第13話 旧友の過去話 前

 8月13日、久しぶりに変な時間に起きずに深くグッスリと眠ることが出来た。勢い余って2度寝しそうだった。


 そして、起きてすぐに横にいる菫に悪戯を仕掛けようとしたが、菫はその隙を与えてはくれなかった。目を覚ましたばかりだからか菫は目を細めて俺のことを見つめていた。


「おはよう」普段とは違い、少し爽やかに言ってみる。

「おはようございます。なんだか調子良さそうですね」口ごもった声で言った。

「まあな。人とまた会うんだし不機嫌な状態でいる訳にもいかないだろ」

「それもそうですね」そう言って彼女は微笑んだ。


 朝食を済ませ、どのような服を着れば良いのかを菫と相談した。女性に会う訳なのだからいつもより少しオシャレな服を着こなした。髪を梳かしていると菫が何度か色々なことを指摘してきたが、どんな髪型が似合うのか俺には分からなかったので、指摘が鬱陶しくなってきた辺りから菫に櫛(くし)を託し、髪型を整わせてくれた。


「どうでしょう? 気に入ってくれましたか?」

「うん。個人的にはなかなか格好良いと思う。菫はどう思うんだ?」

「私もそう思いますよ。我ながら結構上手く整わせられたと思います」

 菫に褒められた所為か、少し顔が熱くなった。照れ隠しの為に後頭部を少し掻いた。


 準備を終わらせて外へ出る。相も変わらずいつもと変わらずの猛暑だった。

 外へ出ると菫は一目散に自転車のキャリアはに乗り込み、早く行きましょう! と出掛けることを急かしてきた。案外せっかちなんだな、それとも気持ちが高揚しているからか?

 集合場所と時間は予めメールで伝えられている。繁華街にある喫茶店とは、オシャレだな。


「10時集合だけど後1時間くらいあるな」

「ですね。どうしましょうか?」

「少し歩こっか」そう言うと菫は元気良く首を縦に振った。


 駐輪場に自転車を停めると宛もなく繁華街の中をただただ歩き回った。この時間帯になるともうお店は大体開いていた。百貨店や服屋、本屋にゲーセンなどに行き、とにかく時間を潰した。どんなお店に行っても菫は子供のようにはしゃいでは俺に何か買うことをお願いして来た。


 特に服屋では可愛らしい服を買って欲しいと懇願されたが全て4000円越えの衣服だったので少し辛かったが拒否をした。その時に、俺が服と半ズボンを差し出すと、菫に「服を選ぶセンスが全然ありません。あなたは一体今までどうやって服を選んだんですか?」と言われ、面談前だというのに少し傷ついた。


 店を回っていると時間はあっという間に過ぎ集合時間になった。


 集合場所へ向かう際、菫に話しかけている俺を見て何か不気味な者を見るような視線を向けてきた。その視線に少しイラッと頭にきたので菫の右手を取り手を繋いだ。さらに身体が接触するスレスレまで近づける。


「何やってるんですか!」と俺の耳元で焦る菫が驚き話しかけてくる。

「周りの人達の視線が少し頭に来たので手を握りました」何故か敬語になってしまった。「急にごめん」

「謝らなくてもいいですけど、今度はちゃんと事前に何らかの合図をくださいね」

「分かった分かった」


 しばらくそのまま歩いていると、菫が何か物言いたげな顔を見せてくる。


「どうしたの?」

「人と会う前に1つだけ約束を結びたいと思いまして」

「約束?」

「そうです。もしも今日会う人があなたの逆鱗に触れるようなことを言っても決してその人を殴らないでください。これが約束です」

「良いよ、分かった。約束しよう」

「ありがとうございます。それじゃあ指切りげんまんです」

 小指を結び合い、お約束の言葉を言い合う。


 そんなことを終えて集合場所である喫茶店へ向かう。幽霊の手ということもあり握っていると少しヒンヤリして気持ちが良かった。それと、とても柔らかかった。


 喫茶店に着き、店内で待とうと思ったが人が溢れるほどに居て混み混みとしていた。

 席がすぐ空くような兆しも見えなかったし、こんな所にいると菫が気が気でないだろうと思ったので外の方に置いてある席に腰を下ろした。


 日除けのパラソルはあるものの大気自体が熱いので待っているだけでもかなり辛かった。飲み物を頼もうと思ったが近くに店員も居ない為、頼みようがなかった。席を離れたらすぐに取られそうだったし、しばらくはこの暑さに耐えよう。


 頭が俯き加減になると、菫が後ろからペチペチと俺の頬を優しく叩いてきた。叩かれる度にヒンヤリとしていて朦朧としていた意識がハッキリとした。


 それから猛暑地獄の中を15分程待っていると、成人女性と思わしき人が目の前から迫って来るのが分かった。今まで会った人の中でも背が高く髪はとても綺麗にまとまっていて、最低限の化粧が施されていた。菫とは違う大人な雰囲気が感じられた。まさしく仕事を難なくこなせる出来る女と言ったところだろう。少し気が強そうだとは思ったが。


赤波紗奈香せきなみさなかが言っていたのはあんたでいいのよね?」女性は優しく聞いてきた。

「そ、そうです。お忙しい中ありがとうございます」そう言うと、彼女は柔らかく微笑んだ。

「あ、あの名前を伺っても良いでしょうか?」

「あの子から教えてもらってなかったの」と少し驚いていた。「永原霞ながはらかすみって言うの。よろしく」

「は、はい。よろしくお願いします」


 挨拶を済ませると永原さんは席に着くと近くに居た店員を呼び込みアイスコーヒーを2つ注文した。混んでいる影響ですぐには来ないとは思ったが、頼まないよりはありがたい。

 永原さんの方を見ると話を始める為か、俺の目を見つめていた。


「こんな猛暑日にあなたは私とどんな話を聞く為に来たのかしら?」

「あなたの高校時代のことについてです。もっと詳しく言えば、その高校時代で関わっていたある人物について聞きにきました」

「ある人物と言うと?」

「1年生の頃、菫という女性はいませんでしたか?」


 俺は早速、本題に話を持っていった。それを聞いた永原さんは居たわよ、と静かに応えた。それがどうしたの?と続けて聞いてきた。


「その人とは関わってましたか?」


 それを聞いた永原さんは何処か楽しそうな表情になった。すると、少し長話になるけどいい?と聞いてきたので問題ないです、と応えると永原は語り始めた。


「菫と初めて出会ったのは確か高校受験の時だったかしら。出会ったばかりはほとんど会話らしい会話もなかった。私から会話を始めても全然続かなかったかな」


 菫は生前から優しい性格だったのだろう、それを聞いてそう思った。初対面の人と目を見て笑顔で話してくれる人なんてこの世の中にはそう居ないだろう。永原さんの話を聞いて俺はなんだか嬉しくなった。

 それからどんな関係に発展していったんですか? と、俺は話の続きを促した。


「そうね。次に会ったのは、受験結果の合格発表の日だったかしら。再会を少し喜び合って、お互いに受験番号を必死に探し合って見つけた時は一緒に喜び会ったかな。まだ会って共有した時間だって少ない相手となんでこんなに仲良く出来るんだろうって不思議に思ったかな」


 確かにそうですよね、と俺は柔らかい表情で言った。苦笑いはしていたが。


 永原さんは俺の返事を聞いた後、すぐに話を再開した。心無しか彼の表情も楽しげになっていた。過去の思い出話をするのはやはり楽しいのだろう。


 そして、おそらくだが、この人が菫が言っていた親友なのだろう、と薄々勘づいていた。


「次は入学式だったかな。桜が咲き乱れていて満開だったのを覚えてる。綺麗だったな。確かクラス発表も同時にあって、同じクラスになって喜び合ったのを覚えてるよ。それからは華々しい高校生活の始まりよ。菫とクラスも一緒だったからよく話すようになった。初めの1週間はどうにかして話を長引かせようとするのに必死だったかな。でも、それから1週間も経てば軽口を話す仲にはなってたかしらね。ほとんどが私の昔話とお互いの受験で大変だったことを話し合った感じだった。でも、私が頻繁に他の人に話かけたりする性格だから中間考査の勉強が始まる頃には話す頻度が少し減っていった気がします」


 それを聞いて、なんで菫と話さないんだ、とは言えなかった。しかし、彼女愚か、友人すら作ったことのない俺が永原さんを批判する資格はなかった。

 永原さんの話を聞いて俺はその話を聞いて気になった点があったのでそれを彼に訊ねた。


「過去というのはどれくらい前のことを話し合っていたんですか?」

「そうね。私は小中学生のことを話したわよ。菫に昔の話を尋ねても全然話してくれる様子はなかったかな」


 どうしてですか?と追加で聞いても永原さんは有耶無耶うやむやな回答が返ってくるだけだった。

 永原さんは話を再び初める。


「話す回数が減ったと言っても時間があれば菫に何度も話しかけたつもりよ。あの子もそうすると喜んでた感じ。でも、彼女から話しかけてくるってのはなかった、何故?と問い詰めても応えてはくれなかった」


 頼んでいたアイスコーヒーが届いた。

 店員さんにお礼を言い、角砂糖を入れていると、永原さんはアイスコーヒーを1口飲み話を始めた。


「中間考査が終わるとすぐに体育祭が始まったわ。みんなで準備をしたり応援練習を頑張ったりした。楽しかった。それでも、菫が参加している姿は少なかった。どうやら大勢で何かをするというのが苦手だったみたいよあの子」


 今の幽霊の菫がどうして大勢の人々がいる所を嫌うのか、薄々感じてはいたがそれは生前からの名残りだったらしい。


 それに気づいたのと同時にある疑問が湧いてくる。菫は首を吊って死んだ、それはきっと辛いことがあったからだ。しかし、この人は菫に気を使ってどうにか接しようする人だ、こんな人が居てどうしてあんな死に方をしたんだろうか?という疑問が。

 きっと、話のどこかでその原因が出てくるはずだ。


「6月の上旬、厳密に言えば体育祭が終わった日。その日の夜はクラスメイトのみんなと打ち上げに行ったの。各々が体育祭で頑張ったことや楽しかったことを話し合ってそれなりに盛り上がったのを覚えてる。その時にジャンケンで負けて有り金の全てを奢るために使っちゃったの。金が無くなってどうしようって悩んでたらクラスの中心グループの陽キャ女子に呼ばれてね。あることに協力すればお金をあげると言われたの」


 あること? と俺が問うと、永原さんの笑顔が更に増す。この話を語る前よりも笑顔なんじゃないかな。

 そして、俺は次に彼が言ったことに衝撃を受け、息を飲むことになる。


「菫という女が嫌がるようなことをなんでも良いから1つ教えてそれを実行してくれれば1000円あげるってね」


それを聞いて、今まで取り繕っていた笑顔が崩れていくのが分かった。そして、菫が首を吊った原因も少しだけ分かった気がした。

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