドライチは化け物だと思った。
山辺もこれまでのイニングを0に抑え、この回も0で抑えた。
試合は白熱の投手戦だった。
山辺が9回のマウンドに上がり、この回も危なげなく抑えた。
その裏、赤井は振り逃げで先頭打者を出した。
その後のバッターの初球、一塁ランナーがスタートを切った。
思い切りのよい走塁に、キャッチャーはセカンドに投げられず、盗塁が決まった。
ノーアウト二塁、フルカウントから投げた赤井の投球はストライクゾーンに吸い込まれていく。
バッターがスイングをする。
バットとボールはぶつかり、セカンドへの弱々しいゴロとなった。
これは進塁打にはなる! と俺は思った。
ここで、予想外のことが発生した。
それは二塁手がボテボテのゴロを後逸したのだ。
ライトの前に弱い打球が転がる。
それを見て、セカンドランナーが三塁ベースを蹴った。
ライトは必死に前に出てボールを取り、全力で本塁に投げた。
ランナーと送球の競走になる。
ランナーがホームに滑り込むと同時に、ストライク返球を掴んだキャッチャーがランナーの足をタッチする。
キャッチャーのタッチは追いタッチとなり、ランナーの足が本塁に触れるのが僅かに早かった。
その瞬間、球場が湧き上がる。
ホームチームであるシャークスの劇的サヨナラ勝利だ。
これで山辺は初勝利を手にしたのだ。
赤井も執念の力投だった。
赤井は、パスボールによる振り逃げと、二塁手の後逸という二つのエラーで決勝点を取られたのだ。
ヒットを打たれた訳では無い。
高卒一年目にしては、こちらも異常なピッチングだった。
この日のヒーローインタビューはもちろん山辺だった。
山辺は緊張でクソ真面目な受け答えしかしなかった。
その日の夜、久しぶりに山辺に電話した。
入寮の日の朝に話したのが最後だったから、約二ヶ月ぶりだ。お互いに多忙だったので話す時間が無かったからだ。
俺は山辺を褒め称えた。
そして、クソつまらないヒーローインタビューをいじってやった。
最後に山辺が「お前もこの舞台に一日でも早く来いよ」と言った。
俺は「そうだな。頑張る」と答えたが、内心、山辺のように活躍できるビジョンは浮かばなかった。
俺は焦らず一歩一歩やっていこうと思った。
次の日から三軍の実戦が始まった。
俺や大沢、村川さんにチャンスは回ってこなかったけど、村川さんの特訓は続いた。
村川さんは着実に力をつけていった。
俺は打席にバッター役で立つことが多かったが、日に日にボールの球威は強くなり、浮き上がるような軌道になっていった。
ある日の三軍の試合終わりに、監督が次の試合のスタメンを発表した。
「9番ピッチャー村川!」
なんと村川さんが明日の試合の先発だった。
監督はちゃんと努力を見てくれていると思った。
次の日の試合、村川さんは先発のマウンドに上がった。
俺は前日の夜、自分のことのように緊張して眠れなかった。
村川さんに眠れたか聞くと、「俺あんまり緊張しないから、グッスリだよ」と返ってきた。
この日の村川さんは絶好調だった。
一回から浮き上がる速球と超遅いスローカーブを駆使して、緩急をつけて打者を次々打ち取っていった。
ベンチ内では「あれは本当に村川さんなのか」という声が、あちこちで上がっていた。
村川さんは4回まで快投を続けた。
次の5回、ツーアウトからヒットとフォアボールでピンチを作ったが、最後の打者をなんとか打ち取った。
この回で、村川さんはお役御免となった。
村川さんの今年初めての実戦は、先発して5回3安打2四球無失点という十分すぎるものだった。
村川さんはこの投球をきっかけに、先発ローテーションに入ることができた。
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