第12話 面談前の下準備
8月12日、俺はまたしても早く目が覚めてしまった。時計に目をやると短針は七時を指していた。
隣に視線を移すとすぐ傍で菫が安らかに眠っていた。そんな姿を見た俺はまた彼女に何か悪戯を仕掛けたくなってしまった。しかし何を仕掛けようか?前回は頭を撫でたがそれ以上となると過度なボディタッチになり得ない。どのくらいなら彼女は怒らないのだろう。今更ながら俺は菫の心の広さが分からなくなっていた。
とりあえず、撫でるのは許されたので個人的には同レベルである頬を指で突くという行為を行った。
初めの内はすぐに止めようと思っていたが予想外にも頬が柔らかく何度も何度も突いてしまっていた。気づけば30分の時が過ぎていた。すると、突つかれているのに気がついたのか菫も瞼を開けた。
「また何してるんですか?」
「頬を突いたり、押したりしてました」俺は罪を告白するように言った。「け、結構いい感触だったぞ」
「言ってること気持ち悪いですよ。自覚ありますか?」
「はい」
「分かればいいです」少し怒ってるのか?これは?
「まさか怒ってる?」
「怒ってると言われれば怒ってますが別に頬を突いたことに怒ってる訳じゃありません。黙って行ったことに怒ってるんです」
「次は事前通告有りでやるよ」
「そうゆうことじゃ……まあ、もう良いです」呆れながら菫は言った。
朝食が食べ終わり着替えを済ませると再びやることが無くなった。外の天気が悪い訳ではなかったので外に出ることは出来たが、どうせ明日は元クラスメイトに会いに行かなければならないので今日くらいは家でゆっくりしたい。
「そんなにやることがないのなら勉強すればいいじゃないですか。どうせ学校から宿題が大量に出されているんでしょ?」
「お前は母さんかよ。勉強はまだしたくない」
「我儘ですね。それならちょっと練習しましょう」
「練習? 一体なんの?」
「面談のというか、人と話す時の練習ですかね」
「そんなに俺が人と話すのが下手くそって思われいるのか」悲しいなあ。
「違いますよ。別に人と話すことは出来ているんです。ですがその、ただ目付きが怖くてですね」
「そんなにか?」
「はい。女性の方はもちろんのこと。男性の方も少しばかり怖がっていましたよ」
「俺はそうには見えなかったけど」
「深夏君から見たらそうなんですね。でも私から見たらみんな怯えてましたよ」
「マジですか」
「マジです。しかも次に会う方は女性なのでそこは改善した方がいいです」菫は真顔で言ってきた。
「分かった。なら目付き良くする為の特訓するよ」
「はい。それなら付き合いますよ」
「頼むわ」
目付き特訓場を簡易的に作る。倉庫から小さい丸型のテーブルを置くだけだが。
俺がそのテーブルの傍に胡座で座るとその反対側に菫が正座で座り込む。
「では始めましょうか。先程も言いましたが深夏君は普通に人の目を見てハッキリとした発音を発しながら話すことは出来ています」
「本当に後は目付きの良さだけか」
「そうです。話す時、人は目をよく見るんです。なので、相手が和やかに話せる目付きを作ってください」
「了解した」
菫にそう言われ、俺はとりあえず目を見開き作り笑顔してみた。しかし、ダメなのか菫は不満そうな表情を浮かばせる。
「どう?」恐る恐る俺は菫に聞いてみる。
「作り笑顔作るの下手ですね。それに目を見開いたらむしろ死んだ魚の目の感じが際立ってます」
「もっとダメになったか」
「ダメというか、そもそも深夏君は人と話すの楽しいですか?」
「正直な話、親しい人意外とはあんまり話したくない」
「やっぱりそうですよね。顔に出てるのでバレバレです」
「嘘だよな?そんなに浮き出てないよな?」確認する様に俺は聞く。
「嘘じゃないです。バッチリ浮き出てますよ。トランプの時も深夏君は全部表情に出ていたのでそれと同じです」少し呆れながら彼女は言う。
「俺はこれでも隠してるんだけどな」
「隠せてないから呆れてるんですよ。もっと自然に振舞ってください」
突然自然に振舞えと言われても出来るわけないと思った。
そこから数100回、俺は作り笑顔の練習をした。菫には数え切れない程注意され、気づけば正午を過ぎていた。しかし笑顔を練習するのに夢中になっていた所為か空腹には気づかなかった。
菫に良しと言われた頃にはもう太陽が沈みかかっており、もう空の色は紅くなっていた。
「まあ、これくらいなら下手なことしない限りは大丈夫ですよ」
「なんだよ。仕方なく許したみたいな」
「実際そうなんですよ。これはあくまでも妥協点です」
そんなことをキッパリと言われ、部屋の隅でイジけた。そんな俺を見て、菫はニヤニヤと笑っていた。軽く1発くらいなら引っぱ叩いていいかな。
イジけながら部屋の天井をただ茫然と見ていると菫が肩を叩いてきた。すぐに振り向いてもなんか負けた気がするのでしばらくは前を向いた。無視し続けていると菫は叩く力を強くする。響く音も大きくなる。いい加減鬱陶しくなってきたので我慢できず後ろを向いた。
「なんだよ。痛いよ。やめろよ」
「無視する方が悪いんですよ。無視っていうのは結構精神的にくるんですよ」
「わ、悪かったよ。もうしないから」
「分かればいいんですよ、分かれば」ドヤ顔をしながらそう言った。「もうお昼どころか夕食の時間帯になりますけど、ご飯どうします?」
「ご飯までゆっくり休む。取り繕うのは疲れるわ」
「それならお菓子でも食べましょう!」
「そうだな。食べよっか」
1階からスナック菓子とジュースを持って来る。部屋に入ると菫が俺の机の中を漁っていた。何か珍しい物でもあるとでも思ったのだろうか。しばらくその光景を眺めていると菫はある物を見つけたらしく机の上にそれを置いた。
「これはなんですか?」
「ノートパソコンだよ。親に2年前くらいに買って貰ったんだ」
「何故ノートパソコンを?普通あなたくらいの歳の人はゲーム機とかパソコンならゲーム専用の物を買うでしょうに」
「うちは金持ちじゃないし、別にゲーミングパソコンを持つ程俺はゲーム好きじゃない。だからゲーム機も買ってない。それにパソコン慣れするなら安い物でいいからそれ買ったんだよ」
「パソコン慣れって、何してたんですか?」
俺はその問いを投げかけられたが、俺は黙り込んだ。それは人に教える価値の無いものだ。
ずっと黙り込んでいると、クーラーの音が部屋中に響き渡り、なんとも言えない空気になった。
黙り続けていると、菫が早く応えてほしいと催促してきた。
「どうして黙り続けているんですか?まさかパソコンの中に何かやましい物でもあるんですか?」近寄って早く応えろと圧をかけてくる。
「これって応えるの強制?」一応聞こっと。
「別に違いますよ。嫌なら教えなくて結構です」不満があるのを隠すように彼女は言った。「それなら深夏君はジュースをコップに注いでください」
俺は言われた通りコップにジュースを注いでいると菫はパソコンを開きログインし始めた。
パスワードは設定していなかったのを思い出し、俺は慌てて止めようとするが菫は部屋中を走りながらパソコンを操作していた。なんて器用な幽霊なんだ。
すると、パソコンのログインが完了した菫は走るのをやめて少し困惑した表情をした。
「あなたこれを見られたくなかったんですか?」
そう言って俺に見せてきたのは、2年ほど前に書き始めて途中で書くのをやめた小説擬きだった。3、4話投稿して書くのやめたんだよなあ。
「こんなの書くなんて凄いじゃないですか。どうして隠してたんですか?」
「つまらないと思ったからだよ。こんなのは人に見せれない」
「そんなに言わなくてもいいのに。これ読んでもいいですか?」
「ご勝手に」止めてもどうせ、読みたいと言い張ると思ったので他に何も言わなかった。
菫はそこから読むのに夢中になったのか黙り込んだ。俺はその間、スナック菓子を食べてはジュースを飲む作業を繰り返した。
俺の自作小説を読んでる間、菫は表情を全く変えていなかった。いつも漫画を読む時、菫は俺でも分かりやすいと思う程表情を変える。面白くないのだろうと俺は悲観的に考えた。
30分くらい経つと、菫は読み終わったのかパソコンを机の上に置き、俺と反対側へ座った。座った後も菫は俯き加減で黙り込んだままだった。
「ど、どうだった?」そう聞くと菫は俺の方に視線を向ける。初めは表情は硬かったがどんどん柔らかくなっていった。
「まあまあ面白かったですよ。早く続きを書いて欲しいくらいには」
「そうか」その1言を聞いて安堵した。「そう言われて嬉しいが生憎書くつもりがないんだ。悪いな」
「どうしてです?」
「さっきも言っただろ、つまらないからだよ。それと、読む人が少なかったからなのもあるよ」
「はあ」菫は呆れた気持ちを含めた溜め息を吐く。「こうゆうのって初めるとほとんどの人が反応が少なくて半ばでやめるんですよね。あなたもその1人ですね」
「なんだよそれ、それの何が悪いんだよ。モチベーションが無きゃやる気なんて出る訳ない」
「それはその作品を肯定してくれる人が居なかったからですか?」
「そうだよ。それの何が悪いんだよ」少し不機嫌そうに俺は言う。
「それなら、今実際面白いと言ってくれた読者が目の前にいるんですよ。そうゆう人の為に書いてくださいよ、面白いと言ってくれた読者に! これまでだって居たでしょうに」急に熱くなった菫に俺は少し困惑した。なんでこんなに熱くなるんだよ。
「居たよ、居た。でも書けなかったんだ」
「どうしてです?」
「誰にも望まれてないと思った、それだけだよ。それに1度読んだ人だってそう思ってた気がする」
「なんですかそれ。すぐにそうやって自分を卑下する」
「仕方ないだろ。自分に自信がないんだから」
「レビューちゃんと見ましたか?」
「見てない。怖くて見れる訳ない」
「はあ」呆れた溜め息が菫の口から漏れ出る。「コメントはオフになっていてありませんが、代わりに星を最大で3つ付けることが出来るみたいで、全部のレビューで星3でしたよ」
「今日はエイプリルフールじゃないぞ」
「嘘じゃありませんよ!ちゃんと自分の目で見てください!」
そう言って、菫はパソコンの画面を俺に向けてきた。ほぼゼロ距離であまりよく画面の状況は見えなかったが。
「あ、ほんとだ」
「でしょ! 悪い現実から目を逸らすのは分かりますけど、良い現実から目を逸らすのは全く理解出来ません」
「な、なんか。すいません」反射的に俺はついつい謝ってしまった。
「レビューを見て少しはモチベが復活しましたか?」
「モチベ自体が復活してもこの物語がどんな結末を辿るのかはもう俺自身が覚えてないんだ。だから、もう書きようがないんだ」
「そうですか」少し悲しそうな顔を表した。
ややあって、話を切り出したのは菫だった。
「あの……話は少し変わるんですけどいいですか?」何かを伺うように俺に問いかけてくる。
「何さ?」
「私とこうやって過ごした日々を書いてくれませんか?まだどんな結末を辿るかは分かりませんけど」
「良いのか? 俺なんかが書いて」
「深夏君以外、誰が書くんですか」揶揄うように笑いながら菫はそう言った。
「分かったけど、なんでそんなこと提案してきたんだ?」
「私が嬉しいからです。それだけ」
「それだけか、分かった必ず書くよ」
「必ずですよ」
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