第16話 見守り係(ストーカー)
8月19日、面会の時間が九時ということもあり、いつも以上に早起きするのに注意を払った。菫なしだとかなりキツかった。
少しだけ久しぶりの朝食を食べ終わると、身支度を整えると俺は自転車を出して集合場所に向かう。集合場所に向かう道中だけで服がびしょ濡れになりかけた。
メールに書いてあった集団場所は海の近くにある丘の上の公園に到着した。丘の上は海からの潮風で地上よりかは涼しかった。そんな公園のベンチに1人の男が座っていた。確か名前は……
「あ、あの、あなたは
「そうだよ。学生時代の話を聞きたいと言っているのは君のことで合ってるのかな?」
「そうです。あなたの学生時代について話を聞きに来ました」
「どうしてそんなことを聞きに来たんだ?」クスッと笑いながら質問をしてきた。
「ある人物について少し調べていましてね。その為にはその人と同じクラスだった人の話を聞く必要がありましてね。なので、あなたにも会いにきました」
「ある人物?それは誰のことなんだ?」
「菫という女子のことなんですけど、前提なんですが、記憶にありますか?」
「ああ、あるよ大ありだ」
「本当ですか!」
予想外の返答に俺は不意をつかれた所為で裏返った声が出た。
「そんなに驚かなくてもいいのに」苦笑いをしながらそう言った。「でも、俺が他のクラスメイトよりも菫の情報を持ってるのは確かだ」
「どうしてですか?」
「どうしてって、どうゆうことかな?」
「他のクラスメイトは菫のことをほとんど知らなかったのにあなただけは知っていると発言した。それはどうしてなのかなって疑問に思ったんです」
「ああ、まあ、それは後で応えるよ」少し気まずそうに応えた。
「そうですか」
とりあえず座ってくれ、と言われので赤良木さんの隣に座ると体格の違い少し驚いた。肩幅広いなこの人。
「どこまで君は彼女のことを知っているんだ?」
「俺が知っていることは、菫がイジメを受けていたことくらいです」
「それを知っているのなら結構結構。じゃあ、俺が知っていることを話そうか」そう言って赤良木さんは背筋を伸ばした。
「俺が彼女と初めて会ったのは高校の入学式のことだった。その時、彼女の可愛いに思わず俺は一目惚れしてしまったんだ」
「え、ええ」開幕一目惚れ発言に俺は困惑を隠せなかった。
「仕方がないだろ。実際に可愛かったんだから」赤良木さんは少し怒っていた。
「まあ、でも一目惚れしていても度胸のない俺には彼女に話しかけることすら出来なかった。そして、中間考査が終わった頃には、更に俺の彼女に対する思いは強くなっていった。可愛い上に頭がいいなんて惚れる意外にないんだよな」自分のごとのように自慢げに話した。
「頭が良いってどれくらいよかったんですか?」
「中間、期末どちらも学年2位だよ。1位はなんかよくわからん奴が取っていたよ」
「それは初耳です」そんなに頭良かったのかよ。
「中間が終わってしばらくした後、菫さんは登校するペースが段々減っていったんだ。親しい友人も居て成績も優秀、そんな彼女が不登校になるなんて思いもしなかったよ。だから、俺は不登校の原因を調査しようと思ったんだ」
「調査ってどんなことしたんですか?」
「簡単なことしかしてないよ。彼女が偶に登校していた時に何か変化かがないかをメモを取ったり、放課後の彼女の行動パターンを全て暗記して何をしているのかを予測したり、登下校中の彼女の後をつけたりしたよ」
「ちょっと待ってください!」あまりにも多くの予想外の行動を耳にして頭がこんがらがった。「最初2つもなかなかに酷いんですけど、最後のは完全に犯罪ですよね。ストーカーですよ?」
「し、仕方がないんだ! 彼女を……菫さんを知る為にはそれしか方法がなかったんだから!」
「左様で」犯罪じみたことを犯さなきゃ完全には人をしれないということなのか。
「は、話を戻すよ」あからさまに慌てながら話題を逸らした。「そんなことをしたおかげである程度だが当時の菫の状況を知ることが出来たんだ」
「どうだったんですか?」
「悲惨そのものだったと思うよ。登校する度に傷は増えているし、放課後は校舎裏にクラスの中心グループの男子女子に連れていかれて怪我を負って教室に戻ってくるんだ。そして、下校中には隣の高校の不良に路地裏に連れて行かれて何かをされている感じだったよ」
「そうですか」
怒りの感情がフツフツと湧き上がるのが自分でも分かった。そして、1つの疑問が湧いてくる。
「どうして助けてあげなかったんですか? あなたは菫のことが好きだったんだ。命を懸けてでも助けるべきだったんじゃないんですか?」
「君の言う通りだと思うよ。好きな人が酷い目に遭っているのが分かっているのに何もせずただ傍観者になるだけなんて最低だ、それは当時の俺にも分かっていたことだ」
「じゃ、じゃあどうして! どうして菫を助けなかったんですか!」
「それは単純な話、俺に度胸がなかったからだよ」
「度胸……ですか」
「そうだよ。喧嘩して勝つ力もないし、教師共に頼んでもクラスの片隅にいた俺の意見なんて揉み消された」
「やっぱり学校側も敵なんですね」
「そうだよ。何も助けてはくれなかったんだ」
なんて残酷なんだろう。自分がその場に居たら何か出来たのかな、なんて夢物語のようなことを考えてしまった。
「酷いもんだよな。1番苦しんでる筈の被害者が助けを求めても誰も助けてくれないんだから。そんな環境に産まれてしまった菫には死んだ後くらいは楽しく過ごして欲しいな」
「そ、それもそうですね」
死んだ後の菫と少なからず関係を持っているだなんて言えない。
「君、今少し動揺した?」
「そそそ、そんなことないですよ。動揺する必要なんて何1つないんですから」
「そうには見えないな。さっきとは違って目が泳いでる。何かあるんなら話してみてくれ」
「な、なら話してあげますよ。信じてもらえるか分かりませんけど」
「ああ、聞かせてくれ」
それからは今まであったことを全て話した。旧校舎の体育館倉庫であったこと、成仏する為に記憶を取り戻す為に元クラスメイトに会っていること、菫と喧嘩別れしたことも全部全部話した。
すると、話を聞き終えた赤良木は少し困惑しながらも納得したように頷いた。
「まるで漫画みたいな話だな」
「まあ、そんなもんです。信じてもらえないこと前提で話したので悪しからず」
「いや、信じるよ。じゃなきゃ俺なんかには会いに来る訳がないからね」
「そうですか」苦笑いをしながら応えた。変なところで確信を突くんだなこの人は。
「話を聞く限り君は今は菫さんとは喧嘩してる状態なんだよな」
「はい、そうです」
「俺の元に来たってことはまだ菫さんのことを諦めた訳じゃないんだよな」
「そうですけど。それがどうしたんですか?」
「なら、携帯を貸してくれないかな」
「は、はい」
よく分からないがとりあえず携帯を渡してみることにした。悪用は流石にされないだろ。
数分後に赤良木さんは携帯を返して来た。画面には地図が表示されていた。
「どこですか? これは?」
「寺だよ。厳密に言えば墓地つまり墓場だね」
「ってことは、まさか菫の墓ですか?」
「そうゆうことだよ。行って意味があるから分からないけどね。今日でも明日でもいいから行ってみてくれよ」
「それは良いんですけど、菫の苗字知らないんですよね。学校の資料にも書いてなかったんですよ」
「それはそうだよ。学校側は極力菫の存在を消したかったからね。まあ、教えるよ。少し待っててくれ」
そう言って、彼は胸ポケットからシャーペンとメモ帳を取り出し、何か文字を書き終えるとメモ用紙を俺に渡した。
「この苗字の墓に行けば大丈夫だよ」
「ありがとうございます。これもストーカー行為の賜物ですか?」
「否定はしないが全部が全部そうという訳ではないよ」
「そうですか。なら別にいいです」
話が一段落着くと俺は立ち上がり赤良木さんにお礼を言ってその場を後にした。
自転車で地図に書かれた場所へ向かう。1度家に帰り着替えようかとも考えたがどうせ墓参りに行くだけなのだから別にいいだろうと考え、花束と水のペットボトルを買って寺へ向かった。
灼熱地獄の中、俺は必死になってペダルを漕いで正午前にはなんとか寺には着くことが出来た。
てきとうに空いている所に自転車を停めると墓地の中へ足を踏み入れた。中には無数の墓石が建てられていて様々な苗字がそこには掘られていた。見たことある苗字や全く見たこともないような苗字も。
しかし、俺と同じ苗字の墓石はここにはなかった。珍しい苗字なのは分かるけど1つくらいあったっていいじゃんか。
そして、俺は30分かけてようやく菫の墓を見つけることが出来た。赤良木さんから貰ったメモ用紙に書いてある文字と見比べ、これが本当に菫の墓なのかを注意深く確認した。
「ようやく見つけた白妙。どれだけ歩かせるんだか」
もしかしたらここに菫がいるのではないか、なんて能天気なことも考えたがそんなことはなかった。
俺は去年置かれたと思われる花の近くに買ってきた花束を横向きに置いた。木の近くだからか沢山の落ち葉が墓石を覆いかぶさっていたので手ではあったが掃き掃除をした。
その後はお参りを済まして出口の方に体を向け自転車に戻ろうとした時、40代くらいの女性が俺に話しかけてくる。水の入ったペットボトルと線香やロウソクが入っている袋を持っているのを見る限り、どうやらこの人も墓参りをしに来たようだった。
「あ、あの私の家の墓に何か用でしょうか?」
墓荒らしにでも来たのかと思われたのか、女性は明らかに警戒していた。でも、俺はどうすることも出来ず、身振り手振りでその場を誤魔化そうとした。すると、お供え物の花を見て俺が普通に墓参りをしに来た人間だと思ったのか女性は少しだけ警戒を緩める。
「もしかしてですけど、菫に何か用事があるんですか?」どうやらこの人はとても感が鋭いようだった。
「す、菫……さんのことを知ってるんですか?」
「はい。だって私は、菫の母なんですから」
予想外のことを言われ、俺はしばらく放心状態になった。
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