第14話 旧友の過去話 後

 俺は人に物事を隠すのが苦手だ。

 何かを隠そうとしてもすぐにバレてしまう。実際、菫にはすぐバレてトランプでは惨敗を期した。菫にはその弱点を克服する為に特訓をした。作り笑顔で誤魔化すやり方なども教わった。この人、いや、こいつに会う為に。

 だが、俺にはもう1つ弱点っぽいものがある。それは、突然の事態に臨機応変に対応できないことだ。




「っと、そんなことを頼まれたんですよ」

「それで……その頼みはどうしたんですか?」

 俺のこの問いに永原さんはどう応えるつもりなのだろう?

 今からされる返答によっては自分の態度が偏り、豹変すると確信することが出来た。

「金欠だったからね。2つ返事で了承したわよ」ヘラヘラした態度でそう言った。

「は?」と威圧するような声が漏れたが、どうやらコイツには聞こえてはいなかったようだ。


「だから、手始めに顔に傷が出来るのが嫌なんじゃないかって言ったら、分かったと言われて1000円を貰ったわ。案外チョロかった」


 俺は片耳半分で永原の話を聞いていた。

 頭は完全に俯いていたし、正面向いたら向いたで人には見せれないような顔をしていただろう。

 声だって、恐らく小動物が天敵を威嚇するような声を出していただろう。

 だから押し黙って、小さく頷くことしか出来なかった。


「その翌日、菫は変わらず登校してきたよ。話しかけても元気に返事をしてきて、特に変わった様子はなかった。だけど、確か両頬に絆創膏が何枚か貼ってあったし、その部分を何度か手で隠してたかな。それからその日の放課後にまた昨日の陽キャ女子達に呼ばれて情報を寄越せって言って来たから腕や足、首元など人に見られる所に傷が出来るのが嫌なんじゃないかって言ったら約束通り1000円を貰ったわ。その次の日、菫の首元に傷が出来ていた。腕にもあったのかもだけど長袖だったから見えなかったな。私は他に、もっと嫌がることを聞き出したかったから昼休みに聞いてみたのよ。最近大丈夫なのか?って」


 そこで1回永原は汗を拭き取り、アイスコーヒーを1口飲み話を再開した。


「そしたら、アイツは私に、最近陽キャ女子に暴力をふられたていることやそれが母親にバレて大変なことになっていることを教えられた。相談を聞いた後に、今1番何をされたくないかをお返しで聞いてみたの。そしたら色々と教えくれたわ。教科書などの少し入集困難な私物を捨てられていることと人目に着くこと所に傷が出来ることだということを教えくれたわ。まあ、また私はその情報を陽キャ女子達に渡して金を幾つか貰って本を買ったり化粧品を買ったりしたかな」


 ゲラゲラと笑いながら彼女はそう言った。

 菫の方を盗み見すると、顔を真っ青にして唇を小刻みに震わせていた。涙目になっていていつ泣いてもおかしくなかった。

 かくゆう俺も自分でも分かる程に息が荒くなっていた。永原が次に何か余計なことを言ったら殴ってしまうと確信してしまった。堪忍袋の緒がブチギレる寸前だったのだ。

 殴るのを必死に耐えていると永原は笑いながら「簡単に人を信用するなんて馬鹿な女よね。少し優しくしたくらいで人のこと簡単に信じるなんてさ」と馬鹿にするように言い放った。

 それを聞いた瞬間、頭の中で何かが切れた。菫との約束とか法律とかを気にする自制心のような物が頭の中から消え去った。

 次の瞬間、膝の上に置いていた左手を永原の顔面目掛け殴ろうとする。でも、出来なかった。止められたのだ、菫に。

 菫は瞼を力一杯閉じながら両腕で俺の左腕を抑えた。それを見たらこれ以上は殴れなくなった。その場は下唇を噛んでどうにか凌ごうと考えた。


「6月末の期末テスト付近になると菫の登校回数は少しずつ減っていった。でも、担任や他の教師は何も対応はしなかったよ。だから菫に対してのイジメは続いていった。誰も止めようとしなかったのよね。期末テストが始まる前に私はイジメグループの人達にこんなことを言われたんだ。菫に実際に危害を加えれば追加で1000円あげるってね。私は特に断る理由もなかったからすぐに了承して、その日の放課後から私も参加したわ。取り敢えず昼間に陽キャ女子達に言われた場所に行くと数人の男女と目隠しをされて口にガムテープを貼られてあって身動きが取れない状態になっていた菫が身体を丸めながら倒れていたわ。初めは方は男子が腹を蹴ったり踏んだり、髪の毛を引っ張ったりしてた。それが30分くらい続いたんだったかしら、そこまで細かい所は覚えてないわ」


 そう言い終わると、永原はアイスコーヒーを飲み干す。


「男子が暴力を振るうのに飽きると今度は私に番が回ってきたの。でもね、初めはほんのちょっとだけ後ろめたさがあったから優しく1、2発蹴りを入れるだけだったけど、次の日はそれじゃダメって言われてハンマーを渡されたの、鉄製のね。それを菫の横腹に叩き込んだら凄い悶えてたな。それからは学校が終わる度に菫に暴力をふったわ。もちろん本人にはバレないようにね。日によっては隣の高校の奴らを連れてきてボコボコしたかな。男子が暴走して服を破って襲おうとした時は流石に止めたけどね。そんなことを続けていたらあっという間に日にちが過ぎ去っていって気づけば終業式の日になっていた。その前にも校外で何度か暴力事件に巻き込まれていたみたいだった。終業式の日の朝に陽キャ女子に今日、菫に正体をバラして欲しいって言われたの。そうすれば1万あげるって追加で言われてね。だから放課後にいつもの奴らと暴力を振るった後、菫の目隠しを外して私も今までイジメに加担していたことを伝えたら、あの子は絶望してたわね。どうでもいいかもしれないけど、あの子が持っていたネックレスを粉々にしたわ。まさに救いが希望が無くなったって感じだった。今でもあの顔は忘れられないな。写真に撮りたかった」永原は頬を赤く染め満足したような顔をした。


「それで、その日の放課後に菫は旧体育館の倉庫で首を吊って死んだらしいわよ。まあ、学校側は隠蔽したみたいだから世間にはほとんど公表されなかったし、私達も咎められなかったわよ。菫との思い出はそんな感じよ」


 それで話はお終いだった。

 思い出?なんで良い事を話したみたいにコイツは締め括ってんだよ。ふざけるのも大概にしろよこのクソアマが!


「おま……あなたはその行為をしたことについてどう思ってるんですか?」声を震わせながら俺は問いただした。

「まあ、ちょっとだけ罪悪感はあったけど私のお金の為には仕方がなかったって感じかな。今ではこうやって笑い話として話せるしね」満面の笑みでそう応えてきた。


「金の為なら友を売るのか?」

「仕方がないでしょ、お金の方が大事なんだから。この考えは今でも変わらないわ」

「は?」この発言を聞いてもう取り繕うのは無理だと悟った。

「いい加減にしろよ、このクソアマが!」

「何?私の話を聞いて頭に血が上ったの?別にあなたとアイツとはなんの関係も持ってないんでしょ?あなたが怒る理由が分からないわ」呆れた意味を含んだ溜め息をつきながら永原はそう言った。


 そうだな。当時のクラスメイトの人から見たら生前の菫とは関係を持ってないと見えるだろうな。でも、俺から見たら菫とはもう無関係なんて口が裂けても言えないんだよ。


「お前みたいな凡人には分からないだろうな」嘲るように俺は言った。

すると、それが頭にきたのか椅子から立ち上がって、ふざけないでよ! と言いながら机を両手で強く叩いた。辺りに居た人達が音に驚いたのか俺と永原を注視する。


「ふざけるな?それはこっちのセリフだよ。人のこと間接的に殺しといて十年経った今でもノウノウとこうやって生きてると考えるだけで吐き気がするんだよ!」

「何が言いたいのよクソガキ!」座る俺を見下ろしながらそう言った。

「アンタがやったことは犯罪同然なんだよ!自分の小さい目先の利益ばかり優先して一人の尊い命をアンタは奪ったんだ! やってることは殺人鬼とかとなんら変わりないんだよ!」

「殺人鬼って、私は別にあの子を殺した訳じゃないし、菫は自分で勝手に死んだのよ。私が咎められる理由なんてほとんど無いと思うわ。だって、自分が1番好きなんだもん。自分の利益の為の犠牲よ。まあ、収入源が無くなったのは悲しかったけどね!」


 その言葉1つ1つを聞いて、もう気持ちを抑えることは出来なかった。言いたいことは言ったつもりだったがもうそれでは足りなかったんだ。

 ダメだ! と自制心が自分を止めてくれようとした時にはもう左手は永原の顔の数10センチ先にあった。もう止めることは出来ない。

 その勢いのまま殴ろうとした瞬間、何かに当たった。俺の左手が殴ったのは永原の顔面ではなく、菫の顔面だったのだ。

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